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阪神の新井貴浩はなぜ覚醒したのか。

本郷陽一『RONSPO』編集長

阪神タイガーズの新井貴浩は、壊れた電球のようなバッターだった。

打てない時は、からっきしダメ。テレビ解説では‘兄貴’こと金本知憲に、どこまで冗談かわからないほどボロかすにいじられるが、突如、覚醒したかのように、まとめ打ち出すこともある。今、まさに切れかけの電球のようにチカチカと点滅しているかと思えば、ある時、突然、パっと眩く輝く。現在の新井兄は、その後者の電球。5年ぶりに6連勝している絶好調・阪神の打線を支えているのは、間違いなく6番に座っている新井兄だ。

得点圏打率が上がってきた。もろさが影を潜めてきた。

何がどう変わったのか。

周囲の声を拾うと、誰もが口にするのは、「オーバースイングがなくなった」という現象である。某大物阪神OBは「フルスイングとオーバースイングは違うもの。新井は、これまでオーバースイングだったが、今はフルスイングの状態になっている。タイミングが合っているのでストレートに差し込まれないようになった。だから無理に振りにいってのオーバースイングがなくなっている」と分析していた。

2011年、2012年の不振の理由は、この「オーバースイング」にあったことは間違いない。いわゆる力みだ。それにつながった原因は二つある。

一つは、統一球が導入されたことにより、フルスイングして強くボールを打たないと飛ばないと意識してしまったこと。もう一つは、4番という重責である。

最近、「虎のスコアラーが教えるプロの野球観戦術」(祥伝社・黄金文庫)を出版した元阪神のチーフスコアラー、三宅博さんは、「西岡、マートンと好調なバッターが前にいて、後ろには粘り強い藤井がいる。そういう打線の状況が、新井の『オレが打たねば』という心理的プレッシャーを少なくしている。だから『4番だから大きいのを狙うために強く打つ』という意識が消え、コンパクトにセンターから右に打てるようになった」と見ている。

新井は、かつて典型的なヤマ張りタイプの打者だった。

初球から変化球を狙うこともあって、ど真ん中の甘いボールを平気で見逃すような傾向もあった。だが、そういう見逃し方を1球してしまうと、相手に何を狙っているかのヒントを与えてしまうことになる。内角をズドンと攻められ、そこを意識してしまうと、待っていたはずの外の変化球が来ても腰が引けてクルっとバットが回る。すると、今度は、狙い球を打席の中でコロコロと変えることになる。だから内角を意識させられて外の変化球、もしくは落ちるボールで勝負というワンパターンで料理されてきた。

ID野球の元祖、野村克也さんは、それを「ボールを追っかける」と表現して「打者にとって最悪の状況や」と、よくぼやいていた。

バッテリーから見れば、狙いを変えずにジーッと辛抱して待っている打者ほど嫌なものはない。巨人の阿部慎之助やソフトバンクの内川聖一がそうだ。

最近の新井兄は、力みがなくタイミングの取り方がいいから、アウトコースのボールの見極めができるようになっている。必然、配球の読みも、シンプルに整理され、あわてて打席の中で追いかけることもなくなり、これまで攻略されてきたパターンから脱皮している。

三宅さんも「最近は追いかけるような読みがない。逃げる変化球を逆らわず右へヒットにできている。ヤクルト戦での決勝2ラン(12日)も、不得意のインコースをコンパクトにさばいたもの。狙っていないのに自然に手が出たんだろう」と、その打者としてのインサイドワークの部分の成長を評価していた。

もう新井兄は壊れた電球ではなく、最新型のLED照明に生まれ変わったのだろうか。

三宅さんが半分笑いながら言う。

「信用したら裏切られる。それが阪神やからなあ(笑)」

なるほど。

もう少し眩い輝きが続くことを祈りながら見守っておくことにしよう。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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