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某番組で用いられた格差に関する「日本の深刻データ」を再検証してみる

不破雷蔵「グラフ化してみる」「さぐる」ジャーナブロガー 検証・解説者
↑ 元データを使ってグラフを再構築すると……

「格差はなぜ世界からなくならないのか」のグラフが炎上

2016年12月16日にフジテレビ系列で放送された「金曜プレミアム・池上彰緊急スペシャル 格差はなぜ世界からなくならないのか▽貧しい人がますます貧しく...深刻データ語る日本の格差」との番組で使われた、日米の所得に絡んだグラフに関して、インターネット上で多数の指摘が行われている。日本と米国の平均所得の推移について、各年の所得の上位1%の者における平均と、下位90%の者における平均の変化を示し、下位層においてはアメリカ合衆国はほぼ横ばいで少々下がっているだけだが日本は大きく減少し、上位層は日米共にさほど変わらない「ように見せ」、格差が日本では広がっているとの印象を成したもの。

↑ 「金曜プレミアム・池上彰緊急スペシャル 格差はなぜ世界からなくならないのか▽貧しい人がますます貧しく...深刻データ語る日本の格差」の番組内容。
↑ 「金曜プレミアム・池上彰緊急スペシャル 格差はなぜ世界からなくならないのか▽貧しい人がますます貧しく...深刻データ語る日本の格差」の番組内容。

そのものの画像や映像は権利関係があるため(引用の領域をこえるとの判断が成される可能性がある。「報道」としての大義名分はあり、「公共性・公益性があると判断」できるものではあるが)直接の提示は止めておくが、印象操作的なグラフの使われ方がされたとの指摘が多数挙がっている。

一次情報をたどりグラフを再構築する

その手法に関して「プレゼンの手法だから別に悪い方法では無い」と擁護する声もあるが、不特定多数に向けた解説番組でその類の手口を用いるのは、良識、常識を超えた問題がある。第一、日米のグラフに関して色々と見せ方を変えて、米国は日本と比べてさほど変化は無い云々とするのは、明らかに「格差」の話とは違うところがある。

そこで、番組で用いられたグラフに記述されていた一次ソースを頼りに、該当するグラフを再構築することにした。使われたデータは【The World Wealth and Income Database】からのもので、これは世界各国の有志によって構築されている、諸国の所得収入を各方面の切り口から精査し、格差動向を推し量れるものである。

その公開データを確認したところ、現時点で米国は2015年、日本は2010年までの収録となっている。番組で使われたグラフに関して、日本が2010年分までしかない、意図的ではとの指摘もあったが、これは仕方が無いことになる。他方、基準点を1980年にした理由は不明。元データでは米国は1917年、日本は1947年から上位1%・下位90%に関して取得が可能。

まずは番組で使われた領域・基準年をそのままに、同じ方法で、ただし番組で使われたグラフでは多分に指摘を受けていた部分を適正化、つまり縦軸は両国そろえた上でグラフを生成する。これはそれぞれの国における各年の所得上位者1%及び下位90%の平均所得に関して、1980年の値を基準値1.00とした場合、各年の個々属性の平均額は何倍になっているかを示したものとなる。

なおグラフにも書かれているが、それぞれの国の値換算の際に用いた各年の各属性における平均所得は、それぞれの国の直近年の通貨価値で再計算しているため、インフレ・消費者物価などの動向による影響を加味したものとなっている。また、自国通貨における倍率のため、為替レートの変化は関係しない。

画像
↑ 日米の平均所得の推移
↑ 日米の平均所得の推移

番組で随分と違った印象を受ける。両属性の開き、つまり番組で主張されていた「格差」はむしろ米国の方が大きなものとなっている。

さらに日米で比較しやすいよう、米国の年を日本に合わせて、2010年を最新にしてグラフを再生成する(計算の際に使われる金額は2015年のを基準とするが)。

↑ 米国の平均所得の推移(~2010年)
↑ 米国の平均所得の推移(~2010年)

これを上記の日本(2010年分まで)と比較しても、格差の観点では、むしろ米国の方が大変大きな開きとなる。また日本は先の東日本大震災、超円高不況、そしてその後の景況感の回復が反映されていない。特にここ数年の景況感の回復時期には、大きな動きが予想されるだけに、今後データベース上における、数字の反映に期待したいところ。

