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家庭にインターンする大学生が働く母を救う

藤村美里TVディレクター、ライター

メディアが働く母をクローズアップし、政府も女性活用を目標に掲げる。大企業を中心に、育児休暇や時短勤務などの制度も以前よりは整い、働く母たちはもはや少数派では無い。

それでも、フルタイムで働き続ける母たちが少なからず持っているのが、自分自身の中にある罪悪感や不安感だ。我が子に対して、どこか後ろめたいような“マイナスの感情”が拭いきれない。

小さい子供を育てながら働いていると、「子どもを預けてまで働くなんて…(母親失格なのでは)」「3歳までは母親が一緒にいないと…(良い子に育たないのに)」などと言われることがある。普段は聞き流すようにしていても、我が子が発熱したとき、重病で入院すると言われたとき、「もしかしたら私が働いているからかもしれない…」と自分を追いつめて涙したことがある働く母も、少なくないだろう。

上司や同僚に恵まれていても、意義のある仕事をしていても、我が子が健康に真っ直ぐに育っていても、この“マイナスの感情”をゼロにすることは至難の業。しかし、普通の大学生が共働き家庭に入ることで、この感情を軽減させていく…そんな取り組みが始まっている。

月に6回、大学生が夕方から共働き家庭にインターンする

この取り組みを事業として立ち上げているのは、スリール株式会社代表の堀江敦子さん。一般の共働き家庭に大学生がインターンする『ワーク&ライフ・インターン』は、2010年にスタートし、のべ100家族以上が大学生を受け入れ、関わってきた。共働き家庭の現状を知りたい大学生と、子どものお迎えをお願いしたい家庭のメリットが一致する画期的な取り組みだ。

堀江さんが立ち上げた『ワーク&ライフ・インターン』のシステムは、自身が女性起業家のベビーシッターを含め、200名以上の子どもを預かってきた経験から考え出されたもの。大学生2人がペアを組み、月6回×4ヶ月間=24回、同じ家庭に通う。週1回だと月4回になるのだが、月6回と2回分増やしてしているのも理由があるという。

ワーク&ライフインターンを実施するスリール株式会社
ワーク&ライフインターンを実施するスリール株式会社

「本当に必要なのは週1回だとしても、残り2回あれば、働く母たちに余裕が生まれます。勉強会に参加してインプットの時間に充ててもいいし、気分転換に運動する時間にしてもいい。子どもたちも、一緒に過ごす時間が週1回以上あることで、お姉さんお兄さんを信頼していくことができるのです。(堀江さん)」

企業とも連携し、働く母の“マイナスの感情”を軽減

新たな試みも始まっている。今年2月には、企業の人事部と一緒に復職支援に乗り出したのだ。育休復帰前後の女性社員の家庭に、その企業を希望する学生が通うという、『企業ワーク&ライフ・インターン』という取り組み。

この復職支援時には、今まで以上に母親たちの罪悪感や不安感が大きく減り、働く意欲が増していくのを目の当たりにしたという。

「育休後に復帰する際、もうフルタイムでは仕事をしたくない…と話していた方もいました。とにかく家庭優先にして、キャリアは二の次だと。そう考えている働く母は少なくありません。でも大学生が家庭に入るようになって、“変化”が起きたのです。」

例えば、受け入れ前は、子どもを預けることにも罪悪感を持っていたという女性社員。学生がインターンとして入ってくれるならということで受け入れを開始した。

このときに子どもが大喜びしていたことから、『預けることはマイナスだ』というそれまでの価値観が大きく変わったという。また大学生に自分のキャリアについて語ったり、数年ぶりの残業をしたことが、仕事の楽しさを思い出すきっかけになった。

「その後、仕事へのモチベーションも回復し、受け入れ後には時短の時間を繰り上げ、時期を見てフルタイムに戻すと話してくださいました。当初は、ずっと時短勤務でいいと話していたのに、今後のキャリアイメージも大きく変わっています。」

大学生が家庭に入ることで生まれるメリット

このインターンに参加している大学生たちが、特別な能力を持っているわけではない。

「育児をしながら働くことが出来るのか、自分の将来に不安がある。だから家庭にインターンして実際どうやって両立しているのかを知りたい。」という動機で参加している、普通の大学生たちだ。

しかしながら、彼らがごく普通の大学生だからこそ、働く母の“マイナスの感情”が払拭されるのである。

理由1 年齢が近い人に親近感を抱く子どもが多く、大学生に懐くのが早い

→我が子と良い関係を築いているのを見て、不安感が減る

子どもは正直なもので、育児ベテランのおばあちゃんベビーシッターよりも、若くてパワフルな大学生を歓迎する傾向にある。活動的になる3歳以降は特に、全力で遊んでくれる大学生を心待ちにするだろう。

もちろん、子どもに慣れていない大学生にとっては初めてのことも多い。我が家に来ていた大学生たちは、子どもが我が儘を言ったときにどこまで聞くべきなのか、どこから叱るべきなのか分からず、悩んだ時期があったという。このときは、ペアの学生と2人で深夜まで電話で話し合って解決策を探していた。全力で自分と向き合ってくれる人に、子どもたちは心を開いていくに違いない。

