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最接近した火星の魅力とは?

縣秀彦自然科学研究機構 国立天文台 准教授
火星の動き(2014年) 国立天文台ウェブページ「星空情報」より引用

今日この頃、深夜に驚くほど赤い星が明るく輝いています。ちょっと窓の外をのぞいてみましょう。4月9日(水)、火星は2年2か月ぶりの衝(太陽の反対位置、一晩中見られる位置)を、おとめ座にて迎えました。おとめ座はしし座やおおぐま座と並んで春を代表する星座です。そして、今晩(2014年4月14日(月))、火星は地球に最接近!地球との距離は9,239万キロメートル程度(0.6176天文単位)と今回の接近は準小接近とも呼べるレベルです。

天体の運行の道筋は「軌道」と呼ばれます。火星は太陽のまわりを1.88年(1年と10か月)で一回公転、一方の地球は1年で一回公転なので、軌道上を進む速さが異なります。スピードスケートに例えると、インコースのほうが有利という感じでしょうか。これは万有引力の法則、すなわち太陽からの重力の作用によって、太陽に近いほど速く公転しないと太陽に落っこちてしまうからにほかなりません。このため、毎年火星を楽しめる訳ではなく、2年2か月(780日)毎に太陽と地球と火星のお互いの位置関係が同じになります。4月9日は太陽-地球―火星の順でほぼ一直線の位置関係です。この状態を「衝」と呼びますが。衝の前後がもっとも火星が地球に近づき、かつ一晩中観察できる時期となります。

ちなみに、火星がもっとも地球に近づくとき、これを「火星大接近」といいますが、最も近づく接近ではおよそ5500万kmにも近づきます。一方、もっとも遠い接近「小接近」では1億kmを超えますので、2倍近くも接近の距離が異なってしまいます。今回はどちらかというと小接近レベルの接近のため、世間ではあまり騒がれていませんが、現在の火星はマイナス1.5等級と一等星の10倍も明るいので、深夜にとても目立つ存在となっているのです。

これほどにも接近の距離が違うのは、主に、火星の軌道が楕円であることが理由です。地球も僅かに楕円ですが、火星は離心率が大きな楕円のため、大接近の時はというと、不気味なくらい明るく、大きく見えるので歴史的にはさまざまな騒動をおこしてきました。明るさでいうとマイナス3等級、一等星の40倍もの明るさになります。

2003年の8月末には5576万kmまで火星が大接近。国立天文台の定例観望会に2500人もの人が訪れ、大パニックとなりました。

1877年9月には5630万kmまで接近。この年の西南戦争で9月24日に自決した西郷隆盛が火星になった説が流布され、西郷星と大接近した火星は呼ばれました。

火星に魅せられた人の代表といえば、米国人のパーシバル・ローエル(1855-1916)でしょう。資産家として生まれ、日本や韓国にも滞在していた東洋の研究家が火星に魅せられた理由は、火星接近の際に詳細にスケッチした火星表面に「運河」が見られたという誤解から始まりました。イタリアの高名な天文学者スキャパレリの火星スケッチには直線状の構造が複数描かれ、この構造をスキャパレリはイタリア語で水路を意味するcanaleと表現していました。この言葉が運河canalと英語に誤訳されて伝えられ、ローエルは火星に運河を建設するぐらいの高等な生物が住んでいると信じ込んでしまいました。ローエルは私財を投げ込んで、アリゾナ州フラグスタッフに私設の天文台を建設し火星の観測に没頭します。ローエルが多数スケッチを残したように運河や直線上の水路が火星表面には無いことは現在明らかになっていますが、当時、多大な影響を世の中に与えたのは間違いありません。なお後年、このローエル天文台にて冥王星が発見されています。

ローエルの時代、すなわち今から100年間には、火星には火星人が住んでいると信じる人が多かったことは驚くべき事実とも言えましょう。ローエルの火星運河説に影響を受けた英国のSF作家H.G.ウェルズは、1898年に「宇宙戦争」(原題はThe War of the Worlds)を発表します。地球人より高度な文明をもつお馴染みのタコ型火星人が地球に攻めてくるSF小説ですが、複数回も映画が制作されたようにSFの名作の一つです。それから40年後、今度は米国にて後の名優オーソン・ウェールズがラジオドラマとして、このThe War of the Worldsを放送します。1938年10月30日、ハロウィンの前夜に放映されたこのラジオドラマでは、火星人がアメリカに攻めてきたという想定で、「これはドラマです」というたびたびの注釈にも関わらず、大パニックを引き起こします。

昨晩、ラジオ深夜便に出演した際、NHKラジオセンターの皆さんの聞いた話によると、今でもアナウンサーの初任者研修においてこの話は、ラジオでの情報提供の教訓として語られているそうです。

1960年代の人工衛星・宇宙探査機時代に入ると、次々と探査機が火星を目指します。これらの火星探査衛星からの映像や情報によって、火星は知的生命体が存在可能なような環境ではないことが明らかになり、火星には火星人はおろか、目視可能な生命体は存在しないことを私たちは理解しています。しかし、1996年にはNASAの研究者が、かつて火星から地球に飛来した隕石の分析から微小サイズの化石が発見されたと発表するなど、火星に生命が存在しているのかいないのか、または、かつて存在していたのかいないのかという論争は未だに明確な答えを得てはいません。火星隕石の生命痕跡については10年以上の学界でのい論争ののち、いまではほぼ否定されていますが、火星に生命活動を夢見る人びとは後を絶たないのです。

火星にはすでにたくさんの探査機が来訪していますが、その最大の目的は生命の痕跡探しといってよいでしょう。火星探査機キュリオシティ (Curiosity)は、米国NASAの火星探査機ローバーで、2011年11月26日打ち上げられ、2012年8月6日に火星ゲール・クレーターに軟着陸しました。火星表面を6km以上も走破し、現在も探査を継続中です。

NASAキュリオシティ http://mars.jpl.nasa.gov/msl/

キュリオシティには17個ものカメラが搭載されていますが、さらに火星表面の土と岩石をすくい取り内部を解析することも出来ます。これまでのローバーよりも広い範囲を移動し、過去と現在の火星における生命を保持できる可能性について調査しています。

火星での生命探しの謎解きはまだまだ続きます、、、、。

火星観察の楽しみ方について、詳しくは、国立天文台「星空情報」をご覧ください。

http://www.nao.ac.jp/astro/sky/2014/04.html

自然科学研究機構 国立天文台 准教授

1961年長野県大町市八坂生まれ(現在、信濃大町観光大使)。NHK高校講座、ラジオ深夜便にレギュラー出演中。宙ツーリズム推進協議会代表。国立天文台で国際天文学連合・国際普及室業務をを担当。専門は天文教育(教育学博士)。「科学を文化に」、「世界を元気に」を合言葉に世界中を飛び回っている。

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