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ニッポンがエネルギー資源大国になる日 ~バイオ燃料「藻類バイオマスエネルギー」が導く未来~

一志治夫ノンフィクション作家
筑波大学の渡邉信教授。1948年、宮城県丸森町生まれ。

地球最古の生物「藻」は、石油にとって替わるか

藻類は、地球上最古の生物のひとつだ。陸上植物よりずっと前に地球上に現れ、地球の大気をつくったとされる。昆布やワカメなど大きなものから、湖沼などにいる小さな藻までを含めると、これまでに分類されたものだけで約4万種類、未記載種は少なくとも30万種類以上で、1千万種ははいるだろうと推定される生物だ。

その中のいくつかの藻を使ってエネルギーを生みだそう、という研究がいよいよ実証段階に入り、現実味を帯びてきている。藻類に含まれるオイルを抽出し、液体燃料化しようというプロジェクトだ。

次世代エネルギーということで言えば、太陽光発電、風力発電、水素エネルギー、穀物バイオマスエネルギーとさまざまあるわけだが、藻類バイオマスエネルギーには、そのいずれにも劣らぬ優位性がある。たとえば、耕地面積あたりのオイル生産能力で言えば、トウモロコシのような穀物エネルギーに比べ、藻には約700倍もの生産能力があるとされる。しかも、穀物ではないから、人口増による食糧危機にも影響を及ぼすことはない。さらには、藻を繁茂させ、液体化し精製すれば、既存のガソリンスタンドをほぼそのまま使うこともできる。まさに石油にとって替わるエネルギーになりうるものなのだ。

そんなポテンシャルある素材が注目を浴びぬはずもなく、この10年、世界各国で藻類バイオマスエネルギーの研究は急速に進んでいる。日本でも、各大学とともに、IHI(石川島播磨重工業)やデンソーといった大企業が次々と研究実験に乗り出している。現在5パーセントほどの日本のエネルギー自給率は、藻類エネルギーの誕生によって飛躍的に上がる可能性も出てきたのだ。

培養株の盗難防止のため、筑波大学内の開発研究センターはセキュリティも万全
培養株の盗難防止のため、筑波大学内の開発研究センターはセキュリティも万全

藻類バイオマス研究は、2007年から動き出した

日本で1980年代から藻類バイオマスの環境研究および藻類バイオ資源利用の研究基盤整備をリードしてきたのは、筑波大学藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センターの渡邉信センター長・教授だ。

藻類からエネルギーをつくり出すことになった歴史的背景を渡邉教授はこう説明する。

「藻類そのものがオイルを貯めるというのは昔からわかっていることでした。それで、第一次石油ショックのときに、『いつまでも化石燃料だけでは不安定である。バイオ燃料を展開してみよう』とアメリカのエネルギー省が『藻類からバイオ燃料を』というプロジェクトをスタートさせました。これは、1978年から始まり、石油が安値安定した1996年まで続きます。藻類がどれだけオイルをつくるか、大量培養したときにどれぐらい経済性を持っているかなど基礎的な研究がここでなされました。アメリカのすごいところは、得られた知見を研究終了後2年たって何百ページもの報告書にまとめて公開したことです。そのデータは、いまでも役立つもので、参考になります」

藻類バイオマスエネルギーの研究が大きく動き出すのは、2007年に入ってからだ。

「この年に2つの重要な報告がありました。ひとつは、ニュージーランドのキスティという学者が、トウモロコシや大豆、綿花などの作物に比べて、微細藻類のオイル生産能力は数十倍から数百倍も高いということを発表しました。もうひとつは、イギリスの総合学術誌『ネイチャー』に『藻類再び花開く』というタイトルで、『藻は将来のエネルギー資源として高い潜在能力をもつ重要な生物である』という記事が掲載されました。これをきっかけとして欧米で再び藻類の研究が盛んになり始めました」

マツダ「CX5」の実験でも成功

渡邉教授は、これより一足早く2004年から本格的実証実験に入っている。日本全国のダムや湖沼からボトリオコッカスという藻を収集し、約200種類の個体の中から、培養に適した株を選んでいたのだ。

「ボトリオコッカスは、石油の主成分である炭化水素をいっぱい貯める藻。他の多くの藻類がつくるのは植物油であって、石油成分とは違う。でも、ボトリオコッカスは、取った途端に重油になる。それを軽油にしたり、ジェット燃料にしたりするのは比較的楽です。それで、この藻をなんとかできないか、と研究をスタートさせました」

渡邉教授は、研究を続ける中で、2009年、今度は沖縄でオーランチオキトリウムという藻と出会う。有機物を与えるとものすごい勢いで繁茂する種だった。ボトリオコッカスに比べて分裂が速く、4時間で2倍にも増えた。また、光合成をしなくても、有機物によって炭化水素を蓄積するという優れた藻でもあった。ボトリオコッカスとオーランチオキトリウムの特性を合わせたハイブリッドシステムを構築する研究も進めている。

