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日本から、国境を越えて、できること。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
ジュネーブ欧州国連本部にて

私は、東京で弁護士として仕事をする傍ら、ヒューマンライツ・ナウというNGOの事務局長として活動している。このNGOは何なのか、好んで二束のわらじを履いているのはなぜなのか、ということをお伝えしたい。

ヒューマンライツ・ナウは、2006年7月に設立された、日本を拠点とする国際人権NGOである。国境を越えて世界の人権侵害地域に調査団を日本から派遣して、人権侵害の実情を世界・そして問題の地域において発信、解決を求める一方、自由を求めて行動する人権の守り手たちを支援することをミッションとしている。

http://www.hrn.or.jp/

いうならば、「国境なき医師団」の人権バージョン。私はこの団体の立ち上げに関わり、設立以後ずっと事務局長をしているけれど、なりたての頃は普通の国内弁護士だった。

ドメスティックな弁護士活動に日々奔走していた私に転機が訪れたのは、弁護士になって1年半くらい経った頃(1995年9月)、中国の北京で、第四回世界女性会議、という国際会議のNGO会議に日弁連の代表団の一員として参加したときである。当時お金と時間のある若者は世界に放浪の旅に出たのだろうが、そのような機会も資金もなかった私にとって「世界をみる」機会であった。とにかく、NGO会合を渡り歩いて、来る日も来る日も世界の女性たちの声を聴いた。

この時、皆の話をきいて、世界の多くの地域で、あまりにも残虐な人権侵害や女性に対する暴力があり、女性など、最も弱い立場にある人達が苦しんでいることにはかり知れないくらい衝撃を受けた。持参金を支払わないことを理由に焼き殺される女性、幼いのに農村から売られて売春を強制される少女たち、紛争下でレイプされる女性たち。

特に、内戦のあったルワンダで、夫や子どもを目の前で虐殺された挙句にレイプをされたという女性にあった時、同じ地球上で、同じときを過ごしている、私と同世代くらいの女性がこのような残虐な人権侵害に晒されているのだ、ということが心に突き刺さった。「法律家になった以上、いつか、世界で最も苦しんでいる女性たちの状況を少しでも変える役に立つ仕事をしたい」と切実に思った。

とはいえ、普通の駆け出し弁護士だった私は、ドラマチックにそういう活動に飛び込むことはできなかった。だいたい、活動をする受け皿もないし、一緒に活動する人もいない。会議に参加していた同僚の弁護士のなかでも、この会議を受けて日本でどうするか、ということは語られても、自分たちが世界のためにどうするか、というのは、自分とは関係ないこと、弁護士の領分を越えたこと、国連等がやること、日本の弁護士は自分の領分で義務を果たすべき、と言う考えだった。

そこで、一足飛びにNGO業界に飛び込めなかったけれど、その後は少しずつNGOに関わる仕事を始めるようになり、戦場ジャーナリストや人道支援家、イラクやアフガニスタンを支援しているNGOや地球規模課題に取り組むNGOとのつながりができるようになった。

そして、2004年からアメリカにとにかく留学。英語はほとんどこの時に覚え、ニューヨーク大学での研究の傍ら、国連や国際人権NGOのインターンを次々に経験した。

アメリカを拠点とするNGOでは、世界的な人権問題に、自分とほとんど年の変わらない法律家たちが関わり、国連に影響力を与えて世界に変化をもたらしていた。アメリカでは、日本とは、世界に対する距離感が違うし、世界と関わることは自然なこと、当然のこと、というマインドがあった。

ずっとニューヨークやジュネーブにいれば自分もこうした活動を続けることができるけれど、もうすぐ日本に帰らなくては、という時期になる。本当に自分のやりたいことを日本に帰ってからも続けていくためにも、拠点を自分自身でつくってみようと思った。

で、若手弁護士とともに、日本を拠点とする国際人権NGOを立ち上げることを構想し、帰国して約半年後に「ヒューマンライツ・ナウ」という名前をつけて、団体を立ち上げた。現在ヒューマンライツ・ウォッチ(名前は似ているけれど、別の団体です!) の日本オフィスの代表をしている土井香苗さんも創立メンバーのひとり、今も理事である。

ヒューマンライツ・ナウは、現在6年を迎えて、会員は700名以上、東京、大阪、ニューヨークにオフィスがあり、国連憲章で定められた国連の特別協議資格を取得した。ビルマ、カンボジア、フィリピン、インド等で国境を越えて世界の人権問題に関わる活動を展開している。団体を立ち上げて、ミッションステートメントとあいさつ文をいろんなところに送ると、たちまちいろんな招待や、調査のリクエストがくる。それに、できる限り誠実に応え、困難な中で人権活動を献身的に続けている世界の人たちと友情をつくり、活動してきたつもりだ。

私たちの仕事のひとつは、深刻な人権侵害がある国に調査ミッションを派遣して、報告書を作成し、意見を表明することである。欧米のNGOと違い、日本のNGOが世界の問題について意見表明をすることは、それだけで最初大変珍しがられた。欧米対途上国、という人権をめぐる国際的なポリティックスのなかで、私たちはユニークな位置を占め、発言は注目され、一定の影響力がある。例えば、良し悪しはともあれ、欧米の団体だけでなく日本の団体まで声をあげるのだから、よほど深刻な問題と受け止められているんだ、というメッセージを政権に送ることができたりする。

だから、できる限り、超大国の影響力を排除したバイアスのない見解を表明して、人権の政治的利用や人権の名の下における軍事的・経済的侵略に加担しないようにし、真にその国の人たちが望むようなアドボカシーを展開して行こうと考えている。

もうひとつの仕事は、困難ななかでも人権を求めて活動している地元の人たちと連携し、草の根の活動を支援すること。例えば、ビルマの将来を担う人権活動家を育てる活動を2007年以降展開してきた。トップダウンだけでなく、ボトムアップのアプローチをするところにヒューマンライツ・ナウの特色があると思っている。

活動をしてみて実感することは、日本のNGOが世界の人権に貢献できることは、本当に山のようにあるということ。日本には、世界をよくするために貢献できるポテンシャルがまだまだ無限にあるのだ、と痛感する。この場を借りて、私たちの活動を通して考えることをこれからもお伝えしていきたい。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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