Yahoo!ニュース

村田諒太を倒した日本人ボクサーに聞く‘プロ・村田’の可能性

本郷陽一『RONSPO』編集長

村田諒太のA級ライセンスのプロテスト。

ロープ(一度引っかかったらしい)とシャドー。筆記試験(100点満点中90点)を経て、3ラウンドのスパーリングが実技試験となった。

金メダリストが見せつけてくれたのは、スピードとテクニックに加えて、プロフェッショナルに必要な「倒すぞ!」という意識である。

風邪を引いて体調は最悪。ロードワークもできていないから、本人は「倒そうとは思っていなかった」というが、リングに立つと拳闘家の本能を隠しきれなかった。14オンスの大きなグローブでアッパーをねじこむ多彩なテクニック。そして狙いすました右、アマチュア時代から得意だっためりこむような左右のボディ。2ラウンドには、元ミドル級日本王者の佐々木が、右の連打を浴びてロープを背にして棒立ちになるシーンもあった。

観客席からは、そのミドル級の迫力を帯びたパンチに「おお!」と、何度もどよめきが起きていた。そのリングサイドの2列目に大柄な男が礼儀正しく座っていた。

昨年6月に引退した元東洋太平洋、日本ミドル級王者の佐藤幸治。

アマ時代に村田をRSC(ポイントが重なってプロボクシングで言うレフェリーストップとなる)で倒した、ただ一人の日本人ボクサーである。

日大―自衛隊体育学校というアマエリートで、全日本選手権5連覇を含むアマ時代にはなんと13冠。その後、帝拳に入門してプロ転向。ミドル級で東洋太平洋タイトルを奪取、無敗のままドイツに渡って世界挑戦した。プロでの夢は叶わなかったが、アマ時代は無敵の怪物と言われた。

2人の対戦は、村田が高校3年の時の全日本選手権。村田にすれば、飛び級で、大学生や社会人が上位を占める全日本にチャレンジしたわけだが、非凡な才能ゆえ決勝まで進んだ。しかし、その決勝で立ち塞がり、1ラウンドを持たずRSC負けしたのが、当時、社会人だった佐藤なのである。

「高校生と思えないパワーがあったことを覚えています。社会人と高校生の対戦ですからね。村田は相当緊張していました。確かアッパーが一発当たって、それが効いたんです。そこからパパパとラッシュをかけたんですよ。その対戦以前に彼が日大に来て一緒に練習をしたことがあったんですが、その時に感じた実力からすれば、緊張で半分も力が出ていなかったんじゃないですか。距離感が素晴らしい選手でした。高校生の段階で、数センチの単位で当てる、外すがわかる選手でした。それで今さら金メダリストに勝ったなんて偉そうに言えませんよ」

佐藤は、非常に謙虚に過去を語り、今、目の前でプロへの第一歩を踏み出したかつてのライバルについての感想を話してくれた。

「相変わらず巧いなあ。あの14オンスのグローブで倒そうと狙っていましたね。アマチュア時代の村田の良さと言えば距離感なんです。でも、今日は、それを潰して、攻撃重視のスタイルになっていた。攻めを意識する距離で戦っていました。彼がプロで変わろうとしている部分は、そこなんでしょうね。プロではポイントを取るのではなく倒すパンチが必要になってきます。攻めを意識していますね」

――アマチュアからプロ転向で戸惑ったことは?

「プロでは汚いことをやってきます。アマチュアでは反則負けとなる行為がプロでは見過ごされますからね。そこには戸惑いました。カットさせることを目的に頭をわざとぶつけてくるボクサーもいます。そういう選手は世界をねらえませんが、村田と対戦する相手は、目先の勝利が欲しいからそんなことを仕掛けてくるでしょう」

――3ラウンドから12ラウンドとなるスタミナ面などはどうでしょう。

「アマチュアの国際大会は勝ち進めば何日間も続けて試合があります。それに比べるとプロの方がコンディションを整えるのは難しくない。その意味でスタミナなどの不安はないでしょう」

――村田は世界チャンプになれますか?

「村田はテクニック系のボクサーです。そこにパンチ力を兼ね備えているから凄い。元々プロ向きだと思って見ていました。僕とはタイプが違うので、彼に意見できるものなどありません。ただ、僕が所属していた帝拳は、最高の練習環境を作ってくれます。重量級は国内で練習パートナーに困りますが、海外での練習機会も作ってくれるので、そこで地力をつけ、プロのスタイルを身に付けて成長していけばいいと思うんです。もちろん、現時点で、世界チャンプになれるなんて言えません。ただ、上を狙えるボクサーであることは間違いない」

――村田を見ていたら現役復帰したくなったのではないですか?

「やりたくなるというよりも、ボクシングって面白いなあって思いますね」

佐藤幸治は、この春、第二の人生への一歩を踏み出した。

マンション販売などを手がける不動産会社の日本リアライズ株式会社に入社した。社長の大橋孝行氏は、ボクシングに理解があって自らフィジカルトレーナーの土居進氏のマンツーマントレーニングを受けているという人。佐藤は、他の新卒のフレッシュマンと共に入社研修を受けていたが、その期間もようやく終わり、いよいよ、本格営業マンとしての活動がスタートするという。

村田と佐藤は、その全日本選手権以来、拳を交えていない。村田がアマ時代にリベンジを誓っていた時、佐藤はプロの世界に行き、村田がロンドン五輪の金メダリストの勲章を胸にプロの世界へ入った来た時、佐藤は、セカンドキャリアを歩み始める。2人は、ずっと、すれ違ったまま、それぞれのスタートをそれぞれの場所で切ることになった。 

人生とは不思議な運命に操られているようである。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

本郷陽一の最近の記事