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習近平への個人崇拝が始まった――毛沢東を越えようというのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

習近平への個人崇拝が始まった――毛沢東を越えようというのか?

中国でいま習近平を讃える歌が流行っている。個人崇拝は集団指導体制を乱すとして禁止し、薄熙来を失脚させながら、自分は毛沢東を髣髴(ほうふつ)とさせることばかりしている。「紅い皇帝」習近平のもくろみは?

◆毛沢東讃歌をもじった「習近平讃歌」

中国共産党軍が国民党軍に勝利して「新中国」(中華人民共和国=現在の中国)が誕生したとき(1949年)、中国では次のような歌が流行っていた。

中国出了個毛沢東(中国には毛沢東が出てきたよ)

蘇聯出了個斯大林(ソ連にはスターリンが出てきたよ)

という歌詞で始まり、その後に「二つの赤い星は、世界と中国を照らす…」といった内容が続く歌だ。この歌を、天津の小学校に上がった筆者は、毎日のように歌わされていた。

東方紅、太陽昇(東方が紅に染まり、太陽が昇ってきた)

中国出了個毛沢東(中国には毛沢東が出てきた)

他為人民謀幸福(彼は人民のために幸福を見つけてくれる)

他是人民的大救星(彼こそは人民の大救世主だ)

という歌も流行った。これはラジオ放送の始まりに必ず流される曲で、ほとんど国歌に近いような扱いだった。

その毛沢東讃歌が、「毛沢東」の部分を「習大大」(シー・ダーダ)と置き換えて歌われている。

「大大」(ダーダ)とは親近感と尊敬を込めた「叔父さん」のような意味である。

特に習近平が青春時代を過ごした陝西省では、自分の父親を、尊敬を込めて呼ぶときに「大大」と言う。

では新しく出てきた替え歌は、どんな歌詞なのだろうか。

中国出了個習大大(中国には習大大が出てきたよ)

多大的老虎也敢打(どんな大物の大虎だって平気で叩く)

多大的老虎也敢打(どんな大物の大虎だって平気で叩く)

天不怕●(口偏に黒、ヘイ)地不怕(天を恐れず、地を恐れず)

做夢都想見到他!(夢の中でも彼に会いたい!)

中国還有個彭麻麻(中国には彭ママだっているんだよ)

最美的鮮花送給●(女偏に也、ター)(最も美しい花束を彼女に捧げたい)

保佑●(女偏に也、ター)祝福●(女偏に也、ター)(彼女には天の恵みと祝福を)

興家興国興天下!(家を興し、国を興し、天下を興す!)

習大大愛着彭麻麻(習大大は彭ママを愛しているよ)

こんな歯の浮くような歌詞を、軽いリズムで歌っている。彭ママは習近平の夫人、彭麗媛のことを指す。

それがネットの各ページで2000万回くらいアクセスされているので、合計では1億を越えているだろうか。

11月24日に、突如としてネットに出てきた歌だ。

作者の余潤沢と徐●(金偏に安、アン)は、「APECの北京首脳会議における二人の姿があまりに感動的だったので作詞作曲した」と言っているが、さて…。

「多大的老虎也敢打(どんな大物の大虎だって平気で叩く)」という部分だけが2か所もあり強調されていることを考えると、周永康の党籍剥奪と逮捕に備えた民心作りのための「やらせ」ではないかと疑ってしまう。

なぜなら別の作詞作曲ペアによる習近平讃歌も、同じ日にネットに現れたからだ。

もう一つの方は姜佑沢と楊帆という若者二人による讃歌だが、書くのも恥ずかしいくらいな「おもねり」がちりばめられている。そちらの方の歌詞にも「再大的老虎也不怕(もっと大きな大虎だって怖くないよ)」というくだりがある。

