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「シン・ゴジラ」が一石を投じる、日本の災害対応の現状とあるべき姿

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

災害対応を担う役人から勧められたリアルさ

某省庁で災害対応を担当している友人から、シン・ゴジラを見た方がよいと盆中に勧められ、翌日、久しぶりに映画館にでかけました。確かに、我が国の災害対応の現状が、人、仕組み、場所など、いろいろな面でリアルに描かれていました。ですが、内容の面白さに圧倒され、思わず見入ってしまい、勉強は後回しになってしまいました。とはいえ、初志貫徹で、ストーリーを思い出しながらシン・ゴジラから見える我が国の防災対応の現状について考えてみたいと思います。

映画から感じたのは、阪神淡路大震災以降に構築してきた我が国の防災体制、東日本大震災での政府の危機対応、首都直下地震に対する備えの現状などに関する検証の必要性でした。

冒頭シーンから見る意思決定のプロセス

冒頭、東京湾での海底トンネル崩落後、官邸に豪華キャストが一堂に集まっての様々な会議が次々と続きます。官僚の発言の簡潔さ、省庁の縦割り、会議の数、会議中に政治家の後ろから差し出すメモの様子など、余りにリアルで、また、展開のテンポに圧倒されます。危機状態の中、確実さを大事にすることによる情報収集や意思決定の手間など、危機管理の現状を見事に描いています。良く言えば、民主的で、司々が仕事を分担し、合意を貴ぶ我が国の意思決定システムの良さを示しており、悪く言えば、縦割りで責任を分担・転嫁し合う縦割り組織と意思決定力の弱さを表しているように感じられます。

キャスト328人が意味する防災対応プレイヤーの多さ

シン・ゴジラのホームページにキャスト一覧がありました。その数、なんと328人、ほとんどが防災を支える役割を演じていました。映画では、キャストごとに所属省庁と肩書が紹介されていました。一般の方は、防災に関わっている人の多さにビックリするだろうと思いました。一方で、国を守る人の多さを知って頂けたのはよかったと思います。とにかく、多くの関係書の力をいかに効果的に活用するかが何より大切です。

官邸に集まっていたのは、内閣総理大臣、官房長官をはじめ閣僚や補佐する政治家、内閣官房、内閣府防災担当、農林水産省、国土交通省、総務省、文部科学省、外務省、環境省、経済産業省、防衛省、気象庁、警察庁、消防庁などの官僚や、自衛隊の幹部でした。日本社会の安全確保に多くの人たちが関わっていることを改めて実感します。逆に言えば、それぞれの役割を明確にし、相互に協調することが災害対応には欠かせないことが分かります。

国の初動対応

映画では、政府の災害に対する初動対応の現状が、比較的忠実に描かれています。内閣情報集約センターに届いた事故情報が主人公の矢口内閣官房副長官に伝えられ、想定外の巨大生物・ゴジラに対して、どの法律に基づいて対応するかが議論されました。その後、災害対策基本法に則って、官邸危機管理センターに官邸対策室を設置し、各省庁から緊急参集チームを召集して、矢口氏が事務局長を務める「巨大不明生物特設災害対策本部(巨災対)」を設置しました。法に則った民主的な手続きが行われていました

これらの手続きは、1995年阪神・淡路大震災で政府の初動対応に遅れがあったことを反省して整備されたものです。震災後、内閣危機管理監や危機管理専門チームの設置、24時間体制の内閣情報集約センター設置、官邸危機管理センターや緊急参集体制などの整備、が行われました。これらが映画でも機能していました。

災害対策基本法と災害緊急対策本部

「巨災対」の設置根拠になった災害対策基本法は、1959年伊勢湾台風の甚大な被害を受けて、1961年に制定された法律です。法第1条には、「国土並びに国民の生命、身体及び財産を災害から保護するため、防災に関し、国、地方公共団体及びその他の公共機関を通じて必要な体制を確立し、責任の所在を明確にするとともに、防災計画の作成、災害予防、災害応急対策、災害復旧及び防災に関する財政金融措置その他必要な災害対策の基本を定めることにより、総合的かつ計画的な防災行政の整備及び推進を図り、もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資すること」と法の目的が記されています。

