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民意を知るには「抽選」で ~無作為抽出のすすめ~

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与
2010~12年実施自治体の市民判定人応募率
2010~12年実施自治体の市民判定人応募率

地方自治体には多くの審議会が設置されている。その構成メンバーは、大学の教授や地元の有力者が中心だが、大体どの審議会にも、1~2名程度は「公募枠」がある。

公募とは、一定期間行政が募集をし、応募のあった人の中から作文審査などを経て決める方式であるが、募集定員まで応募数が達しないケースもしばしば見られる。また、応募するのは、行政に強い関心や利害を持つ少数の人で、かつ総合計画を検討する審議会にも男女共同参画を考える審議会にも繰り返し手を挙げる人が多い(もちろん全員がそうではないが)。

その原因として以下のことが考えられる。

1.募集されていることを知らない

多くの場合、審議会の公募委員はホームページや広報紙などで募集される。それらを隅々まで目を通す人は少ない。自分の住む自治体でどのような審議会が開かれているのか答えられる人はごく稀だろう。

2.知ったとしてもわざわざ自分から手を挙げない

仮にそのような募集があることを知ったとしても、自分から応募書類を書くような行動をとる人は滅多にいない。特に、これまで行政や政治に対して(議会への傍聴など)能動的に行動をしていない人であると、仮に少し関心があったとしても、自分から積極的に応募することへの気恥ずかしさなどから手を挙げるところまでは到達しない。

自治体側も、審議会に「一般市民」の枠を設ける目的は、有識者や有力者以外の「民意」を拾いたいからであるが、実際には本当に意見を聞きたい層にアプローチできていないことが多い。

以上の課題を解決するために現在注目されているのが「無作為抽出」によって市民に参加してもらう方式だ。無作為抽出とは、住民基本台帳などからランダムに一定人数を抽出し送付、その中から応募のあった人に審議会などに参加をしてもらう。抽出の仕方は裁判員制度に似ている。

このような、無作為によって選ばれた住民が行政の意思決定プロセスに関与する手法の発祥は、ドイツの「プラーヌンクスツェレ」と言われている。日本では「市民討議会」として、NPO法人「市民討議会推進ネットワーク」や全国の青年会議所など民間レベルで広がっている(270程度の自治体、地域で市民討議会が開かれている)。

構想日本では、2009年からこの方式を事業仕分けの中で採り入れている。「市民判定人方式」という評価手法だ。

市民判定人方式とは、仕分けの議論は構想日本の専門家チーム(外部仕分け人)が行い、無作為抽出によって選ばれた住民がその議論を聞いた上で判定をするもの。例えば昨年12月に仕分けを行った千葉県銚子市では、無作為で選んだ2400人の市民に依頼を送付し、応募のあった約200人が判定人を務めた。

2009年に埼玉県富士見市で初めて採用した時には、判定人としてどのような人が来るのかわからないため、判定人は「利用者」の視点になり、あらゆる事業を感情論で現状もしくは拡充と判定するのではないかとの懸念もあった。しかし、やってみると判定人は利用者だけではなく「納税者」の視点も加わった上で議論を聞き判定をする。そのため、論理的で説得力のある結論を出し、コメントを記載してくれていた。

市民判定人方式は、行政と住民双方に効能がある。

行政側からすると、これまで行政からは距離の遠かった住民が参加しやすい環境を作り、より広範な「民意」を拾い上げ、合意形成につなげることができる。民主主義活性化のための新たなツールとも言えよう。

また、判定人を経験した住民は税金の使い方や行政への関心度が格段に高まる。過去判定人を経験した人が、その後に行政主催のイベントや会議に参加するようになった事例も複数ある。

この方式は、現在行っている自治体の事業仕分けのスタンダードとなっており、既に39自治体で71回を数える。判定人を経験した住民は全国では1400人に上る。

各自治体の「応募率」(図)をご覧いただきたい。平均すると約6.5%(1000人に送付すると65人から応募がある計算)となる。先述のドイツの「プラーヌンクスツェレ」は大体5%くらいが相場と言われている。つまり、判定人方式だけで考えると、日本人の行政に対する関心度はドイツにまったく引けを取らないと言える。

よくよく考えてみると、日本では講演会などで、質問のある人に挙手を促してもなかなかすぐには手が挙がらない。しかし、講師が指名をすると、しっかり自分の考えを持って質問や意見を言うことができる。ちなみに、欧米では、質問を打ち切ることが日常茶飯事だし、行政が公募をすると100人以上が手を挙げることもよくあるらしい。

「自分からがつがつはいかないが、ある程度手を差し伸べられたら乗っていく」というのは日本人の国民性ではないだろうか。そう考えると、この方式は日本になじむのではないかと感じる。

構想日本では3月に、福岡県大刀洗町と共同で、この無作為抽出市民による行政参加を事業仕分け以外にも適用すべく、準備をしている。

このような取組みが全国で広がれば、政治や行政を「自分事」ととして捉える住民が圧倒的に増えてくるのではないだろうか。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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