いずれも習近平や夫人の彭麗媛の若い頃の写真や国家主席になったあとの二人の写真などがバックで流れている。

ネットユーザーはさすがに賛辞を贈る者は少なく、「幼稚だ!」とか「媚び過ぎじゃないか?」「えっ? 毛沢東時代に戻るの?」「北朝鮮みたいじゃない?」「薄熙来の讃歌と、どこがちがうのだろう…」といったものが多かった。

これは「多かった」という過去形で、批判的なものはつぎつぎと削除され、「賛!」という賞賛のコメントばかりが残りつつある。

「つつある」というのは、一挙に批判コメントを削除してしまうと誰にでも分かってしまうので、少しずつ削除していき、今はほとんどない形になりつつある、という意味だ。

◆習近平は毛沢東を越えようとしているのか?

ここまでの個人崇拝を許した(煽った?)国家主席は、毛沢東以外、「新中国」にはいない。

習近平は、まるで「紅い皇帝」のようだ。

現在のチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7名)は、李克強を除くと、習近平を含めて全員が「元江沢民派」である。だから習近平はスタート時点から、これまでのどの政権よりも盤石だった。李克強と劉雲山以外は、すべて習近平の父母と関係が深く、虎退治の先頭に立っている中共中央紀律検査委員会書記の王岐山は習近平自身と過去において関係が深い。だからチャイナ・セブンにおける多数決議決は、仮に李克強と劉雲山が反対したとしても5対2で圧倒的に習近平に有利だ。

二人のうち劉雲山も江沢民派であり、李克強は習近平とは仲がいいので、習近平の一人勝ちなのである。

こういう陣営構成も、「新中国」誕生以来、実にめずらしい。

これくらいの盤石な基盤が最初からないと、聖域と言われた「チャイナ・ナイン」(胡錦濤時代の中共中央政治局委員会委員9名)の元メンバー(周永康)に斬りこむことはできなかっただろう。

中国のこれまでの王朝は、いずれも腐敗で滅亡している。

「紅い中国」(中華人民共和国)も例外ではない。

果敢に腐敗撲滅に斬りこまなければ、中国共産党の一党支配は必ず滅びる。

そのことを胡錦濤も知っていた。だから胡錦濤も反腐敗をスローガンとして掲げていたのだが、チャイナ・ナインの中の江沢民派に阻まれて完遂できなかった。

習近平は江沢民派だったからこそ、逆に虎退治(反腐敗運動)ができるのである。

スタート時点での権力基盤が軟弱だったとすれば、虎退治をすればするほど、「返り血」を浴びて、その政権は滅びる。だから権力基盤を盤石にするために聖域に斬りこんだという論理は整合性を持たない。

ましていわんや、中国にはいま権力闘争などをしているゆとりはない。

習近平政権のスローガンである「虎もハエも同時に叩く」は、毛沢東の「大虎も小虎も同時に叩く」を少しだけ変えたものである。ぜいたく禁止令なども、毛沢東の「8項注意」を模倣したものだ。

いま中国は、毛沢東の力でも借りなければ、「腐敗による崩壊」から逃れることができないほどに腐敗が蔓延しているのである。なんといっても海外に流れていく不正蓄財が、年間40兆円に及んでいるのだから。

それを防ぐためにも11月のAPEC北京首脳会議で習近平は国際反腐敗ネットワークを提案し、関係国に協力をお願いしている。

国際通貨基金(IMF)によれば、2016年に中国経済はアメリカを越え世界一になるとのことだが、「量と質」を考えたときに、内部は崩壊の寸前にあると言っても過言ではない。

だから習近平は「毛沢東になり」、いや毛沢東を越えて、「紅い皇帝」として君臨していこうとしているのだろう。そうでもしなければ、中国共産党の一党支配体制は崩壊する。

習近平讃歌は、聖域に斬りこむ習近平の、アクロバット的な綱渡りの国家運営を象徴しているように筆者には見える。これ以外に、もう選択はなく、退路はない。

それにしても、ここまでの「個人崇拝」に、やはり危ういものを感じずにはいられない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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