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台湾の連戦、習近平と会談――抗日戦勝式典礼賛

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

9月1日、抗日戦勝式典に参加するため訪中している台湾の連戦・元国民党主席は習近平主席と会談し式典を礼賛した。台湾の国民党や民進党および市民の反対を無視して行動した連戦と習近平政権の思惑を読み解く。

◆習近平主席に迎合する連戦

9月1日午前、3日の抗日戦勝式典に参加するため北京を訪れていた台湾の国民党元主席(2000年~2005年)連戦は、人民大会堂の福建の間で習近平国家主席と会談した。習近平は連戦が引き連れてきた台湾代表ひとりひとりと握手し、歓迎の意を表した。

連戦はその席で、抗日戦争(日中戦争)に関して、つぎのように語っている。

――蒋介石が「正面戦場」を指導し、毛沢東が「(敵の)後方戦場」を指導した。人民は命を以て台湾に「光復」をもたらした。台湾人民は日本の統治期間、さまざまな方法で日本の植民地的圧迫に抵抗してきた。8年の抗日戦争のあとに、中国に対する全ての不平等条約を列強に撤廃させ、台湾を植民地統治から脱却させた。8年間におよぶ全面的な抗日戦争は両岸(大陸と台湾)が非常に重要視している歴史である。もしわれわれが、当時の3500万人におよぶ軍民同胞の犠牲をしのぶことができなかったとすれば、「振興中華」の意志を呼び起こすことは出来なかった。もしわれわれが、あの戦争の残酷さを忘れたならば、平和を保つ決意させ無くしてしまうだろう。

なんという偽善。

第一線で日本軍と「正面戦争」を戦っていた蒋介石を背後から困らせ、自分たちはできるだけ日本軍と戦わないようにして体力を温存させ、日本敗戦と同時に、一気に国民党軍を打倒したのが毛沢東率いる中国共産党軍(八路軍や新四軍)だった。その結果、台湾に逃れた蒋介石の思いを、なんと思っているのだろう。日本敗戦から1年間、蒋介石は中国にいる日本人居留民と元軍人ら230万人を日本に帰国させることを優先し、続く国共内戦(国民党軍と共産党軍の内戦)に日本人が巻き込まれないように全力を尽くした。

その間に、中共軍は戦局を有利に持って行くことができたという事実も、国民党軍敗退の要素として大きい。

その中国共産党をこのような形で礼賛し、抗日戦勝式典に内在している「まやかし」を、自ら進んでぼかして習近平を喜ばせた連戦に対し、習近平は次のように言葉を返した。

◆「まやかし」を喜ぶ習近平

この偽善的な連戦の言葉に、習近平国家主席はつぎのように言った。

――国共両党が抗日民族統一戦線(国共合作)を成し遂げ、中華民族のすべてが党派を分かたず、民族や階級あるいは地域にかかわらず、一致団結して困難を克服し、共通の仇として(日本軍に)敵愾心(てきがいしん)を燃やし、鮮血と命で国家主権と民族の尊厳を守った。「正面戦場」と「(敵の)後方戦場」は互いに補い合い、作戦に協力したことは、すべて抗日戦争勝利に対して重要な貢献を果たした。台湾同胞の抗日闘争は、全民族の抗日闘争の重要な一部分で、大陸と台湾は分けることのできない「運命共同体」である。抗日戦争の勝利は、50年にわたる日本の台湾植民地統治を終わらせ、台湾が祖国の懐の中に戻ってきた。

1945年から1949年の間に行われた国共内戦を「デリート」したこの「まやかし」は、まるで連戦とともに芝居を演じているように筆者には見える。互いが偽善的「中国型官製表現」で、互いをごまかしながら抗日戦争勝利を祝おうとしている。

◆台湾総統府は反駁

台湾総統府のスポークスマン陳以信は、「対日抗戦は正面戦場だろうと後方戦場だろうと、すべて(蒋介石の)国民政府(国民党による政府)が指導したもので、絶対に“史実”を否定してはならない。(台湾の)中華民国の国民は、絶対に北京で行われる閲兵式に参加すべきではない」と、連戦の言動を指弾し、反駁した。

台湾の行政院大陸(問題)委員会の夏立言主席は「いかなる人も大陸の閲兵式に参加すべきでない」と以前から言っており、また現任の国民党副主席も同様の意見を早くから述べている。にもかかわらず、連戦は党と国会の意見を無視して単独行動をした。

BBC中文網(ウェブサイト)の記者は、台湾の政府関係者を取材し、つぎのような回答を引き出している。

――国民党軍こそが抗日戦争の主力だった。共産党は抗日戦争の際の国共両党の役割を土列にして論じているが、これはあまりに公正な道理からはずれている。8年間の抗日戦争を指導したのは蒋介石ひとりであって、第二の人物はいない。国民政府が大陸における政権を失って以来、抗日戦争の真相は完全に歪められている。

このように、「勝者が歴史を塗り替えている」のであり、軍事パレード(閲兵式)に参加するいくつかの国の代表は、この「勝者が塗り替えた歴史」を、そのまま肯定し、受け入れている。「経済の勝者」に従っているのだ。かくして歴史は歪曲されていくのである。

◆中国型「ノーベル平和賞」で大陸に取り込まれた連戦――鳩山元首相も候補者に!

おまけに、肝心の台湾の国民党の主席だった者(連戦)までが、「勝者が塗り替えた歴史」を肯定するのでは、救われない。

連戦がなぜ、ここまで北京政府にすり寄るかと言えば、一つには2010年に中国が創った「孔子平和賞」の第一回受賞者になっているからだ。この孔子平和賞は、劉暁波がノーベル平和賞を受賞したことに抗議して中国で創設された「中国型ノーベル平和賞」で、第一回受賞者に台湾の連戦を選んだ。

中国が民主化の道を選んだり、台湾独立などをさせないために、中国は連戦のような人間が必要なのだ。その中国の思惑にまんまとはまり込んだのが連線なのである。

中国では日本の鳩山元首相にも「孔子平和賞」を授与して、北京政府側に取り込むべきだという意見が出ている。

歴史を塗り替えるために、各国各地域に「支持者」を定めて世界をコントロールしようとしているのだ。

習近平と連線は、最後に「台湾独立」に反対する「92コンセンサス」(両岸平和統一)に関して認識を共有した。

習近平はその意味で、目的の一つを果たしたと言えよう。

日本も「第二の連戦」を出さないように気をつけなければ……。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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