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今週・国連特別報告者グローバー氏が再来日、福島で続く「健康の権利」侵害は解決されたのか。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 福島原発事故後に続く「健康に対する権利」の侵害

3.11日の報道ステーションをみられただろうか。

改めて、福島原発事故後の子どもたちを取り巻く健康施策があまりにもひどいと思った方も多いのではないだろうか。

きちんと内容をまとめて紹介してくださる方がいて私たちも改めて考えながら読むことが出来る。

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3607.html

これは今現在、私たちの国で起きていることなのだ。

福島県の県民健康管理調査によれば、甲状腺を疑われている子どもは75人に及ぶという。

福島県HP4ページ目参照。

これは甲状腺がんの通常の発症率と考えられている数値より格段に高い。

ところが、県は原発事故の影響とは考えにくい、との姿勢を変えない。

そして、未だに、原発事故後実施される健康モニタリングは、福島県内に住む(避難指示を受けていない)人々に対しては、子どもに対する2年に一度の甲状腺検査だけで、ほかには全くない。

チェルノブイリ事故後、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ等では、もっと全般的な被ばく影響の検査が少なくとも年に一度は実施されていたというのに、これらの国より人権を大事にしているはずの日本で、検査項目は意図的に絞り込まれているのだ。

自分の健康状態を知る、かけがえのない健康を守る、という最低限の権利が踏みにじられている、これは誰のためなのだろうか。

少なくとも権利としてひとりひとりの健康を尊重する立場とは到底思えない。

■ 忘れ去られた「1ミリシーベルト」の保護

思い出してみれば、原発事故前の「公衆の被ばく限度」は「年間1ミリシーベルト」で、ずっと法令上も遵守されてきた。

ところが、事故直後、政府はこの基準 を大幅に緩和して、「年間20ミリシーベルト(以下、mSv)」を避難基準として設定。

子どもの学校等での活動でもこの基準をそのまま使用した判断は強い批判を巻き起こし、当時の小佐古官房参与は

「年間20mSv近い被ばくをする人は、約84000人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです」

と抗議して職を辞した。

しかし政府はその後も、20mSvの基準を維持し続け、この基準を下回る地域住民に対する避難・移住への公的支援もほぼないに等しい。

経済的理由等から避難が困難な住民は、健康被害のリスクに懸念があっても、高線量地域にとどまる以外の選択肢はない。

そして、20mSvを下回ったと政府が判断すれば避難指定は解除され、東京電力からの慰謝料も打ち切られ、避難者がたとえリスクを感じても経済的事情から帰還を余儀なくされる。

20nSvを下回る地域に住む人々への放射線防護・健康診断等の対策も甚だ不十分であることも考えると、こうした政策は、住民たち、特に放射能被害を受ける危険性がある妊産婦、乳幼児、子ども、そして若い世代の健康を深刻なリスクにさらしている。

ところが、3年前に怒っていた人たちも今や、この問題を忘れている、または忘れようとしている。

■ 国連グローバー勧告

こうしたなか、2012年秋に、国連「健康に対する権利」特別報告者のアナンド・グローバー氏が日本に国連としての正式な事実調査ミッションに訪れ、2013年5月に調査報告書を国連に提出、日本政府に対して、抜本的な政策の改善を求める勧告を行った(専門家の名前を冠して「グローバー勧告」という)。

そのなかには、

・公衆の被ばく限度を年間1ミリシーベルト以下にすること

・避難者は、1ミリシーベルト以下に線量が低減しない限り、帰還を推奨されるべきでない。それまでの間も政府は、避難を続けるか、帰還するかについて自由な意思決定をできるよう、給付金を支給し続けるべきである。

