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ドラマのなかの暴力的な愛情表現に「#もうときめきません」――韓国でキャンペーン

韓東賢日本映画大学教員(社会学)

■ドラマのなかのロマンスの暴力的なクリシェ

1.無理やり手を引っ張る

2.大声や言葉の暴力

3.無理やり体をかつぐ

4.壁ドン

5.乱暴な運転

6.物を投げる、壊す

7.家などに無理やり押しかける

8.同意なく関係を公表する

9.道端に置き去りにする

10.突然かつ無理やりのキス

さてこれはいったい何だろうか。アムネスティ韓国支部とカルチャーWEBマガジン『IZE(アイズ)』が共同で始めた「女性に対する認識改善キャンペーン」のひとつ、「韓国ドラマのなかのロマンスの暴力的なクリシェ10」だ(クリシェとは、常套的な描写や表現のこと)。ネット上での拡散による問題提起を目指し、「#もうときめきません」というハッシュタグがタイトルになっている。

韓国ドラマのファンなら、思い当たる節はあるのではないかと思う。ドラマのなかではこうした言動が「悪い男」の愛情表現のひとつとして魅力的に描写される。そして女性は、ときに困るようなそぶりを見せながらもこうした「愛情表現」を受け入れるのだ。

■ミソジニー殺人事件を機に高まるフェミニズム

韓国では今年5月、30代の男が「女性たちに無視されたから」という理由で面識のない女性を殺害した「ミソジニー(女性嫌悪)殺人事件」が起きたことを機に、フェミニズムの機運が高まっているが、日本でも他人事ではない。このキャンペーンに限ってみても、とくに若い女性向けのコミックや映画、ドラマでもてはやされた「壁ドン」や「ドSキャラ」は、言うまでもなく「暴力的なクリシェ」そのものだ。

支配と服従の関係を前提にした男女の恋愛が自明となっていた時代はとうに終わった。個人の嗜好やファンタジーとして選択されることはありうるだろうが、一般的なクリシェとしては時代遅れなだけでなく、有害ですらあるだろう。「#もうときめきません」というハッシュタグは、それが作り手側の思い込みであることの表れだ。

■「#ひとつもうれしくありません」

ちなみにこのキャンペーン、女性たちが男性から「悪気のないほめ言葉」としてよく言われる台詞と、それに対するツッコミをセットにした「#ひとつもうれしくありません」というシリーズもある。

25まであるのですべて紹介できないが、「そう見えなかったけど、やっぱり生まれついての女なんだな(一生そう見なくて結構)」とか、「俺はかわいいだけの女よりお前のように知性のある女が好きだ(あなたのための知性ではない)」とか、「顔はかわいいんだから性格ももっとかわいかったらいいのに(誰にとっていいの?)」とか、「女の割にはよくやるな(「女」の代わりに「人間」を入れてみても言えますか?)」などは、言われたことがある人も多いのではないだろうか。

(『週刊金曜日』2016年9月2日号「メディアウォッチング」)

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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