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5年後、新聞からウェブへの「大移動」が起きない5つの理由。

藤代裕之ジャーナリスト
シンポジウムに登壇した伊藤穣一メディアラボ所長

「アメリカではジャーナリストの数がどんどん減っていってる中で、データジャーナリストの数はどんどん増えてる」。朝日新聞とマサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボのシンポジウム「メディアが未来を変えるには~伝える技術、伝わる力~」に登壇した同ラボ所長で、ニューヨーク・タイムズの取締役を務める伊藤穣一さんは、新たな人材がジャーナリズムに流入していることを紹介しました。

データジャーナリストとしても注目されているネイト・シルバーやNSAの大規模盗聴を暴いたグレン・グリーンウォルドなど、スター記者たちによる新たなメディアの立ち上げが話題です。日本はどうか。『5年後、メディアは稼げるか』の著者でもある東洋経済オンラインの佐々木紀彦編集長が、朝日新聞のインタビューに答えて「記者独立の時代、5年で来る」と述べています。しかしながら、下記の5つ理由で大移動は起きないと考えます。

1)依然として「高待遇」である

佐々木さんはインタビューで、オールドメディアの待遇の良さが失われ、新しいメディアとメリットが均衡したとき雪崩をうつと指摘しています。

年収ラボによると、大手新聞社の平均年収は朝日新聞社で1,252万円、日本経済新聞社で1,201万円、毎日新聞社で770万円、産業経済新聞社で712万円。ちなみに、佐々木さんの所属する東洋経済は1,042万円で、年収ラボの出版業界別平均年収ランキングです。

PCウェブのマスメディアとも言えるヤフーの平均年収は663万円。マスメディア出身者にそのままこの平均年収が当てはまる分けではないでしょうが、平均では倍近い開きがあります。新聞崩壊、マスコミ危機などと言われながら待遇はそれほど悪化していませんし、経営状態を見ても5年後に急降下することは考えにくい状態です。

ただ、ウェブメディアの収入も上昇しており、毎日や産経のように新聞社によっては均衡するでしょう。既に、毎日や産経出身でウェブメディアで活躍している方もいます。

2)移動できる人材が少ない

実は「大移動」できる人材が新聞業界に少ないのです。

日本新聞協会がまとめている新聞・通信企業の従業員総数があります。1993年の6万7356人をピークに減少が続いていて、2013年は4万3704人となっています。そのうち記者は約2万人です。新聞社は20年前から社員が減り続けています。

新規採用者数は10年前は1,177人ですが、754人となっています。正社員の雇用調整が難しい日本の伝統的な企業では、新規採用を抑制することで人件費を抑制するという選択が取られる事が多いわけですが、新聞業界も同様です。そのため、社員の年齢構成では「40から44歳」「45から49歳」の割合が多く、60歳代が4%台を超えています。転職は年収、ポジション、適合柔軟性などの要因から年齢が上昇すると難しくなると言われています。

シニアの転職はどうでしょうか。@ITを立ち上げて、アイティメディアの会長も務め、現在スマートニュースの執行役員を務める藤村厚夫さん(60歳)のような人材は新聞業界には皆無に等しいでしょう。

3)スター記者がいない

「人材移動は少数のスター級で起こる、メディア投資家が頑張ればその流れは加速化する」という意見もあります。

ですがスター記者とは誰でしょうか?ツイッターでブログの筆者からインタビューを行った古田記者や毎日新聞の石戸記者の名前が挙がりましたが、古田記者(@masurakusuo)、石戸記者(@satoruishido)ともに、ツイッターのフォロワー数は5000程度。フォロワー数だけが全てではありませんが、読者を引き連れて自分の媒体を作るだけのソーシャルパワーを持っているとは到底言えません。

ちなみに、ネイト・シルバー(@NateSilver538)は、70万フォロワーです。

4)ウェブには多様な書き手がいる

ウェブには、ITmediaやCNETといったネットメディアに加え、ライター、ブロガー、研究者、芸能人やスポーツ選手など、多様な書き手が既に存在しています。ソーシャルメディアの登場によって誰でも発信できるようになった上に、この記事を書いているヤフー個人やBLOGOS、ハフィントンポスト、さらにスマートニュースなどの媒体が生まれ、多くの人に届くようになりました。

広告代理店の博報堂DYHDが、ニュース編集・制作の新会社を設立し、NEWSY(ニュージー)中川淳一郎さんが顧問となっています。経済系のニュース共有サービスNewsPicks(ニューズピックス)は編集部を持つ方針を明らかにしていますが、運営するのは証券会社出身です。

もはや「既存メディアではない人」によって新興ニュースメディアが立ち上がっているのです。新たな人材が流入しているのはデータジャーナリズムの世界だけではありません(これまでの「ニュース」にニュース風、ニュース仕立ての記事が混じる事に議論があるでしょうが、それは別途どこかで書くとして…)

5)ウェブの経験の圧倒的不足

実はこれが一番の理由かもしれません。マスメディア時代の記事は「書いたら終わり」でしたが、ソーシャル時代は「書いてからが始まり」です。

マスメディア時代の媒体力は、媒体力そのものだったので、記事を書いて掲載されるのが最も難しかった訳ですが、ソーシャル時代は、媒体力に加えて著者、ファン(読者)の拡散力を掛け合わせたものになります。媒体の基礎力×著者×ファン(読者)=媒体力なので、反応を見ながら、次の記事に生かしたり、修正したりする必要があります。読者を引きつける、タイトルやリードの書き方、拡散力が求められます。

ですが、システムへの記事投稿すら出来ない記者がかなりいるのです。変化を頭で分かっていても、実際に手が動く記者は少数なのです。

必要なスキルとは何か

それでは、どのようなスキルが必要なのでしょうか。伊藤穣一さんがデータジャーナリズムに関して、数学、ビジュアル、プログラミング技術の重要性を説いています。これはソーシャル時代のジャーナリズムでも同じです。プログラミングがバリバリ出来なくてもいいですが、プログラマと仕事ができるように仕組みを理解しておく必要があります。

伊藤さんはアメリカのジャーナリズムスクールの例をあげて、テクノロジーを理解しながらジャーナリズムを教える大学が少ないとしていますが、勤務している法政大学ではソーシャル(ビッグデータ)解析の共同研究も進めていますし、来年度からは、起業家ジャーナリズムをテーマにしたワークショップ形式の実習も開講します。この実習を受講するためには、プログラミング系科目の単位が必要です。社会人対象に大学院も拡充して行く予定です。

私自身もそうですが、移動できるように備えるかが重要になるでしょう。待遇が良い時は既存メディアにとどまり、待遇が悪くなってくると新興メディアに移動したい、それもタイミング良く、これはずいぶんと都合の良い考えです。大移動というのは既存メディア側の願望に過ぎないのです。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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