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【連載2】大儀見メソッドからなでしこメソッドへ、構築が進む得点の”型”作り

小澤一郎サッカージャーナリスト

「Japon juega de memoria.(日本は記憶でプレーする)」

日本との対戦を2日後に控えたエクアドルのアラウス監督は14日(現地時間)の記者会見の席でなでしこジャパンについて数回、この表現を用いた。スペイン語で「juega de memoria(記憶でプレーする)」という表現はチームに対する最大級の褒め言葉であり、ジョゼップ・グアルディオラ監督(現バイエルン・ミュンヘン監督)が率いていたFCバルセロナ(2008~2012年)に対してはこの表現がよく用いられていた。

アウラス監督が「かなり戦術レベルの高いチーム」とも評した通り、ライバルチームにとって女子ワールドカップ・カナダ2015のなでしこジャパンは完成度の高いチームに映っているようだ。とはいえ、前回大会の覇者であり連覇が期待される今大会のなでしこのスイス、カメルーンとの2試合では攻撃面での物足りなさを感じた人も少なくないはず。

■2試合ノーゴールの大儀見優季は不調なのか!?

中でも現在のなでしこジャパンのエースであるFW大儀見優季には2試合ノーゴールということで少し風当たりがきつくなっている印象も受ける。果たして彼女は不調なのか?コンディションが悪いのか?

2試合を見れば明らかな通り、大儀見は心身共に「絶好調」である。

なぜ2試合でシュート2本、ゴールなしのストライカーに対して、「絶好調」と言い切れるのか?それは彼女の動きによってすでにチームとして得点の型が1つ完成したからだ。スイスとの初戦とカメルーンとの第2戦であった右サイドからの攻撃の”差”を例に説明していこう。

スイス戦(第1戦)前半18分の有吉からのクロスシーン
スイス戦(第1戦)前半18分の有吉からのクロスシーン

スイスとの第1戦の前半18分、高いポジションを取っていた右SB有吉佐織に対して、DF岩清水梓からの素晴らしいロングフィードが出る。マッチアップした左SB(4番)との1対1に勝った有吉は、右サイドのペナルティエリア手間で完全にフリーとなりニアに詰めた大儀見の足元に強いクロスボールを入れた。

しかし、ボールはニアに詰めていた大儀見、ファーに詰めていたFW安藤梢ともに合わなかった。その理由は、有吉のクロスを入れるタイミングがコンマ何秒のレベルで遅かったから。有吉側からすれば、完全にフリーとなった以上、ルックアップをして丁寧に味方のポジションを見定めた上でクロスを合わせたかったはず。しかし、「顔を上げて中を見る」という物理的な時間と「ニアに詰めた大儀見に合わせる」という判断の時間が加わったことで結果的には致命的なタイムロスが起こってボールはなでしこの2トップの背後を流れて行った。

実際、左SBと入れ替わった時点で大儀見、安藤ともにシュートが決まる”ゾーン”を取る動きに入っており、試合後の大儀見は「あそこはもう少し早いタイミングでほしかった。ああいう場面では、相手のスピードも上がって厳しく来るので。少しでも遅れるともうチャンスがなくなってしまう」と話した。だからこそ、練習から大儀見はチームメイトに対して「見ないでクロスを上げてほしい」と要求を続けている。

■大儀見の”ニアゾーン”を取る動きが先制点の引き金

カメルーン戦(第2戦)前半6分の川澄からのクロスシーン
カメルーン戦(第2戦)前半6分の川澄からのクロスシーン

一方、カメルーンとの第2戦では大儀見の”ニアゾーン”を取るの動きによって先制点が生まれた。前半6分、右サイドでDF近賀ゆかりからのパスを受けたMF川澄奈穂美がフリーとなると、素早いタイミングでニアにクロスが入り、大儀見がニアでスルーしたボールにフリーとなったMF鮫島彩が無人のゴールネットを揺らした。

実際には川澄も大儀見のポジショニングや動き、スペースを”見た”上でクロスを配球しているのだが、スイス戦での有吉のクロスと比較すると「大儀見がニアゾーンを取っている」と認知するタイムロスがなかったことに気付く。つまり、川澄はボールを持った瞬間「大儀見がニアに入る」とすでにわかっていたのだ。また、カメルーンDFの反応もスイスDFと比較すると反応が鈍く、その2要素によってゴールという結果につながった。(もちろん、きっちりとシュートを抑えて決めた鮫島のシュートテクニックも素晴らしい)

この2つのシーンに象徴されるように、大儀見はクロスに対して必ず”ニアゾーン”を取るアクションを起こす。それに対する味方の反応速度が1戦目に比べて上がったことで2戦目では早くも得点という結果が出た。

■「記憶でプレーする」とは?

