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外務省発「米国における対日世論調査」の結果と朝日新聞の報道と

不破雷蔵「グラフ化してみる」「さぐる」ジャーナブロガー 検証・解説者
↑ 外務省発「米国における対日世論調査」。今年は特異な値が出たが…

先行報道とそれを起因とした騒動

2013年12月19日付で外務省による対報道発表が行われた「米国における対日世論調査」。それを基に各新聞社で発せられた記事内容は、それなりにセンセーショナルなものだった。同時に各新聞社、あるいは編集・記者サイドの解釈・思惑が多分に盛り込まれた、あるいは映し出された展開を見せることとなった。

中でも各ブログや掲示板で多数引用されたのが、朝日新聞の記事「米世論「日米安保を維持」急減 「重要パートナー」中国に抜かれる 外務省調査」。グラフ付きで「アメリカにおいて日米安保維持率は一般人・有識者共に急落。該当項目の調査開始以来最低を示した」というもの。また記事タイトルでは「重要パートナーは日本から中国にスライドした」的な話が書かれ、ショッキングな内容となっている。紙面ではさらにその理由として、尖閣諸島周りの日中対立に嫌気が差し、巻き込まれるのを嫌ったからではないかとの分析がなされている。要は尖閣問題で日本がちょっかいを出したから、アメリカが毛嫌いをしたという解釈。

↑ 朝日新聞の解説記事。ウェブ版では途中までしか読めない
↑ 朝日新聞の解説記事。ウェブ版では途中までしか読めない

センセーショナルな話を好むまとめサイトやソーシャルメディアを中心に、この記事が多方面へと引用された。そして有象無象の噂話や仮説が語られ、結び付けられ、不安がる人達を増幅させていくことになる。試しに上記記事のタイトルで検索をすれば、その実情がお分かり頂けるはずだ。

今調査における特異性は、前提そのものの違いにあった

報道向け発表の翌日、12月20日には外務省の公式サイト上で該当調査の結果が公開。第一印象は「イレギュラー的動きをしている項目が多い」。朝日新聞の記事が指摘した日米安保の支持率は内容通り急落、過去最低を記録していた。アジアの最重要パートナーとしての位置づけも、2013年では中国が日本を抜いている。中には経年変化で予測できるものもあったが、あちこちに突出したような値が出ている。

例えば「最重要パートナーとして挙げた理由」項目(「中国一番日本が二番…米のアジア地域諸国に対するパートナー意識の重要度推移をグラフ化してみる(2013年)(最新)」)。2013年分は思いっきり値が跳ねている。

↑ 「日本」と回答した理由(自由回答)(一般人)
↑ 「日本」と回答した理由(自由回答)(一般人)
↑ 「中国」と回答した理由(自由回答)(有識者)
↑ 「中国」と回答した理由(自由回答)(有識者)

各年の合計値を算出しても奇妙な結果が出ている(2012年までは最大100%であったのに対し、2013年分のみ100%をはるかに超えている)。そこで調査要目を再確認し、不明な点を外務省に問い合わせた結果、かなりの違いを確認できた。

まず調査会社が従来のギャラップ社からハリス・インタラクティブ社に変更されており(依頼時にギャラップ社で不祥事疑惑が持ち上がったからとのこと)、調査実施のタイミングも従来の春先から夏に変わっている。当然、調査対象母集団における傾向も大きく変化している。また、設問やカウント方式も異なる項目も存在し、当然イレギュラーな値が出る可能性が生じている。

例えば上記の事例では、自由回答形式であることは同じだが、2012年までは「もっとも該当しそうな項目”のみ”に各国を選んだ回答者を振り分け」た上で、それぞれの項目の該当者の比率を算出している。いわば単一回答スタイルと考えて良い。「政治的な結びつきが強いけれど、貿易・経済関係もそれなりにあるかな」という考えなら、「政治的な結びつき」のみでカウントされる。

ところが2013年では「該当しそうな項目”すべて”に各国を選んだ回答者を各項目毎に振り分け」た上で、それぞれの項目該当者の比率を計算している。つまり複数回答スタイルとなる。直上の事例では、2013年は「政治的結びつき」「貿易・経済関係」双方でカウントされる。これでは一部項目の値が跳ねて当然である。

↑ アジアの最重要パートナーとして挙げた国の提示理由に関するカウント方式の違い
↑ アジアの最重要パートナーとして挙げた国の提示理由に関するカウント方式の違い

今項目のように、2013年分の結果では設問そのものは過去のものと変わりはないが(一部選択肢が差し替えられているものもあるが、多分に状況に応じたもので、この類の変更はこれまでも行われている)、調査対象母集団の環境や性質、質問様式、さらには回答の集計方法の違いによる、過去のものとの結果の差異が生じている可能性は高い。これについて発表資料では調査対象母集団などの詳細に関する言及は無く、外務省自身も把握はしていないとのこと(ハリス社の公式サイトも確認したが、今件調査の結果は未公開だった)。

これでは過去と比較して想定しえない値の変化が確認できても、それを「日米間などにおける情勢・心境の大幅な変化」との受け止め方をすることは出来ない(連続性の嫌疑)。複数の項目で日米間におけるアメリカ側の急激な疎遠感を覚えさせる変化が生じているが、これがそのまま実態としての「アメリカの日本離れ」に結びつけるのは早急に過ぎる。

美味しいところをつまみ食いした分析…?