2011年には、マツダと協力して、抽出した藻類炭化水素を使った自動車の走行実験を行う。

「炭化水素はガソリンに混ぜるというわけにはいかないので、ディーゼル、軽油で走らせているクルマを探していたら、ちょうどマツダのCX5が市販される直前だった。それで、このクルマに入れて実験したら、見事に成功しました。軽油に70パーセントの藻のオイルを混ぜましたが、軽油に比べて着火はやや遅れたものの爆発して走りました。藻類炭化水素を90パーセント混ぜてもおそらくうまくいったと思います」

東北大学で生物学を学んだのち、藻類研究の最先端北海道大学へと進んだ渡邉信氏
東北大学で生物学を学んだのち、藻類研究の最先端北海道大学へと進んだ渡邉信氏

耕作放棄地を使って藻を大量培養生産する

こうした研究実験を進める一方で、渡邉教授は、2013年、福島において、さらに画期的な藻類エネルギー研究開発プロジェクトをスタートさせる。「土着の藻類」を使った新しいプロジェクトである。

「福島の復興のために藻類から燃料を考えてほしい、と頼まれて始めたものです。それで、福島の気候と環境に合った土着の藻に栄養分を与えて増やそう、とやってみました。すると、その土着の藻が、寒いときであっても凍らない限り、夏場と同じようにすごい勢いで増えました。ところが、オイル含有量を調べたら、わずか5パーセントほどしかない。さて、この問題をどう解決しようかというので考えたのが、「水熱液化」という技術でした。

どういうことかというと、藻類細胞を丸のまま高温高圧下に置くと、含有オイルだけでなく、炭水化物もオイルになっていく。中東の石油は、高温高圧下の藻類からできたと言われています。それに似た環境を短時間でつくるわけです。具体的に言うと、350度20メガパスカルぐらいの圧力で30分ぐらい置くと、全体が原油に変わってくる。そうすると、5パーセントしかなかったオイル含有量が、44パーセントにもなった。これは今年に入って得られたデータで、技術的に効率がもっとよくなっていけばさらによくなっていくと思います」

藻類バイオマスエネルギーの最大の問題点は、その価格だ。ガソリンが現在リッターあたり110円前後で売られている以上、その価格帯に技術と工夫でどれだけ近づけられるかが課題だ。

「これから3年の技術開発によって、藻類燃料コストがどこに落ち着くかで決まってきます。未来の技術は不確定ですから、我々も予測できないけれども、最良のシナリオと最悪のシナリオという現実を常に見ながら追究していきたい」

藻の大量培養生産のためには広大な土地が必要だが、渡邉教授は、それには耕作放棄地をあてればいいと考えている。実際、福島では、耕作放棄地に培養地をつくった。1万ヘクタールから30万トンのオイルを生産するという試算に基づけば、40万ヘクタールあるとされる日本の耕作放棄地からは、1200万トンのオイルが生産できる計算になる。現在約2.5億トンの原油が輸入されていることを考えれば、5パーセントにすぎないが、この数字を将来さらに伸ばしていくことは可能だ。

「藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センター」内のパネル
「藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センター」内のパネル

環境経済の好循環を実現する生物

渡邉教授は、藻類バイオマスの生産拠点は、安全保障の観点からも国内各地に置くべきだと考えている。

「ビジネスベースでなら光熱費や人件費の安い国で、となるのは仕方ないし、企業がそう考えるのは当然でしょう。でも、国のエネルギーのセキュリティという面から見ると、国内でやらなければ意味がない。たとえば、アメリカでは2022年までにバイオからとった燃料を8000万トン蓄積するとしている。米軍が使っている燃料が年間約600万トンですから、ざっと10年分にあたります。日本でも有事に備えて、自国で蓄積することはやはり必要でしょう。安全保障という観点では、国内の各地方でその土地の藻を使ってつくれるように、というのが私の考えです」

藻類バイオマスが導く未来を、渡邉教授はこう見ている。

「藻が持っている潜在力は、燃料だけでなく、農業、水産業、医学、化学工業への用途と幅広い。そうした分野でも、可能な限り実用化にもっていけるように研究開発を進めたいと思っています。藻類は、光合成をしながら成長していくので、低炭素社会の実現にも寄与するし、よく言われる環境経済の好循環を実現する重要な生物です。そんなポテンシャルを持つ生物であるということをこれからも訴え続けていきたいですね」

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ノンフィクション作家

1994年『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞。環境保全と地域活性、食文化に関する取材ルポを中心に執筆。植物学者の半生を描いた『魂の森を行け』、京都の豆腐屋「森嘉」の聞き書き『豆腐道』、山形・庄内地方のレストランを核に動いていく地域社会を書いた『庄内パラディーゾ』、鮨をテーマにした『失われゆく鮨をもとめて』、『旅する江戸前鮨』など環境・食関連の書籍多数。最新刊は『美酒復権 秋田の若手蔵元集団「NEXT5」の挑戦 』。他ジャンルの著書として、、1992年より取材を続けているカズのドキュメンタリー『たったひとりのワールドカップ 三浦知良 1700日の戦い』がある。

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