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「真田丸」で描かれた地震、大河ドラマの時代からみる地震の歴史

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

真田丸で地震を描いたら熊本地震が起きた

先週7月24日放送の大河ドラマ・真田丸29話「異変」では、番組最後に伏見地震が発生しました。また、4月10日の14話「大阪」では天正地震が発生し、逃げまどう徳川家康の様子が描かれました。大河ドラマ・真田丸では、これまでに地震が2度も登場しました。ちなみに、伏見地震と、熊本地震で被害を受けた熊本城を造った加藤清正とには、色々な因縁があります。偶然とは言え、不思議さを感じます。

大河ドラマが描く時代は地震の活動期

大河ドラマで描かれる時代は、不思議と南海トラフ地震前後の地震の活動期と重なります。過去4回を見てみると、真田丸が活躍した16世紀末から17世紀にかけての安土桃山時代から江戸時代への混乱期、元禄時代を終え徳川吉宗の時代を迎える18世紀初頭、江戸時代が終焉を迎える幕末の19世紀半ば、戦争が始まり敗戦を迎える20世紀中頃に対応します。各活動期の南海トラフ地震は、1605年慶長地震、1707年宝永地震、1854年安政地震、1944/1946年昭和地震になります。地震が沢山起きると、社会が混乱し、それによって、若者が新しい時代を築くのではないかと想像しています。とはいえ、大河ドラマで地震が登場することは滅多にありません。真田丸で2度も地震を描いてくれたことは、防災畑の人間としては感謝に堪えません。

戦国時代の大河ドラマ

大河ドラマで最も多く取り上げられたのは戦国時代です。真田丸を含め、17作品もあります。緒方拳の太閤記、佐久間良子のおんな太閤記、滝田栄の徳川家康、仲間由紀恵の功名が辻、上野樹里の江など、多数の作品があります。天正地震で山内一豊の一人娘与祢や、前田利家の弟・秀継が命を落としたこと、家康が秀吉に攻められずにすんだこと、慶長伏見地震で加藤清正が秀吉の身を案じて駆けつけて蟄居処分を解かれたこと、などはドラマの中でも良く取り上げられる題材です。伏見地震の前後には伏見地震も含め3つの地震が5日間で起きたこともあり、文禄から慶長に改元されました。ですが、慶長は地震だらけの時代でした。

元禄から吉宗の時代の大河ドラマ

元禄の関東地震が起きたのは、忠臣蔵の討ち入り事件の翌年、赤穂浪士が切腹した年1703年の冬です。この関東地震は、大正関東地震より遙かに大きな地震でしたが、江戸の犠牲者は大正関東地震での東京の犠牲者の二百分の一程度でした。忠臣蔵は、長谷川一夫の赤穂浪士、緒方拳の峠の群像、中村勘九郎の元禄繚乱など、大河ドラマで一番沢山取り上げられた話題のようです。元禄の関東地震の後、1707年に宝永の南海トラフ巨大地震と富士山の噴火がありました。このとき、紀州藩主だったのが徳川吉宗です。西田敏行の八代将軍吉宗を始め、元禄太平記で石坂浩二が演じた柳沢吉保、芦田伸介の徳川綱吉などが思い出されます。

幕末から明治の大河ドラマ

幕末から明治は、戦国時代に次いで沢山描かれていて、13作品もあります。最近では、宮崎あおいの篤姫で安政江戸地震が描かれたりしています。幕末は、地震だらけで、何度も大河ドラマで描かれた坂本龍馬さんも、安政の東海地震、南海地震、江戸地震を経験したはずです。土佐・高知は南海トラフ地震の最大の被災地です。

また、ロシアのプチャーチンが戦艦ディアナ号に乗ってやってきて、下田で開国交渉を始めた翌日に、東海地震の津波が下田を襲い、ディアナ号を損傷させ、その後沈没してしまったことも有名です。

1855年江戸地震では、水戸藩江戸屋敷がつぶれ、藤田東湖や戸田忠太夫が命を落とし、尊王攘夷派の力がそがれたとも言われています。

次に幕末を描く大河ドラマがあったら、地震の年表と一緒にドラマを見てください。新しい発見があると思います。

戦争が始まり戦争が終わる時代

まだこの時代を描いた大河ドラマは多くはありません。川上貞奴の春の波濤、山河燃る、いのちの三作品だけです。このため、1923年関東地震に始まり、1944年東南海地震、1945年三河地震に終わる戦争の始まりから敗戦、そして戦後の1946年南海地震や1948年福井地震を描いた大河ドラマはまだ登場していません。我が国の暗い歴史の一こまでもあり、まだ記憶に新しいことのため、大河ドラマでは扱いにくいテーマなのかもしれませんね。ですが、過去の大河ドラマの時代では、地震の続発と戦争、歴史の転換には関係が有るように思えてなりません。

これから描く真田丸の時代の地震

先週日曜の真田丸の最後に、慶長伏見地震が起きました。次回、どんなドラマが登場するのでしょうか? この後、慶長の役、秀吉の死、関ヶ原の戦い、大阪夏の陣、大阪冬の陣とドラマは続くと思いますが、その間には、1605年慶長東海地震、1611年会津地震、1611年慶長三陸地震、1614年高田地震などが発生しています。真田幸村は、高田地震の翌年、1615年大阪夏の陣で命を落とします。これからの展開はどうなるのでしょうか。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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