・健康調査は年間1ミリシーベルトを超える地域に住むすべての住民を対象とすること

・子どもの検査は甲状腺に限らず、尿や血液検査もすること

・子どもの甲状腺検査の結果を親と子が容易にアクセスできるようにすること

・子ども被災者支援法の支援対象地域は年間1ミリシーベルトを超えるすべての地域とすること

・国として、継続的で包括的な健康診断を影響を受けたすべての人に実施すること

・すべての原発労働者に健康診断・長期的なモニタリングと治療をすること

・教育やリスクコミュニケーションにおいて、低線量被ばくのリスクをきちんと伝えること

・施策の意思決定プロセスに住民、特に女性や子どもなど社会的弱者を効果的に参加させること

(以上要約です。報告書本文に記載された指摘も含めています)。

など、具体的で明確な勧告・指摘が出されている。

当然と言えば当然の勧告であり、これが実施されていないということが情けないくらいである。

日本は「健康の権利」を保障した国連社会権規約委員会の締約国であるので、勧告を誠実に実現していく義務がある。

■  国連の勧告を全く実施しない日本政府

ところが、この勧告からも既に約一年近く経過したが、上記勧告はひとつも実行に移されていない。

勧告を受けてやったことといえば、甲状腺検査の結果について、情報公開請求プロセスをちょっと簡易にしたくらいだ。

特に、健康モニタリングを年間1ミリシーベルトを超えるすべての地域で実施、という勧告などについては「非科学的」などと言って勧告を明確に拒絶している。

しかし、過去には、JCOの事故でも、年間1ミリシーベルト以上の地域について、周辺住民の健康診断が実施されてきたし、原爆被爆者の認定も年間1ミリシーベルトの基準に基づく3.5キロ基準で行われ、健康支援を受けている。

過去の政策も科学的でなかったというのか? もしくは福島原発事故の被災者のみを差別的に取り扱って健康検査をしないのか? 判然としない。

この件については、最近山本太郎参議院議員も国会質問をされているが、政府は歯切れの悪い答えに終始している。

このまま、漫然と時がたち、子どもたちが犠牲になっていくかもしれない。

しかし、発症しても声をあげられないのではないか。冒頭のテレビ番組をみるとその懸念が深まる。

そして被害は、知られないまま広がっていくのではないか。確率的に低いからと言って被害がないことにしてよいのだろうか。

■ 国連特別報告者の再度の来日 ■

そこで、今週、私たちが再度招聘し、貴重な勧告を日本政府に対して行った、国連「健康に対する権利」特別報告者アナンド・グローバー氏に再度来日してもらい、勧告の内容について話してもらうことにした。

3月20日開催予定の院内勉強会には、関連省庁にも参加を呼び掛けているので、どんな回答をするのか、直接聞いてみたいと思う。

院内勉強会詳細 →http://hrn.or.jp/activity/event/320-1/

3月20日には東京、21日には福島、22日には京都でシンポジウムが開催され、20日には外国特派員協会で記者会見も予定されている。

各地の予定は以下のとおりである。

http://hrn.or.jp/activity/event/32022/

是非足を運んでいただきたい。

東京シンポの申し込み先

■ 私たちの問題として ■

水俣や原爆症、そして被災地で、私たちは「国に捨てられる」という思いを抱えて、希望を失い、声を挙げられなくなった人たちを見てきた。

特に原発事故の被災者の方々は政府が測った線量や避難区域によって細かく分断され、孤立させられ、それぞれが「捨てられる」思いを深めていらっしゃるように思う。

このような問題についても、以前は被災者の方々本人が先頭に立たれていたが、日常が忙しくなり、諦めたり、絶望したり、声を上げにくくなっている人が多いように思う。

しかし、その分、一番苦しい立場にいるのでない市民が(もちろん、私たちも原子力政策、そして事故から影響をうけているのであり、無関係な第三者ではないのだから)継続して声をあげていくべきではないだろうか。

この問題で、沈黙が完成したら大変なことになると私は思う。

この社会の、私たちの問題として問い続けていく責任があると感じている。

グローバー氏の報告書の和訳(仮訳)はこちら。

http://hrn.or.jp/activity/130627%20Anand%20Grover%27s%20Report%20to%20the%20UNHRC%20japanese.pdf

みなさんに知っていただきたいので、勧告については以下に全文をご紹介する。

是非、いま私たちはどこにいて、何が必要なのか、考える材料にしていただけると嬉しい。

国連特別報告者グローバー氏の日本政府に対する勧告

1 原発事故の初期対応 の策定と実施(76項)

