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いきなりメジャーという選択肢。田沢純一、そして、大谷翔平。

一村順子フリーランス・スポーツライター
今年の春キャンプで報道陣に対応する田沢純一投手

=身近になった大リーグ==

花巻東(岩手)の160キロ右腕、大谷翔平投手が21日にメジャー挑戦を表明した。ドラフト1位候補が、日本球界を経由せず、いきなり米球界入りすれば、09年にレッドソックス入団の田沢純一投手以来となる。

筆者が育った時代は、多くの小学生が卒業文集に「大人になったら、プロ野球選手になりたい」と書いた頃。もちろんNPBのことで、MLBを想定していた子供はいなかったと思う。18歳の大谷にとって、イチロー外野手はオリックスのイメージより、物心つく頃から大リーガーだろう。野茂英雄投手が95年に扉を開けたメジャーは、次第にその距離を縮め、今やドラフト候補生が選択肢として考える舞台になった。サテライトやインターネットの普及で情報が増え、田沢や大谷のように、日本球界を経由ぜず、「いきなり、メジャー」という夢を描く選手が出てくるのも、不思議ではない。すでにドジャーズ、レンジャーズ、ヤンキース、レッドソックスが興味を持っていると報じられている。日本人投手の実績が米国でも評価される現在、メジャー側にもドラフトを通過せず、直接交渉できる逸材を海外に求める旨味が充分ある。

何ら手を打たないNPB

田沢問題後、復帰の際のルールは設けたNPBだが、その後日米間の制度改善には何ら手を打たなかった、などと考えていたら、2日後の23日には日本ハムが25日のドラフト会議での強行1位指名を公表した。指名されれば、来年3月末まで独占交渉権を得るが、メジャーとの接触に関しては現状で「紳士協定」があるだけで、ルール上は自由。その動向が注目される。田沢の場合はドラフト会議前に12球団宛に指名の見送りを求める文書を送付して、日本球界側が手を引いた。その際、話題にのぼった「職業選択の自由」は、今回は不問なのか。これに対して、メジャー側は紳士協定を尊重するのか、それでも、交渉に乗り出すのか。そもそもルールがないのだから、困った話。指名された大谷が翻意すれば、「密約?」と囁かれる事態も起こりうる。大谷が純粋にメジャーに憧れる18歳なら、今オフ、直面するであろう困難を思って、気の毒になる。

折しも23日はレッドソックスのファレル新監督就任会見がボストンで行われたが、チェリントンGMは、大谷関連の質問には「担当者が接触したことは認めるが、彼の立場を尊重したいし、それ以上の事はいえない」と非常に慎重に言葉を選んでいたのが印象的だった。日本球界側を必要以上に刺激したくない、という思いもあったかもしれない。

社会人経由メジャー、田沢の場合

田沢に関してシーズン中にバレンタイン監督を取材した時、面白い話を聞いた。田沢が日本球界入りを拒否してメジャー挑戦を表明した08年秋。当時、同監督はロッテの監督として田沢を1位指名する予定でスカウトから話を聞き、何度もビデオ映像を観ていたという。「当時でも直球の最速は96マイルあった。あの年のドラフト候補生の中で一番速い球を投げていた」と回想する一方、レッドソックスと契約に至ったことに際しては、懐疑的だったという。

「プロセスを踏むべし」とか、「手順を経て」というNPB側からよく聞かれる的外れな理由からではない。「彼は大変な選択をしたと思ったからだよ。なぜなら、彼はマイナーから始めなければならない。それは、容易いことではない」。前途に立ちはだかる困難を慮ったからである。だからこそシーズン終了時には「彼がこの4年間で成し遂げたことは賞嘆に値する。他の誰とも違うやり方で、ユニークに素晴らしい偉業を達成したんだ」と田沢の成功を絶賛していた。

マイナーからの出発

日本の一流選手の多くがメジャーに渡るようになった背景には、歴然とした年俸格差など待遇の違いが、まず上げられる。また、メジャーの場合は年金制度なども日本とは比べ物にならない程、優遇されている。大谷が「若いうちに行きたい」と思うのも尤もな話だ。しかしながら、日本で実績を残してメジャーに挑戦する多くの日本人が、専属通訳やトレーナーを付ける等、優遇を盛り込んだ契約を結ぶことができるのとは違って、アマチュアから海を渡れば、スタート地点は基本的にマイナーリーグになる。近年は日本人スタッフも増えたメジャーと違い、まだまだサポート体制が行き届いていないのが現状だ。1年目は2Aからスタートした田沢は、多くのチームメイトが「プロの実績がない」と知ってビックリしていたと当時を振り返る。「日本人イコール、FAもしくはポスティングというイメージがあるんだと思います。へぇ、そういうケースもあるんだ、という感じでしたよ」

メジャー傘下のマイナーリーグは3Aから下はルーキーリーグまで細かに組織化されていて、下へ行けば行く程、待遇や環境が過酷になっていく仕組み。かつて、ドジャーズ傘下の3Aに所属した中村紀洋内野手が、「バツゲームみたいな1年だった」とシーズンを振り返ったことがあったが、3Aより2Aは更に厳しい世界。例えば、10時間に及ぶバス移動が常識というマイナーの世界でも、3Aならバスは2台。1人で2席分確保できるのと違って、2Aはバス1台。隣り合わせに詰め込まれ、足を伸ばす余裕もない。食事でも3Aならパスタやフルーツがつくことがあっても、2Aは連日ハンバーガーというように、育ち盛りの選手には栄養面で明らかに不足しているメニューだったりする。施設もフィールドが荒れていたり、トレーナー等のスタッフも人手不足だったり、環境は大きく違う。元ヤンキースの井川慶投手がよく言っていたのは、3Aはまだ守備がきっちりしているが、2Aは守備がひどいから投手に自責点がついて辛いということだった。

田沢は22歳だったが、大谷はそれより若い18歳だ。所属球団により育成プログラムは違うが、スタートは2Aより更に下の1Aやルーキーリーグやかもしれない。もちろん、日本を含めたアジアやカリブ海沿岸国など国外からの人材獲得に力を入れるMLBは、マイナーにも国際色豊かなスタッフを揃え始めているし、マイナーでもプロスペクト(有望選手)として扱われると、待遇は違う。それでも、18歳の若さで海を渡る大谷が、メジャーに上がるまでには幾多の試練が待っていることだろう。それを承知で大谷が海を渡るなら、ドラフト指名を蹴っても、それを非難する気持ちには毛頭なれない。彼の人生。彼の夢。やりたい場所でやればいい。今の日本プロ野球界には、大谷を惹き付けるだけの魅力が、残念ながら、ない。結局は、そういうことではないかのか。

最後に一言。実績なら選ばれても不思議ではない田沢を、島国根性丸出しのNPBが果たして来年のWBCのメンバーに選ぶのか、NPBにその度量があるかどうかをみてみたい、と個人的に思っている今日この頃である。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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