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メジャー各球団が抑え候補としてリストアップするレッドソックス・田沢純一の「代行抑え」に注目ー。

一村順子フリーランス・スポーツライター
残り40試合(21日現在)で、田沢の真価が問われている。

レッドソックスの田沢純一投手(29)が、本拠地フェンウェイパークで行われた19日のインディアンス戦で2014年4月26日以来3年ぶりとなるセーブを挙げた。6−4で迎えた九回、先頭打者にカウント3−1とされながら右飛に打ち取るなどして、三者凡退に抑えると、4−1で迎えた九回から登板した翌20日のロイヤルズ戦では、ストライク先行で打者を圧倒。持ち前の“剛”のスタイルを貫いて三者凡退に。2試合連続セーブを挙げた右腕はマウンド上で次々とナインと勝利のハイタッチを交わした。ベンチから出てきた上原浩治投手(40)も、笑顔でギプスをつけていない左手を差し伸べた。

「少しずつ安定してきているのかな、と思う。こういったことの積み重ねで精神的な部分も解決してくると思うので、また、これに甘んじず明日からしっかりやりたい」と力強く語った。前日の今季初セーブで「いい球も悪い球もあったけれど全体的に低めに投げて、走者を出さずに終わったことは収穫。感覚的には少しずつ良くなっている」と復調の手応えを掴んでいたが、一夜明けた登板は、田沢らしく、攻めの姿勢を貫いた内容だった。

“産みの苦しみ”という言葉がある。物が出来上がるまでの困難や苦しみを陣痛に例えたものだが、田沢にとって最近3週間余りの時間は、新たな任務に取り組む苦悩と困難を経て、大きな一歩を踏み出す過程のようにみえた。レ軍の中継ぎとして3年間、勝利の方程式を担ってきた田沢の役割が替わったのは、守護神の上原が右手首を骨折した8月7日から。今季中の復帰が絶望となり、その代役に指名されたのだ。だが、その少し前から、シーズン中の酷使がたたって田沢の成績は下降線を辿っていた。7月31日から5試合中4試合で救援失敗。8月8日にはセーブ機会の登板で逆転2ランを浴びる。翌9日は「最近やられているので、外野フライが上がるとホームランにみえる」と告白したことも。決して絶好調とは言えない中での配置換えだった。

「調子は悪くない。球自体は問題ない。ちょっと打たれたくらいで四球を出して、弱気になっているのかなと思う。自分自身に何やってんだという気持ちです」

見せ球の使い所や勝負球といった球種の選択に迷いが出たり、走者を出して必要以上に慎重に成りすぎたり、工夫が裏目に出ることも。投げ急ぎを反省する日もあった。地元メディアには、「上原を失ったレ軍が、抑え代役に課題」、「田沢は試合をクローズできるのか」という報道さえ出始めた。投げるボールのクオリティーには一貫して高く保たれていただけに、欲求不満の募る時間だった。

クローザー指名は初めてではなかった。ハンラハン、ベイリーの抑え候補が相次いで開幕から不振に喘いだ2013年。5月に第3の候補者として白羽の矢が当たっている。ファレル監督は「抑えはパワーピッチャーで」という考えを持っていたからだ。だが、負け試合が続いたり、状況が伴わなかったりして、田沢がセーブを記録することはなかった。一方、6月中旬に実質4人目の抑えとなった上原が活躍すると、その上原にバトンを渡す役目で田沢も結果を出し、ブルペンが機能し始めた。その後のワールドシリーズ優勝は周知の知る所。以来、ボストンの「ジャパニーズ1&2パンチ」はリーグを凌駕してきた。結果的には残留となったが、ウエーバー公示なしでトレードが可能な7月末のトレード期限では、上原と共に各球団が興味を持つトレード市場の目玉として連日メディアを騒がす存在に。MAX97マイルをマークする豪速球と家伝の宝刀スプリット、そして最近はカーブやスライダーも駆使する攻略不能な右腕として評価を高めてきた田沢は、抑えの実績こそなくても、他球団がその候補としてリストアップする存在になっていた。だから、今回の抑え代行司令は、自然な流れだった。

「タズにとって、これは、この上ないチャンスだと思う。彼はやれる。あの球をみてみろよ。凄いボールを投げている。クローズするということ。若干、そこにアジャストメントが必要かもしれないがね。中継ぎは点を取られても、まだ後ろに抑えが控えている分、少し融通が利く。抑えが失敗したら、それは同時にチームが負ける時。そういう責任を感じているのかもしれない。周囲の雑音や様々な懸念をシャットアウトして、マウンド上で打者と1対1で向き合うこと。今のタズに贈りたい言葉は、Just be yourself (ただ、自分自身で居ろ)ということだ。彼なら出来る。私は信じているよ」とウィリス投手コーチは静かに見守っていた。

言われるまでもなく、田沢本人も、そこは強く意識していた。「試合にしっかり準備すること。投げた後、しっかりケアすること。自分のやるべきことは変わらない。八回に行こうが、九回に行こうが、1つ1つしっかり投げてアウトを重ねることが大事。あまりクローザーを意識しないようにしたい」と繰り返した。だが、“意識しないように意識する”ことが意識過剰に繋がることもある。平常心を保つというのは、口で言う程、容易いことではない。もがき苦しんだ末に記録した2試合連続セーブは、トンネルの出口に到達した印象を与えるものだった。

「タズの力は証明されている。コージ(上原)がいない今、抑えの役目を任せるのにふさわしい実績の持ち主だ。昨日の試合は、ある意味、卒業式みたいなものではなかったかと思う。今のままで、この先も登板を重ねて欲しい」と、ロブロ監督代行はステップアップを喜んだ。

田沢のプロ初セーブはメジャーに定着する以前の2012年4月26日。ホワイトソックス戦で10−3の大量リードの試合で3イニング投げた試合だった。だから、今回「3点差以下で最終回に登板して抑えた」セーブは、正真正銘のセーブということができるかもしれない。田沢は今、マウンドからバックネット裏の人の顔がよく見えるという。3回終了後に上原と2人でブルペンに向かうルーチンは変わった。故障者リスト入りしている上原はベンチで試合を見守り、田沢は1人でブルペンに向かう。

「抑えのやりがいとか、あまりそこにこだわりはない。チャンスというより、しっかりとチームに貢献することが大事だと思っています」

プレーオフ進出の夢が消えたチームはチェリントンGMが退任、ドンブロウスキー氏が野球運営部のトップに就任して、チーム再建に動き出した。スタンドにはオフのトレードを見据えて調査を進めるスカウトの顔が並ぶ。公式戦最終戦まで6週間余り。田沢のパフォーマンスにレ軍を含めたメジャー各球団が注目している。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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