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NHK「テレビでハングル講座」出演者から見えてくる属性と言語の「ずれ」(2012年4月)

韓東賢日本映画大学教員(社会学)

新年度(2012年度)になり、NHKテレビ・ラジオの各語学講座番組の新シーズンがスタートした。私も中学生時代、NHK最古の番組だというラジオの「基礎英語」に耳を傾けた記憶があるが、現在、テレビとラジオを合わせて英語、中国語、朝鮮語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、アラビア語、ポルトガル語、日本語の11言語が扱われている。近年、会話を主体としたテレビの講座番組では生徒役やナビゲーターに有名タレントを起用するなど、「バラエティ化」がはかられているのも話題だ。

今年度の「テレビでハングル講座」の生徒役は人気の料理研究家、コウケンテツさんである。在日韓国人二世のコウさんは、済州島出身でやはり料理研究家の母、李映林さんから受け継いだ韓国料理のエッセンスを主体とした様々なレシピで、テレビや雑誌等で幅広く活躍している。以前、テレビのトーク番組で韓国語はできないと聞いたことがあるので、今回の出演はいい機会だったのかもしれない。番組には、コウさんが教える家庭で簡単に作ることができる韓国料理のコーナーもある。

また進行役のひとりは、韓国で芸能活動をした経験を持つ堪能な日本人タレントの藤原倫己さんだった。さらに、スキット部分を担当するのが、韓国はもちろん日本や世界各国でも人気のK-popグループ、2PMなのだが、メンバーには、タイ人の父と中国系アメリカ人の母の間にアメリカで生まれタイで育ち、英語、タイ語、中国語、韓国語が話せるニックンがいる。韓国のアイドルグループに、このようなグローバルな背景を持ち多言語を操れるメンバーがいることは珍しくない(それは当然ながら、K-popの世界戦略と関連している)。

日本は、ナショナル・エスニックな属性と母語や使用言語の「ずれ」が少ない、見えにくい社会だ。しかし世界に目を広げるとこれはむしろまれなことで、そんなずれなど当たり前でずれとも認識されないだろう。属性それ自体もきれいに切り分けられるものではなく、二重三重に重なっていたりする。在日韓国人二世のコウケンテツさんが生徒役、韓国語堪能な日本人の藤原倫己さんがナビゲーター役、アメリカ出身タイ育ちのニックンが会話のスキットに登場する「テレビでハングル講座」を見ながら、そんなことを考えた。

ところで番組名の「ハングル」だが、言語の名称としてはやはり違和感がぬぐえない。ハングルとは日本語の「かな」のように文字を表す言葉であって、「ハングルの会話」などという間違った表現が語学番組で使われているのは決して望ましい状況ではない。70年代から講座開設に向けた議論が始まったものの「朝鮮語か韓国語か」が政治問題化し、苦肉の策としてハングルが採用され番組が始まったのは1984年のこと。さて、50年代や60年代だったら、また2012年の今だったら、どうなっていただろうか。

(『週刊金曜日』2012年4月20日号「メディアウォッチング」)

*はじめまして、こんにちは。このような場を得たということで試験的に、『週刊金曜日』に月1回書かせてもらっているコラムの最新の回をアップするとともに、ここ数年の同月分からも紹介してみたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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