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日本の若者が陥る“大麻の罠”

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
米コロラド州の大麻合法化記念イベント会場で、堂々と大麻を吸う若者(写真:ロイター/アフロ)

スノーボードの未成年男子選手2人が、米国遠征中に現地で大麻を吸ったとして、全日本スキー連盟から、無期限の会員・競技者登録の停止、連盟強化指定取り消しなどの厳しい処分を受ける事件があった。

実は、米国ではここ数年、各州で大麻合法化の動きが急速に進んでおり、誰でも簡単に大麻を吸える環境が出来つつある。若者を含め、米国に住んだり旅行したりする日本人は多い。軽い気持ちで手を出したり、現地の事情をよく知らなかったりすると、誰でも今回の事件のような“大麻の罠”に陥る可能性は十分にある。

今回の事件の舞台となったコロラド州は、2014年、全米で初めて、娯楽目的での大麻の使用が解禁された。大麻には薬理作用があるため、医療目的ではそれ以前からも多くの州で使われていた。しかし、大麻をタバコや酒と同様の嗜好品扱いにしたのは、同州が初めて。米国内でも大きなニュースになった。

その後、ワシントン、オレゴン、アラスカの各州と首都ワシントンDCでも、次々と娯楽目的の使用が解禁。今年11月には、大統領選挙に合わせ、カリフォルニアなど複数の州で、大麻合法化の是非を問う住民投票が一斉に実施される見通しだ。

大麻解禁の動きを受けてニューヨーク・タイムズ紙とCBSテレビが実施した共同世論調査によれば、米国民の51%が大麻合法化を支持。1979年の同様の調査では、合法化支持は27%だった。世論が合法化に大きく傾いていることがわかる。

一方、米連邦法は、大麻の所持や使用を明確に禁止している。ただ、米政府は少なくとも現時点では、各州の大麻合法化の動きに介入しない方針を表明し、事実上、容認する姿勢をとっている。

オバマ大統領も経験者

なぜ米国で大麻合法化の動きが広がっているのか。

第一の理由は、現状追認だ。米国では、ヒッピー・ムーブメントが起きた1960年代以降、若者の間に大麻の使用が広がった。それが今日まで、若者の“文化”として定着し、受け継がれているというのが実態だ。

日本でも高校を卒業して親元を離れ、親の監視の目がなくなると、未成年なのに興味本位で酒やタバコをやり始める若者は多い。米国の若者が大麻を吸うのも、感覚としてはそれに近い。筆者も、30年ほど前、米国の大学に留学した経験があるが、その時、学生寮では毎週末、誰かの部屋でマリファナ(大麻)パーティーが開かれていた。プロ野球のスタジアムで開かれた有名歌手のコンサートを見に行った時には、大麻のにおいが充満し、びっくりした記憶がある。

オバマ大統領も、若いころに大麻を吸った経験があると告白しているが、特に問題にされなかった。

コカインやタバコなどに比べて中毒性や有害性、社会への迷惑度が低いと言われていることも、合法化の背景だ。多くの人の命を奪う銃犯罪や飲酒運転などに比べれば、大麻がらみの事件がもたらす影響は取るに足らないのに、それを取り締まるために多くの警察官を動員するのは、予算の無駄遣いとの指摘は多い。政府のカネの無駄遣いに厳しい米国的な発想だ。

加えて、大麻所持で検挙されるのが常に黒人に偏っていることから、大麻を禁じる法律は人種差別的だという批判も、合法化を後押ししている。これも、人種差別問題に敏感な米国ならではの事情と言える。

とはいえ、米国内でも合法化に反対する声は少なくない。11月に住民投票を実施するメイン州のポール・レページ知事は、大麻はコカインなどより危険な薬物に手を染めるきっかけになるとして、住民投票の実施を批判している。

危険な大麻スイーツ

合法化といっても、実際には多くの条件が付いており、それらに違反すれば、逮捕される可能性もある。例えば、コロラド州は、大麻を吸えるのは21歳以上、携帯できるのは1オンス(約28グラム)まで、公共の場での使用は禁止、など細かい禁止事項を設けている。また、大麻を吸った後の車の運転は、飲酒運転と同様に厳しく罰せられる。こうした現地のルールをよく知らない外国人は、結果的に法を犯すリスクが高い。

コロラド州では、大麻解禁後、想定外の深刻な問題も起きている。大麻の合法的な販売が可能になった結果、大麻を生地に練り込んだチョコレートやキャンディー、クッキーなど、様々な「大麻スイーツ」が登場。これらを子どもたちが誤って食べ、病院に担ぎ込まれる事故が急増しているという。州政府の調査によると、昨年1年間で中毒事故管理センターに寄せられた大麻がらみの相談件数は227件にのぼり、2006年の44件と比べて5倍以上増えた。このため州議会は、子どもが口に入れそうな動物や果物などの形をした大麻スイーツを禁止するため、法改正に動き出している。

米国で日本人が大麻の誘惑の罠にはまるのは、主に、今回の事件のように若者同士のパーティーの場であったり、学生寮などで共同生活したりする場合だ。日本ではできない経験だから関心は否応なく高まるし、異国の地で友達のように仲良くされれば、うれしくもなる。それでつい出来心から大麻を吸ったとしても、不思議ではない。社会人経験のない二十歳前後の若者なら、なおさらだ。しかし、それがどんな結果を招くことになるのか、手を出す前に、想像力を働かせながら十分に考えてみることが必要だろう。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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