よりわかりやすいように、日米両国の動向を一枚のグラフに合わせると次のようになる。当然、日本は2010年までの動向となっている。

↑ アメリカ合衆国・日本国の平均所得の推移(~2015年)(それぞれの国の1980年の値を1.00として。米国は2015年の米ドルレートで、日本は2010年の日本円レートで換算)
↑ アメリカ合衆国・日本国の平均所得の推移(~2015年)(それぞれの国の1980年の値を1.00として。米国は2015年の米ドルレートで、日本は2010年の日本円レートで換算)

このグラフを見る限り、番組で指摘されていたような状況とは異なり、「格差が拡大しているのはむしろ米国。日本は一部で言われているように、格差は小さなもの」「日本はバブル崩壊、デフレ突入時期から格差の拡大が生じている」「日本では中堅・低所得層の所得は減退中」などが分かる。

番組の主旨と、グラフの意図と

一連のグラフを見直し、番組で使われていたグラフと比較すると、「なぜこの類の印象操作はなくならないのか」との言葉が頭に浮かぶ。これは推測でしかなく、当事者・関係者に問い合わせをしても本心を語ることは無いだろうが、番組構成における主旨からは、主題、最初に「こうしたい」「このような訴えをしたい」「この課題を周知させたい」との確信的目標があり、そのためにはあらゆる手段は正当化されるとした結果によるものだろ推論が導き出せる。結論ありき、というものだ。

冒頭でも触れた通り、比較する対象のグラフの軸を変え、違うものを同じように見せかけて、それを前提に物語るのは、プレゼンの手法としては間違ってはいない。しかし経済の解説番組としては大いに問題があるのもまた事実ではある。公共の電波を用いて行ってよいのか否か、首を傾げるレベルには違いない。「分かりやすいは正しいとは言えない」の好例ではあろう。

日本の状況をもう少し精査する

「The World Wealth and Income Database」では1980年以降の日米に限らず、諸外国のもっと古い時期からの値を取得することができる。色々と検証に役立つのは間違いない。

例えば日本に関して、基準年を戦後におけるもっとも古い1947年にした場合の動向は次の通りとなる。

↑ 日本国の平均所得の推移(~2010年)(1947年の値を1.00として。2010年の日本円レートで換算)
↑ 日本国の平均所得の推移(~2010年)(1947年の値を1.00として。2010年の日本円レートで換算)

あくまでも相関関係で因果関係を立証したわけではないが、日本の所得に絡んだ格差は主に、バブル崩壊後のデフレ基調・経済停滞期によって拡大した感は否めない。多方面の切り口から検証が必要になるが、その際の手掛かり的なものにはなるだろう。

また、日本における所得下位90%の平均所得の低下だが、所得水準の低迷に加え、他国よりも急速に進行している高齢化が影響している可能性は否定できない。人口構成比で定年退職後の高齢層が増えてくると、生活費は「年金」「嘱託などの低賃金労働対価」そして「貯蓄の切り崩し」で賄うことになる。

↑ 家計収支の構成(2014年、円、一か月)(夫婦双方とも65歳以上で無職・他に同居人無し世帯)(総務省・全国消費実態調査より作成)
↑ 家計収支の構成(2014年、円、一か月)(夫婦双方とも65歳以上で無職・他に同居人無し世帯)(総務省・全国消費実態調査より作成)

無論所得は「年金」「嘱託などの低賃金労働対価」で、「貯蓄の切り崩し」は所得に該当しないため、当然低所得扱いとなる。結果として高齢層の比率の増加は、平均値を押し下げる。そして高齢層の人口比率上の日本の高さは、すでに知られている通り、世界最高水準にある。

↑ 諸外国の年齢・3区分別人口割合(2015年)(UN・World Population Prospects, The 2015 Revisionから作成)
↑ 諸外国の年齢・3区分別人口割合(2015年)(UN・World Population Prospects, The 2015 Revisionから作成)

これらの要素も勘案する必要はあるに違いない。

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ニュースサイト「ガベージニュース」管理人。3級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。経済・社会情勢分野を中心に、官公庁発表情報をはじめ多彩な情報を多視点から俯瞰、グラフ化、さらには複数要件を組み合わせ・照らし合わせ、社会の鼓動を聴ける解説を行っています。過去の経歴を元に、軍事や歴史、携帯電話を中心としたデジタル系にも領域を広げることもあります。

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