実際、ベビーシッターがダメだった子どもでも、大学生に変わったら大丈夫だったというのも、よく聞く話だ。(参考:日経DUAL 楽天・田島さんのインタビュー

理由2 ごく普通の働く母であっても、大学生の質問に答える形で、自分のキャリアについて話すことが増える

→これまでのキャリアを振り返る機会になる上、後に続く世代に自分は何を残せるのか、簡単にキャリアを諦めてよいのか等、自問自答する機会になる

家庭にインターンしている大学生たちは、何かを得ようと必死だ。就職活動を控えた大学生たちからは、遠慮なく質問が飛んでくる。

「どうして今の仕事を選んだのですか?」

「学生時代に取り組んだことで、就職後にプラスになったことは何ですか?」

「何歳頃で出産しようと思って、キャリアプランを立ててきたのですか?」

「就職活動時に、重視した福利厚生は何ですか?」

大学時代にどんな想いを抱いて今の会社の面接を受けたか、入社してからどうやってキャリアを築いてきたか、必死に思い出しながら答えていくことは、自分と向き合うことにもなる。

育児と仕事の両立で、自分のキャリアについてゆっくり考える時間がなかった働く母にとって、改めて自分の事を考える機会は重要だ。振り返って初めて、これから目指したいキャリアが見えてくることもあるだろう。自分のキャリアに自信を持つきっかけにもなるかもしれない。

理由3 大学生がお迎えに行ってくれることで、仕事に集中できる時間が増える

→仕事に対するモチベーションが上がる

大学生には、保育園や小学校のお迎えや習い事の送迎などをお願いすることが出来る。まだまだ長時間勤務が当たり前の日本だと、定時を過ぎていても先に帰るときは気まずい雰囲気になる事も…。

週1回でも、いつもより少し余裕を持って仕事をすることで、帰宅を焦るストレスからも解放され、改めて仕事の楽しさ・魅力に気づく人も多い。

働く母はもちろん、大学生たちの中にある“罪悪感”もなくしていきたい

実は、我が家でも大学生たちを受け入れていた時期がある。2012年、主人が海外に単身赴任しているときだった。それまでは、育児も家事も夫婦半分ずつ分担していただけに、ひとりで育児と仕事を両立させるのは至難の業。そんな中、大学生が来てくれたことで、私たち家族も前向きな選択ができた気がする。

1日のインターン終了後、大学生たちはリポートを提出することになっているのだが、これが毎回かなりの長文で、保育園から帰るときの様子、夕飯よりも遊びたいと我がままを言ったときにどう対処すべきだったかなどが、写真と共に送られてくる。これは、離れて暮らしていた夫にとっても支えになったし、今後の家族の形を考える機会にもなっていた。

我が家に来ていた大学生たちも、今はほとんどが社会に出て働いているが、年1度は集まって御飯を食べることにしている。ある家族は、インターンしていた大学生の結婚式でスピーチをするなど、卒業後もその関係は続くケースが多いという。

保育園から帰宅して夕食を食べた後、両親が帰宅するまでは大学生と遊べる楽しい時間
保育園から帰宅して夕食を食べた後、両親が帰宅するまでは大学生と遊べる楽しい時間

2010年に始まったスリールの取り組みも、今年でちょうど5年。現在、個人の家庭は、予約待ちの家庭でいっぱいだ。

その一方、この夏には大手外資系企業と一緒になって「企業ワーク&ライフ・インターン」を行うなど、企業との連携も増えてきた。

「スリールの『ワークライフ・インターン』に参加する学生に、両立できる自信があるかどうかを聞いても、Yesと答えるのは16%だけ。固定観念や罪悪感の元になっているものは、大学生も持っているんですね。でも、インターンを終えると、両立できると答える学生が60%と大幅に上がります。実際に家庭に入ってみて子どもたちと向き合うことで、先入観が消えていく。働く母親たちはもちろん、働く母親予備軍の学生たちの中にある罪悪感、不安感も消していきたい、と思っています。」

そう語る堀江さんの最終目標は、『スリールという会社がなくなること』。つまり、母親たちが働くことが当たり前の社会になることがゴールだという。

今、社会は変わりつつあるが、そのスピードは決して早くはない。

働く母と大学生のタッグという現時点での最強コンビが、社会をどう動かしていけるか。期待したい。

TVディレクター、ライター

早稲田大学卒業後、テレビ局入社。報道情報番組やドキュメンタリー番組でディレクターを務める。2008年に第一子出産後、児童虐待・保育問題・周産期医療・不妊医療などを母親の視点で報道。2013年より海外在住。海外育児や国際バカロレア教育についても、東京と海外を行き来しながら取材を続ける。テレビ番組や東洋経済オンラインなどの媒体で取材・執筆するほか、日経DUALにて「働くママ1000人インタビュー」などを連載中。働く母たちが集まる場「Workingmama party」「Women’s Lounge」 主宰。Global Moms Network コアメンバー。

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