(a) 原発事故の初期対応計画を確立し不断に見直すこと。

事故対応について、指揮命令系統を明確化し、避難地域と避難場所を特定し、脆弱な立場にある人を助けるガイドラインを策定すること

(b) 原発事故の影響を受ける危険性のある地域の住民との間で、事故対応やとるべき措置を含む災害対応について協議すること

(c) 原子力災害後可及的速やかに、関連する情報を公開すること

(d) 原発事故前、また事故後できるだけ早く、ヨウ素剤を配布すること

(e) どの地域が影響を受けるかについて情報収集し、普及するために、SPEEDIのような技術を早期にかつ効果的に提供すること

2 原発事故の影響を受けた人々に対する健康調査(77項)

(a) 全般的・包括的な検査方法を長期間実施するとともに、必要な場合は適切な処置・治療を行うことを通じて、放射能の健康影響を継続的にモニタリングすること

(b) 1mSv以上の地域に居住する人々に対し、健康管理調査を実施すること

(c) すべての健康管理調査を多くの人が受け、調査の回答率を高めるようにすること

(d) 「基本調査」には、個人の健康状態に関する情報と、被ばくの健康影響を悪化させる要素を含めて調査がされるようにすること

(e) 子どもの健康調査は甲状腺検査に限らず実施し、血液・尿検査を含むすべての健康影響に関する調査に拡大すること

(f) 甲状腺検査のフォローアップと二次検査を、親や子が希望するすべてのケースで実施すること

(g) 個人情報を保護しつつも、子どもと親が検査結果に容易にアクセスできるようにすること

(h) ホールボディカウンターによる内部被ばく検査については、対象を限定せず、住民、避難者、福島県外の住民など、影響を受けるすべての人口に対して実施すること

(i) 避難している住民、特に高齢者、子ども、女性に対して、心理的ケアを受けることのできる施設、避難先でのサービスや必要品の提供を確保すること

(j) 原発労働者に対し、健康影響調査を実施し、必要な治療を行うこと

3  放射線量に関連する政策・情報提供(78項)

(a) 避難地域・公衆の被ばく限度に関する国としての計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく、人権に基礎をおいて策定し、公衆の被ばくを年間1mSv以下に低減するようにすること

(b) 放射線の危険性と、子どもは被ばくに対して特に脆弱な立場にある事実について、学校教材などで正確な情報を提供すること

(c) 放射線量のレベルについて、独立した有効性の高いデータを取り入れ、そのなかには住民による独自の測定結果も取り入れること

4 除染(79項)

(a) 年間1mSv以下の放射線レベルに下げるよう、時間目標を明確に定めた計画を早急に策定すること

(b) 汚染土などの貯蔵場所については、明確にマーキングをすること

(c) 安全で適切な中間・最終処分施設の設置を住民参加の議論により決めること

5 規制の枠組みのなかでの透明性と説明責任の確保(80項)

(a) 原子力規制行政および原発の運営において、国際的に合意された基準やガイドラインに遵守するよう求めること

(b) 原子力規制庁の委員と原子力産業の関連に関する情報を公開すること

(c) 原子力規制庁が集めた、国内および国際的な安全基準・ガイドラインに基づく規制と原発運営側による遵守に関する、原子力規制庁が集めた情報について、独立したモニタリングが出来るように公開すること

(d) 原発災害による損害について、東京電力などが責任をとることを確保し、かつその賠償・復興に関わる法的責任のつけを納税者が支払うことがないようにすること

6 補償や救済措置(81項)

(a) 「子ども被災者支援法」の基本計画を、影響を受けた住民の参加を確保して策定すること

(b) 復興と人々の生活再建のためのコストを支援のパッケージに含めること

(c) 原発事故と被ばくの影響により生じた可能性のある健康影響について、無料の健康診断と治療を提供すること

(d) これ以上遅れることなく、東京電力に対する損害賠償請求が解決するようにすること

7 参加(82項)

特別報告者は、原発の稼働、避難地域の指定、放射線量限界、健康調査、補償を含む原子力エネルギー政策と原子力規制の枠組みら関するすべての側面の意思決定プロセスに、住民参加、特に脆弱な立場のグループが参加するよう、日本政府に求める。

(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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