さらに今「米国における対日世論調査」に絡んだ報道では、上記に挙げた朝日新聞をはじめ一部の報道で、「特異な部分のみを抽出し、自社(記者自身)の主張をプッシュする」解説がなされているのが目に留まる。特異な値が、しかも自論を後押しするような動きがあったのだから、喜び勇んで書き連ねたのは理解できるが、その動きのみの解説ならまだしも、それのみを挙げて全体像を解説するのは問題である。

例えば「アジア地域でもっとも重要なパートナー」では、日本は中国に抜かれた云々とある。しかしこれは今回が初めてではない。2010年ですでに日中は同列に並び、2011年の時点で日中間の順位は逆転している。2012年は東日本大地震・震災と「オペレーション・トモダチ」もあり、大きく日本の票が伸びて日本がトップに戻ったが、2013年では再び日中間が逆転している。

↑ アジア地域の中でどの国が米国にとり最も重要なパートナーであるか(一般人、択一
↑ アジア地域の中でどの国が米国にとり最も重要なパートナーであるか(一般人、択一

しかもその理由を見ると上記グラフの通り、日本は政治的、貿易・経済的な結びつきによるところが大きいのに対し、中国は貿易・経済的な面での結び付き「のみ」となっている(無論上記で触れた、統計上の問題もある)。性質的にまったく別物であることが、報じる際の注釈では不可欠となるはずである。

日米安保に関する支持率も、朝日新聞の指摘通り、調査開始以来最大の下げ幅を示し、値そのものも調査開始以来最低値を示した。

↑ 日米安全保障条約の維持について(「維持すべき」の回答者率)
↑ 日米安全保障条約の維持について(「維持すべき」の回答者率)

しかしこれもデータをよく見ると、昨年2012年から「維持すべき」で減った分のほとんどが、「分からない」に流れていることが確認できる。日米安保だけに限っても、維持への積極支持姿勢の意欲が減り、判断が付きかねる人が増えたとの解釈ができる。否定派が増えたわけでは無い。

さらに考えの上で連動しうる他項目を見ると、「日本の常任理事国入りを求める有識者の増加(前年比18%ポイント増)」「日本の防衛力増強を肯定する一般人意見の増加(前年比5%ポイント増、否定派は13%ポイント減)」などの動きが確認できる。つまり単なる「日米安保におけるアメリカの日本離れ」では無く「日本の自立した軍事力や常任理事国入りという外交権限の増強により、日米安保での相互依存・傾注度を軽減するべきである」、さらにかみ砕くと「日本には(良き同盟国として)軍事・外交面でのより強力なフリーハンドを所有してもらい、アメリカの負担を減らすべきだ」との意図が読めてくる。

今件の動きを、単純な「日米安保支持者が大幅に減ったので、アメリカの日本離れが進んでいる」との解釈をすると、大きな読み違いをする結果となる。朝日新聞の報道内容では、まさに「木のみを見せて森を見せず」状態である。

無論この解釈も、2013年分のデータにおいて、2012年までと間に有意な連続性が担保されていたら、との前提でなされている。もっとも、その前提が否定されれば、そもそも論として「日米安保におけるアメリカの日本離れ」という話も語ることはできない。

まずは前提を疑え、それから事象を検証せよ

既存のデータからは類推しにくい、大きなイレギュラーに見える値が生じた、今回の「米国における対日世論調査」。尖閣諸島周りの話やオスプレイに関する報道が値の変動に影響を与えたとする見方もあるが、それだけを理由としてここまでの変化が生じるとは考えにくい。

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今回のように特異な動きを示す値が出たら、まずは調査そのもの・元データを確かめ、原因を調べねばならない。入力ミスの可能性もある。そして調査側、元データに問題が無いことを確認できたら、はじめてその特異値が生じた事象が何かを調べ、連想されるものを検証していく。このプロセスがデータの精査には欠かせない。

今回はその第一段階、調査そのものに問題点(念の為に述べておくが、ハリス社自身に問題があったわけでは無い。設定及び環境上、これまでのギャラップ社調査の値とは単純な比較が出来ないということ)があったことになる。単年のデータとしては検証に値する内容だが、過去のデータとの比較では、十分以上の留意が求められる。突出した値に驚かされて、特定の内容に煽動されてしまうことの無いよう、注意を心掛けてほしいものだ。

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「グラフ化してみる」「さぐる」ジャーナブロガー 検証・解説者

ニュースサイト「ガベージニュース」管理人。3級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。経済・社会情勢分野を中心に、官公庁発表情報をはじめ多彩な情報を多視点から俯瞰、グラフ化、さらには複数要件を組み合わせ・照らし合わせ、社会の鼓動を聴ける解説を行っています。過去の経歴を元に、軍事や歴史、携帯電話を中心としたデジタル系にも領域を広げることもあります。

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