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赤珊瑚密漁船増殖の背後に密売組織――携帯で映像を送って海上で価格交渉

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

赤珊瑚密漁船増殖の背後に密売組織――携帯で映像を送って海上で価格交渉

小笠原諸島周辺に押し寄せてくる中国漁船の数の増え方が尋常でないため、背後に中国政府の思惑があり日本の海上保安能力を偵察するのが目的とする憶測があるが、それは当たらないと思う。なぜなら、宇宙探察まで可能となっている現在の発達したITのさまざまな技術を駆使すれば、このような原始的な犯罪行為をするまでもないからだ。仮に偵察が目的であるなら、日本で拿捕の対象とならない「通過するだけ」という手段を取れば済むこと。密漁者が偽装船製造のために3000万円もの投資をする必要もない。

ましてやAPECの首脳会談が北京で開催されようとしている今、このような犯罪行為を世界にさらし、わざわざ日本に有利な「カード」を与え、APECの場で中国を不利な状況に追い込むような手段を、中国自らがわざわざ取る理由はないからだ。時期が悪すぎる。

それなら、密漁船増殖の背後には何があるのか?

◆携帯で映像を送って海上で価格交渉

筆者は80年代初頭から留学生の教育と受け入れ業務に携わってきたため、福建省には何度も足を運び、偽造書類の発祥地と蛇頭(スネークヘッド)の現状を調査に行ったことがある。 

80年代半ばから90年代半ばにかけて日本では「出稼ぎ就学生」という中国人就学生の問題が社会現象となったことを、ご記憶の方も少なくないだろう。

あのころ「偽造書類と言えば福建」、「福建からの留学生(&就学生)と言えば、まず偽造書類を疑え」というのは現場の常識だった。 なぜ福建省が偽造書類の発祥地になったのかに関しては拙著『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』に書いてある。なぜなら習近平は、まさに偽造書類全盛時代に福建省を統治していたからだ。1985年から、厦門(アモイ)、寧徳、福州と異動しながら最後には福建省の副書記となり、2002年に浙江省の書記となった。

その浙江省にも何度も調査に行っているので、福建省と浙江省の地勢と商人根性に関しては一応心得ているつもりだ。蛇頭にも接触した経験がある。

そこでこのたびの赤珊瑚密漁船急増に関して福建省と浙江省にいる信頼できる知人を通し、背後で何が動いているのかを独自に取材した。

その結果分かったのは、密漁船の背後には一定程度まとまった「偽装船製造」をそそのかすマフィアがあり、さらに日本の領海で密漁した赤珊瑚を「海上で!」密売する密売組織ができ上がりつつあるということである。

手法はこうだ。

●マフィアは漁師に「おいしい仕事がある」と誘いをかける。

●密漁船は実際には地方政府に登録されていない船を仲介し、それを購入して偽装改装させる。中には登録されている船名船号(登録番号)もあるが、その場合は持ち主が登録の際に複数、「三無船舶(船名船号・船舶証明書・船籍港名が無い)」を製造しておき、それを高い値段で転売するというやり方がある。だから同じ船名船号の船が複数あることになる。中国ではほぼ常識となっている車の「ナンバープレート」転売(密売)と同じ方法だ。密売者の車のトランクには数十個のナンバープレートが隠されていたなどというケースはざらで、中国の中央テレビ局CCTVでは、その事件現場と犯人逮捕の瞬間などをよく放映している。

●さて、偽装船購入と改装のための資金の一部は、このマフィアが仲介し、高い利子を付けて、赤珊瑚密売が成功したあとに戻してもらう仕組みになっている。改装の専門業者もいて、それもマフィアが手配する。

●いよいよ赤珊瑚密漁に成功すると、捕獲した珊瑚の画像を携帯で撮り、日本の領海内から、領海ギリギリ周辺で待機している密売船に画像を送り、価格交渉をする。日本の領海を出た場所から携帯で発信すると、中国当局に信号をキャッチされるため、この辺りは綱渡りのような技術が必要となる。そのために密売組織から、予め中国大陸のではない携帯を預かるそうだ。また密売船が日本領海内に入っている場合もある。だから日本の海上保安庁が拿捕した時には、密漁船の中にはすでに赤珊瑚はないという状況もある。

●密売組織の構成メンバーは大陸の者ではなく、台湾などの、中国大陸では探知しにくい(登録されていない)携帯を所有している者が多い。赤珊瑚を積んだまま帰港すると、その場で逮捕されてしまい、しかも必ず懲役刑が待っているので、空っぽの状態で帰港する。

●密売組織のメンバーは福建から台湾に渡った中国人もいれば、台湾人であることもある。また必ずしも台湾ばかりとは限らないと、福建および浙江省の知人は語っている。

●価格交渉がうまく行かず、赤珊瑚を出航した港に持ち帰った者は、あちこちに赤珊瑚を隠しておくのだが、その場合はほとんど見つかって逮捕されている。10月末からは当局に密告した者には賞金が出るようになったので、安全に金を稼ぐ方法としては、漁民はこちらを選ぶだろうと取材対象者は言っている。

以上が主たるプロセスだ。

◆蛇頭は再登場しているのか?

80年台から90年台にかけて活躍した蛇頭(スネークヘッド)は、1992年に中韓国交正常化が成され、在中国の朝鮮族が韓国に出稼ぎに行くケースが増えると、北上して偽造書類の多発地帯は吉林省に移った。

しかし習近平政権になってから「ぜいたく禁止令」が発布され、中国共産党幹部の腐敗が大々的に摘発されるようになってからは、公金での飲食が激減したために、高級な魚介類の消費も減ってきた。そこでそれまで飲食のための魚の密漁に励んでいた中国の漁師たちは、少なくなったために高騰する一方の赤珊瑚に目を付けるようになったわけだ。

密漁船のさらなる激増は、10月15日に福岡地裁が密漁者に対して言い渡した無罪判決が大きな原因の一つになっている。中国の犯罪行為をなかなか報道しない中国メディアだが、この「無罪放免」に関しては中国のネットは炎上した。この事実を知らない者はいないくらいに「密漁しても日本では無罪放免になる」ことを知っている。そのためリピーターが増え、新たに偽装船に資金を投入しなくて済むので、少ない元手で大きな利益を生むことができるようになったのである。

密漁船の急増は、その結果現れた現象だ。密漁船には同じ船名船号が多くなっている。

まるで組織的に増殖する、この増殖の仕方は、かつての「出稼ぎ就学生の偽造書類」の「組織的増殖」の変化率に類似している。したがって背後には必ず「密売組織」があると考えるのが妥当だろう。それを蛇頭と名付けるか否かは別問題だが……。

いずれにしても、安倍首相には、北京APEC首脳会談の場で、堂々とこの犯罪行為を追及してほしい。

また海上保安庁の予算増強はすぐにはできないだろうが、この緊急事態に当たって、罰則の厳罰化は可能なのではないだろうか。密漁者が「これでは採算が合わないと思う」というところまで持っていくことを望む。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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