法第2条では、指定行政機関、指定地方行政機関、指定公共機関を指定しています。指定行政機関は国の省庁、指定地方行政機関は各省庁の地方出先機関、指定公共機関は国立研究開発法人、独立行政法人、NHK、日銀、日赤、電力、ガス、JR、高速道路、空港、石油、通信、運輸、建設、医療などで、公益事業に関わる組織が指定されています。

法では、予防、応急対策、復旧のそれぞれについて、国、都道府県、市町村、指定公共機関等の責務を明確化し、住民等の責務も示しています。あらゆる力を結集して災害に対応することを基本としています。これが、冒頭の多くのキャスト参集の背景にあります。

法では、災害緊急事態への対応についても記されています。映画では、大内総理大臣が、法第105条「災害緊急事態の布告」に基づいて緊急災害事態の布告を布告し、「巨災対」を設置しました。

災害対応の拠点

映画の中では、いくつかの災害対応拠点が登場しました。首相官邸の地下にある「危機管理センター」、東京臨海広域防災公園にある「有明の丘基幹的防災拠点施設」のオペレーションルーム、「立川広域防災基地」の3か所です。映画では、当初は危機管理センターで対応をしていましたが、ゴジラが都心を破壊して以降は立川で対応が行われていました。

序盤の場面の多くは官邸危機管理センターの様子でしたが、ときどき体育館のような巨大な部屋が登場しました。これが、東京臨海広域防災公園内の施設です。首都圏での大規模災害発生時の基幹的広域防災拠点として整備された場所で、「災害現地対策本部」等の設置、広域支援部隊等のベースキャンプ、災害医療の支援基地などになります。防災体験学習施設「そなエリア東京」も併設されていて、平時は啓発拠点の役割も担っています。

一方、立川広域防災基地は、都心から30km離れた場所にあり、立川防災合同庁舎や、飛行場を含む陸上自衛隊立川駐屯地、災害医療センター、警視庁や東京消防庁の施設、立川防災館などがあり、敷地面積165haの昭和記念公園にも隣接しています。防災合同庁舎には、都心での対応が困難になったときのために、内閣府の災害対策本部予備施設も設置されています。映画では、後半、官邸機能をここに避難させて対応していました。

災害情報の重要性

危機管理センターや有明のオペレーションルームには、大画面の災害情報システムに様々な被害情報やテレビ映像などが表示されていました。被害規模を早期かつ正確に把握し,人材・物資等災害応急対策に必要な資源を適切に配分することが、被害波及の最小化のためには不可欠で、災害対応の基本になります。このため、阪神・淡路大震災以降、災害情報の早期収集の体制が整えられてきました。ですが、まだ、府省を超えた災害情報の共有化は十分ではありません。映画でも、SNS情報やテレビ映像の方が、省庁経由の情報に先んじていました。府省連携や、SNS情報の活用など、今後の、災害情報収集の在り方について、一石を投じているように感じられます。

日本の過去、現在、将来

当初、映画に出てきた「ヤシオリ作戦」の意味がよく分かりませんでした。不思議な名前なので、調べてみたら、須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に飲ませた「八塩折之酒」(ヤシオリノサケ)に関係するとのことが分かりました。映画では、いろいろ、過去との関わりを描いているようです。

確かに、東日本大震災をモチーフとした場面がたくさん出てきます。官邸での災害対応の様子、非常時の研究者の発言、コンクリートポンプ車による原子炉の冷温停止、米国のトモダチ作戦など、当時を思い出させます。

一方で、世界中のスパコンをネットワーク化したり、フェーズドアレイレーダーを利用したゴジラのレイザー光線照射、ドローンや無人航空機の活用など、最新科学も紹介されています。そして、340万人の都民の避難の問題は1923年関東地震を彷彿とさせ、将来の首都直下地震への対策の在り方を問うているようにも思います。

改めて、感動と将来を考える機会を与えてくれた「シン・ゴジラ」の制作スタッフと、「シン・ゴジラ」を見るように勧めてくれた友人に感謝します。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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