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南北両半球で海氷面積の減少がすごいことになっている件

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
南北両半球を合わせた海氷面積の年毎の年変化を表すグラフ

海氷減少のショッキングなグラフ―出どころは?

いささか鮮度の落ちた話だが、国内であまり話題になった形跡が無いので、紹介しておきたい。

まずはこのグラフをご覧いただきたい。

南北両半球を合わせた海氷面積の年毎の年変化を表すグラフ
南北両半球を合わせた海氷面積の年毎の年変化を表すグラフ

地球全体の海氷面積(つまり北極海と南極の周りの海氷の面積を合計したもの)の一年間の変化を年毎の線で表したグラフである。

9月以降、赤い太線で描かれた今年(2016年)の値が、例年の季節変化の年による変動の範囲を明らかに逸脱して下回っているのがわかる。

ひと月ほど前に米国カリフォルニア大学バークレー校のZack Labeという博士課程の学生がTwitterでこのグラフを紹介したところ、大議論が巻き起こった。(筆者はそのずっと後にネット記事を追いかけて知った)

グラフは、Arctic sea ice forumのメンバーが作ったものだそうで、サイトから最新版がダウンロードできる。元データは米国雪氷データセンター(National Snow & Ice Data Center; NSIDC)が公開しているものだ。

同様のグラフは、日本の水循環変動観測衛星「しずく」による観測データに基づいて、JAXAのウェブサイトでも発表されている。

Twitterの議論の初期には、測器の故障によるエラーである可能性が指摘されたようだが、すぐに否定された。現時点でわかっている限り、このグラフはデータの間違いでもグラフの描き方の間違いでもなく、現実を表しているものらしい。

通常、専門家はこのようなグラフを描くことはなく、北極と南極の別々のグラフを描く。北極と南極では季節が正反対だし、海氷のでき方も性質も違うが、両者を合計するとそれらがごっちゃになってしまうからだ。

特に、海氷の減少を議論する際に通常注目されるのは、北極海の海氷が最小になる9月の面積である。9月の北極海海氷面積は最少記録を2012年に更新したが、今年はそれに次ぐ2番目の記録となった。なので、今年は記録更新がなかったことで筆者も油断していた。

ところが、その後の10月以降、今年のデータは過去の最少記録を下回り続ける。北極では秋から冬に向かって海氷が増えていくが、その増え方が例年よりかなり遅いということだ。

同時に南極の海氷も最少記録を下回り始めた。南極では春から夏に向かうので海氷が減っていくが、その減り方が例年より急なのだ。

その結果、両者を合わせたグラフはこのようにショッキングなものとなった。

データソースである前出のNSIDCも12月6日にプレスリリースを出しており、北極、南極ともに平年よりも高い気温、海水温、風のパターンが今年の海氷減少をもたらしているようだと説明している。

論争に終止符?

思い返せば、海氷の減少は温暖化問題の中で論争的なテーマの一つだった。

北極海の海氷減少が記録を更新するとニュースになるが、社会の中には「温暖化の報道は大げさで、特定政策への誘導の意図が感じられる」と思っている人たちが一定数いて、その人たちは異論を唱えた。

たとえば、「減少するとニュースになるが、次の年に面積が回復してもニュースにならないではないか」という指摘を見たことがある。

確かに海氷の面積は(同じ月で比べても)年々変動する。しかし、面積が回復したようにみえるのは薄い一年氷が張っているのであって、分厚い多年氷はかなり一方的に減少を続けていたのだ。

また、少し詳しい人が「南極の周りの海氷はむしろ増えているではないか」と指摘するのも何度か聞いた。

確かにその通りだ。南極の海氷増加を説明する理論はいくつかあるが(オゾン層の減少による風の変化、海水の密度成層の変化、詳しく知りたい方はこちら)、筆者の認識ではこれは現在の気候科学で明確な解答の出ていない難問の一つだった。

しかし、今年は南極の海氷もはっきりと減った。科学者が海氷増加の謎に頭を悩ます必要も減ったのかもしれない。

もちろん、南北両半球の海氷がこのまま激減するのか、それとも今年だけの特異な出来事なのかはわからない。減少のメカニズムもこれから解明されなければならない。海氷の減少がどんな影響をもたらすかも解釈が分かれるだろう。議論は続く。

しかし、海氷の減少にこれまで異論を唱えていた人の(全部ではないにしても)ある部分は、このグラフを見れば「もはやそこを議論してる場合じゃあないみたいだ」と、ぞっとしながら気付くのではないか。

とうとうこういうグラフを現実のデータとして見るときがきちゃったのか、という感慨がある。

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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