Yahoo!ニュース

本拠地フェンウェイパークが、95年ぶりに世界一の舞台となったボストンの熱い夜。

一村順子フリーランス・スポーツライター
10月30日。フェンウェイパーク。今季178試合目の試合前。

世代を越えた瞬間。95年の歳月を経てフェンウェイパークが世界一の舞台となった。

レッドソックスが10月30日、カージナルズを4勝2敗で下してワールドシリーズ制覇を果たした。本拠地フェンウェイパークでWS優勝を決めたのは、1918年以来、実に95年ぶりの快挙。6−1で迎えた九回から救援した上原浩治投手(38)が、最後の打者、カーペンターズを空振り三振に打ち取った瞬間は、まさに、世代を超えた歴史的な瞬間だった。

2つの世界一に思う隔世の感。

95年前の9月11日。レ軍はシカゴカブスとのWS第6戦を制した。創立7年目を迎えたフェンウェイパークに集まった観衆はわずか15238人。米国は前年に第一次世界大戦に参戦し、当時の世相は不安に駆られていた。この年のWSが史上唯一、9月上旬に開幕したのは、野球選手を含め多くの国民が戦地に借り出されていたからだ。忍び寄る戦争の影と不況を反映してか、試合時間は1時間46分という淡白さだった。当時のチケットは1ドル65セント。球場から40マイル離れた軍の訓練所に、伝書鳩で試合経過が刻一、知らされたという文献も残っている。プロ野球が誕生する遥か昔の日本では、米騒動が勃発し、寺内内閣がシベリア出兵を宣言した年と聞けば、 隔世の感は否めない。

第1戦と第4戦で先発した左腕ベーブ・ルースは23歳の若さだった。第6戦は、八回から左翼の守備に入っており、勝利の瞬間は、左翼から歓喜の輪に走ったに違いない。主に投手として活躍したルースはレ軍在籍6年間で計89勝を挙げたが、翌々年ヤンキースにトレードされ、打者として開花。以来ボストンは「バンビーノの呪い」に苛まされることになる。75年、67年は本拠地で第6、7戦を戦いながら、あと一歩、及ばなかった。呪縛が解けた04年はセントルイス。07年はコロラドと、敵地で決めた優勝だった。21世紀になってレッドソックスは3度目の世界一となったけれど、勝利の味は、過去の2回とは、全く違う格別なものとなった。

コミッショナーズ・トロフィーが本拠地に運び込まれた。
コミッショナーズ・トロフィーが本拠地に運び込まれた。

「優勝トロフィーがフィールドに用意された中、打ち上げられた花火で球場全体が煙に包まれた様子は、超現実的だった。去年のシーズン終わりを振り返れば、ここまで来るまでの13ヶ月の間に、本当に色々なことがあったと思う。今年このユニフォームを着た人間は、この先チームに留まる者も、あるいは、移籍する者も、振り返った時に特別な年だった、と思うに違いない。そんなシーズンになったと思う」と、ファレル監督は、感無量の面持ちで言った。

ボストンが待ち焦がれた最高のフィナーレ

シーズン浅い4月15日。球場と目と鼻の先のボイルストン通りで、ボストン・マラソン爆発事件き、250人を超える死傷者を出した今年ほど、地元でのWS優勝が切望される年はなかっただろう。「B Strong」のロゴが生まれ、市外局番「617」のユニフォームがダグアウトに掛けられた今シーズン。街が抱えた苦難と憤慨、悲嘆と絶望、それが、レ軍の快進撃と共に、癒しと希望、誇りと再生に変わっていった。前年度の低迷が原因で、事件5日前に約10年間続いた連続チケット完売記録が「794」試合で途切れたフェンウェイパークに、人々は戻っていった。戦いの経緯にそれぞれの想いを反映させながら足を運んだ。そして、今季の178試合目。地元優勝という最高の形で、ボストンが報われたのだ。優勝パレードは、週末の11月2日に決まった。事件現場となったボイルストン通りは多くの人々で賑わう事だろう。V戦士を乗せたボストン観光名物のダックツアー用水陸両用車が行き過ぎる時、沿道の人々がどれ程、熱狂的になるか、想像もつかない。

04年と07年の優勝メンバーで、現在はレ軍のGM特別アシスタントを務めるバリテック元捕手は「レッドソックスのファンが、他と違う一番の特色は、筋金入りのファンが多いってこと。ひいおじいさんの代から、先祖代々、応援してきた人が多いんだ。街の歴史と球団の歴史、それから、家族の歴史がリンクしているっていうところじゃないかな」と語ったことがある。

第6戦試合前。人々は期待に胸を膨らませ、ヨーキー通りに集う。
第6戦試合前。人々は期待に胸を膨らませ、ヨーキー通りに集う。

地元ファンにとっては、子孫に語り継ぐべき”一生一度の試合”となった。セントルイスでの第5戦の七回にチームが勝ち越し、「王手」の可能性が出てくると、第6戦のチケットの値段は、一気に高騰。前日昼間の時点で、代理店がネットで販売するチケットの平均価格が2000ドルを越え、最も安い右翼の立ち見席でも800ドルを越える法外な値段がついた。伝説のテッド・ウィリアムスや、三冠王ヤストレムスキーでさえ、なし得なかったことが、起きるのだ。試合前から街全体が盛り上がり、第6戦は、ボストン史上最高値のスポーツイベントという空前のプラチナチケットになった。

街のシンボル、プレデンシャルタワーに灯が灯る。
街のシンボル、プレデンシャルタワーに灯が灯る。

95年前とは対照的に、21世紀の本拠地世界一達成は、世界175カ国で放映された。全米中継したFOXTVによると、第6戦は、全米で約1800万人が視聴したという。WS関連の話題は日夜を問わず、ツイッターなどに投稿され、ソーシャルメディアでも瞬く間に広まった。街のシンボル、プレデンシャルタワーに「GO SOX 」の文字が映え、街路に繰り出した人々が、夜が更けるまでパーティーに沸いたボストンの夜。天国のルースはどう見ただろう。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

一村順子の最近の記事