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【熊本地震】震度7の揺れに2度見舞われた益城町を歩く

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
益城町寺迫の被害

益城町役場と周辺の被害

震度7の揺れを観測した計測震度計は益城町役場に設置されていました。役場の建物は3階建で写真のように外殻フレームによって耐震補強がされていました。外観上は目立った損傷はありませんでしたが、隣接建物と繋ぐ渡り廊下が損壊していたためか、庁舎は使用不可になっており、災害対策本部は、10分ほど離れた保健福祉センターに移設されていました。役場に隣接して建っていた町民体育館では、写真のように天井が落下しており、使用ができない状況でした。被害状況からは、いずれ、役場は業務再開が可能ではないかと思われます。

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益城町役場の揺れ

益城町役場で観測された地震動を再現した映像を示しますが、14日夜の揺れに比べ、16日未明の揺れの方が大きいことが分かります。16日未明の揺れの周期は1~2秒程度のため、3階建で、短周期の揺れの方が苦手な役場建物にとっては、厳しい揺れではなかったと想像されます。役場の周辺は北側に比べ南側の標高が低く、南側の地域での被害が甚大でした。特に、古い木造家屋は壊滅的な被害でした。

宇土市役所の揺れ

前報で紹介した5階建の宇土市役所では、市役所庁舎は耐震補強前で、大きく損壊していましたが、総合体育館は耐震補強がされ天井も撤去されていたことが幸いし、市役所機能は総合体育館に移されていました。下の動画は宇土市役所脇の防災科学技術研究所の地震計で収録された地震動を再現したものです。益城町役場の揺れに比べ、揺れ幅は小さいですが、0.5~0.7秒程度で揺れています。これは、5階建ての宇土市役所にとっては厳しい揺れだったと思います。建物にダメージを与える揺れは、建物や場所によって異なることを頭に入れておきたいと思います。

堅い建物は滑って救われた?

益城町役場の北側には、9棟の町営住宅辻団地が建設されていました。何れも4階建の鉄筋コンクリート造の集合住宅で、外観上は被害は認められませんでした。不思議なことに建物の東側に写真のような溝ができていました。南から北に6棟が並んでいますが、溝の広さは、北に行くほど小さくなっていました。さらに北側には防災科学技術研究所が設置した地震計がありますが、その揺れは、益城町役場よりは小さい揺れでした。建物全体が、強い揺れによって東西に剛体的に滑ったように感じられます。建物が滑ったおかげで建物に大きな力が作用せず、建物地震は無被害だったのかもしれません。

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ストリートビューと比較すると地震に弱い建物が分かる

トップページの写真は、益城町寺迫の橋から南をみた光景です。また、動画は寺迫の交差点から西に県道28号線沿いの南側の建物を撮影したものです。これらを、グーグルマップなどのストリートビューと比較してみてください。被害を受ける前の建物の様子がわかります。どんな建物が地震に弱いのかが一目瞭然です。

新しい建物も壊れていた

写真は、県道28号線の南側の住宅街で見つけた1階が落階した新しい住宅です。地震前の写真も一緒に示してみました。住宅の建材の製作日から2001年以降に作られた建物だと推察されます。最新の建築基準で設計された構造的にもバランスの取れた住宅で、柱梁接合部の金物補強もきちんとされていました。他にも新しい住宅の被害が散見されました。断層直近の強い揺れや地盤の変状を経験したとは言え、比較的バランスの良い新しい住宅まで倒壊したことは、土地利用の問題と合わせて耐震化のあり方に一石が投じられたと感じています。

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避難所の様子

写真は、総合体育館の避難所の様子です。多くのボランティアや自衛隊、赤十字などが集まり、多面的に被災者支援が行われていました。体育館内には、段ボールによる仕切りのある避難スペースや、段ボールベッドなどが用意され、体育館周辺には避難者用のテント村も設けられていて、避難所環境も改善されつつありました。瓦礫の集積・分別も整然と行われており、罹災証明の手続きも始まったところでした。被災地の方々のご苦労は続くと思いますが、少しずつ前に進み始めているように感じました。

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名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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