Yahoo!ニュース

『スポーツと街』の絆。連続爆破テロ事件の厳戒態勢が解かれた街で、人々は野球場に足を運ぶ。

一村順子フリーランス・スポーツライター
グリーンモンスターにお目見えした支援ロゴ。

一体感に包まれた本拠地フェンウェイパーク

連続爆破テロ事件から5日が経過した20日、厳戒態勢が解かれたボストンの街にレッドソックスが戻ってきた。半旗が掲げられたフェンウェイパーク。試合前セレモニーではレナード・コーエンの名曲「ハレルヤ」をBGMに、激動の5日間を時間の経過と共に振り返るビデオが放映された。35152人の観衆は涙し、微笑み合い、肩を抱き合った。尊い命が奪われた喪失感、犯人拘束の達成感、街に治安が戻った安堵感など、その時、球場を支配したのは、一言で言い表せない複雑な感情だ。だが、フェンウェイパークという空間の中で複雑な感情が浄化され、人々は同じ想いを共有することができた。この一体感は、市民が事件以後、ずっと個々に感じていたものだ。それが、野球場という名の舞台装置の中で、まるで化学反応が起こったかのように、ひとつになった。改めてスポーツの持つ力、そして、アメリカ社会における「街とスポーツ」の絆を感じた瞬間だった。

凄惨な事件を巻き起こした人間がいた一方で、街には、沢山の素晴らしい人々がいた。見物客の1人だった非番の消防隊員が、現場に急行して子供の命を救った。沿道の人々は自分のベルトをとっさに外して、怪我人を止血した。42・195キロを走った後に、ランナーは更に近くの病院に走り、輸血のための血液を提供した。厳戒態勢が敷かれると街中の店がシャッターを下ろし、捜査に強力した。「Boston Strong」のスローガンが街を一つにした。選手が着ていたのは普段の「RED SOX」ではなく「BOSTON」が胸に入った特別なユニフォーム。球団名ではなく都市名が付いたユニフォームは、街とスポーツを繋ぐ絆の象徴だった。

始球式を行ったのは、救助活動と捜査活動に命がけで尽力した地元のヒーローたち。左翼グリーンモンスターから降ろされた星条旗の前には、マラソンのボランティアが列を作った。この日は奇しくもフェンウェイパークの101回目の誕生日。1世紀を超える歳月、ボストンで起きた悲喜こもごもの出来事を見守ってきた聖地にとって、大切で、特別な試合。先発したバックホルツ投手は言った。

「この数日間に起きたことを思えば、この試合は単なる1試合を超越している。スポーツがいかに偉大なものを街にもたらすかには、驚嘆させられる。これは、単なる野球じゃない。街への献身を証明する試合だ」ー

球場入り口では、支援ロゴのポスターが配布された。
球場入り口では、支援ロゴのポスターが配布された。

犠牲者支援に迅速だった球団の動き

事件発生後、球団の動きは機敏だった。16日に犠牲者への基金の窓口となる支援団体「The One Fund Boston」が設立されると直ちに、球団基金も全面協力の体制を敷いた。「Boston Strong」のスローガンから作成された「B−Strong」の特別ロゴを発表。選手がバナーに寄せ書きして、宣伝活動に協力。同ロゴは本拠地の名物、左翼グリーンモンスターの壁に描かれた。売り上げを同基金に寄附するチャリティーとして製作、発注されたロゴ入りの野球帽が球場の売店に届いたのは、20日の試合開始3時間前。3年前に起きた東日本大地震の際にも、義援金活動を支援した大リーグの行動力には敬服したが、今回も迅速だった。不眠不休で戦った捜査当局と同様、球団職員も休む間はなかった。警備員を増員し、セキュリティーを強化。事件の展開が読めない中、試合再開に備えて万全を備えてきた。

選手も積極的にアクションを起こした。事件直後からチームは敵地での3連戦だったが、ダグアウトには、ボストンの市外局番である「617」の背番号がついたユニフォームが掲げられた。街中が恐怖と不安にある中、選手はツイッターなどでファンにポジティブなメッセージを発信し続けた。ミドルブルックス内野手が「ユニフォームを着るのが待ち遠しい。街のためにプレーする」とつぶやけば、ビクトリーノ外野手は「きょうの試合には新たな意味がある。市を代表して戦うことを誇りに思う」。レスター投手は「ボストンを愛する。一緒に乗り切ろう」等など。次々と投稿された熱いつぶやきは、瞬く間にリツイートされて世間に広まった。

野球以外のスポーツ、ライバル球団、他州のメディアが起こしたアクション

野球だけでなく、他のプロスポーツも同様だ。NHLは15日の試合中止後、17日の本拠地TDガーデンでのセイバース戦で試合を再開。リンクに「Boston Strong」のロゴが入り、両軍選手がヘルメットにロゴを貼付けた。試合前の国歌斉唱は自然発生的に観衆全員による大合唱となった。18日に現地で犠牲者の追悼式に参列したオバマ大統領の演説は、街のプロスポーツチームに対する期待が伺えるいい例だ。大統領は「レッドソックス、セルティックス、ペイトリオッツ、ブルーインズが優勝すれば、人々はボイルストン通り(爆発現場)に再び大挙して集まり、優勝のパレードを見守ることだろう。そして来年の118回のボストンマラソンの大会は世界中の人々が注目し、声援を送ることだろう」と語りかけた。ここは、歴史と学術の街であると同時に、MLB、NBA, NFL, NHLの米国4大プロスポーツの全ての本拠地があるスポーツの街。今世紀4チーム全てが優勝した“王者の街”に訴え、人々を勇気づけたのだった。

地元チームだけでなく、他球団からもすぐ支援の動きがあったのは、さすがだった。事件後、ヤンキースを始め、全米各地の球場でレ軍の愛唱歌「スイートキャロライン」が流れた。日本で言えば、東京ドームで六甲おろしを斉唱するようなものか。その懐の大きさと企画力には恐れ入る。メディアもシカゴの地元紙「トリビューン紙」が全面広告でボストンの4大スポーツチームのロゴを入れた広告を掲載するなど、有事におけるアメリカ人のシャレた機敏さを垣間みた。

球場近くのレストラン。
球場近くのレストラン。

「街とスポーツ」の絆を再確認し、「街のためにスポーツができること」を深く考えさせられた今回の事件。気がつけば、チームは事件を挟み、7連勝で12勝4敗とア・リーグ東地区の首位街道を走っている。シーズンはまだまだ序盤で、開幕前の評判は決して高くはなかったが、ひょっとして…。今の戦いぶりには、そう思わせるものがある。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

一村順子の最近の記事