ここで冒頭のエクアドル指揮官の言葉に戻ろう。

「記憶でプレーする」

男女ともに日本のサッカーが世界大会、世界の強豪相手に点を奪い、勝ち上がっていくためには日本人が世界の中で秀でた部分を活かした得点の型を持つ必要があると考える。教育や教養のベースが高く、「阿吽の呼吸」という言葉がある通り相手の気持ちを汲み取ることに長けた日本が世界の中で秀でている部分は「個々の判断スピードを上げることで、グループとしての連動性を高めることができる」点ではないだろうか。

FC今治のオーナーを務める岡田武史氏が今、同クラブで『岡田メソッド』と呼ばれる型を作ろうとしていることに注目が集まっているが、高いレベルになればなるほど特に得点における型の有無は重要度を増す。「得点パターン」という言い方もできるこの型について、「パターン化すると相手に読まれる」という否定的な意見も必ず出てくるが、型があって相手がそれに反応するからこそ型のもう一つ先にある「リアクションできるオプション」、「選択肢を直前で変える余裕」が生まれるのだ。

■なぜ世界はバルサの攻撃パターンを止められないのか?

例えば、FCバルセロナはメッシが右寄りでボールを受け、中にカットインドリブルを仕掛ける型を持つ。世界中がこの型を知りながらなぜバルサは得点を量産できるのか?確かに、メッシ、ネイマール、ルイス・スアレスという強烈な南米3トップの個の力、総合力はずば抜けている。しかし、彼らは決してバラバラに、自由奔放にプレーしているのではい。実際、彼らは型に反応する相手に対してグループとしてリアクションを取っている。それが型を持つことの優位性である。

ドリブルで入ってくるメッシに対して相手DFは「1.ドリブルを止めにいく」のか「2.シュートコースを消す」のか「3.ルイス・スアレスへのパスコースを消す」のか「4.ネイマールへのパスコースを消す」のかという最低でも4つの選択肢の中からの選択を迫られる。

相手が何かを選択して反応すれば、それを確認した上で異なる判断をして相手の裏を突くリアクションを取るのがバルサ3トップの本当の怖さだ。一見、「自由にプレーしている」ように映るメッシの頭の中にも、指揮官であるルイス・エンリケ監督の攻撃のイメージの中にも確実に「Modelo de ataque(攻撃モデル)」たる型が存在する。

■型のない日本において期待したい岡田メソッドとなでしこメソッド

岡田氏は、男子サッカーのアジアカップ2015で同じように左サイドの”ゾーン”を取った岡崎慎司の動きに対して、本田圭佑が中に詰めてゴールを奪ったヨルダン戦と中に詰める動きのなかったUAE戦の違い、型なき日本サッカーの問題点を説いているが、なでしこジャパンにおいては大儀見優季を中心に型作りが行なわれている。

エクアドル戦に向けた会見に登壇した大儀見は攻撃のイメージについて「サイドより中央からの崩し、コンビネーションをイメージしている」と話した。「中での崩しがあるから、外のクロスが活きてくる」と説明したように、現在は中央からの型作りを急ピッチで進めているところ。

もちろん、得点の型作りは大儀見一人で実現できるものではなく、佐々木則夫監督の緻密な戦術や日本サッカー協会が組織として持つスカウティング能力、なでしこジャパンでプレーする選手たちの技術・戦術の高い融合レベルがあってこそのもの。とはいえ、型というものを初めから定義・意識した上で、得点の型作りに着手している点でも大儀見メソッド発で構築が進むなでしこの攻撃面での整備には岡田メソッド同様の期待感を抱かざるを得ない。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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