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賞味期限はいつまで?「アベノミクス」の効果

岩崎博充経済ジャーナリスト

調整せずに1ドル=10円も動いた円安相場

安倍自民党総裁が誕生して以後、金融マーケットは一斉にトレンドを転換させた。とりわけ、激しいのは為替相場でほんの2カ月前は1ドル=78円前後を推移し、76円台を伺うトレンドだったのが、安倍総裁の「インフレターゲット」発言一つで、相場は180度ひっくり返ってしまった。そもそも、政治家は為替相場や株式市場には言及しないのが鉄則だ。

しかし、今回の円安や株価上昇の背景には、海外の投資家が存在が大きい。外国人投資家が一斉に動いたために、株が上がり、円安に動いた。それも、ヘッジファンドなどのリスクマネーと呼ばれる海外投資家が中心的役割を果たしている。リスクマネーの特徴は、投資戦略にもよるが、新しいトレンドができると一斉にその方向に動くことだ。しかも、いったん新しいトレンドが形成されると、マネージド・フューチャーズのようにコンピュータ売買によるストラテジー(戦略)が、変異を察知して瞬時に、かつ一斉に参入してくる。

コンピュータ売買の特徴は、直近の最高値や最安値をブレイクしていく投資戦略で、一直線に相場が動きやすい特徴を持っている。現在の為替相場の動きは、典型的なコンピュータによるプログラム売買と見るべきで、次々と目の前に現れた高値(円ベースでは安値)をブレイクしていく展開になっている。そのために、短期間で大きく動いてしまったと見るべきだ。

シカゴ通貨先物の投機筋(Non-Commercial)による「IMMポジション」も、12月29日現在で円のLONG(買い)が2万6757枚なのに対して、SHORT(売り)が11万2365枚と大きく売り越しになっている。大口のヘッジファンドなどは、手口が公開されるのを嫌って通貨先物を使わないケースもあるが、それでもリスクマネー(投機筋)と言う面から見ると一斉に円売りに走っていることは間違いなさそうだ。

株式相場も、シカゴの先物市場主導で上げてきたと考えていいだろう。ヘッジファンドなどがレバレッジをかけて日本株の指数を買い上げ、現物では海外の銀行などが現物に買いを入れているといった展開だ。ここにも、当然コンピュータによるプログラム売買が介入しており、トレンドに沿った投資パターンを取る。

注視したいのは「金利上昇」と「経済政策」の方向性

そんな中で、アベノミクスはいったいいつまで効力を発揮できるのか。その判断は非常に難しくなる。早ければ1月21日に開催される日本銀行の政策決定会合で、日銀が安倍政権が求める金融緩和に応じない姿勢を示したときだと言う説もある。あるいはファンドなど海外の機関投資家の日本株の保有比率が「一定の比率(20%程度、現在は16%)」までいけば「日本株買い」はピークに達すると言う見方もある。その時期は3月末頃と見る専門家も多い。

また、日本銀行の白川総裁の任期が4月8日で切れるために、次の人選では安倍政権に近い人事になる可能性が高いものの、簡単には決まりそうもない。そこでもたついていると、外国人投資家の失望売りが始まってしまう可能性もある。参院でのねじれを考えると日本維新の会などの第3局に対して、どんな譲歩をしてくるのかがポイントだろう。さらに、新しい日銀総裁候補が決まるまでに、中央銀行の金融政策以外の構造改革や経済政策の方向性をきちんと提示できるかも問題だ。

そして、もっとも警戒したいのが「金利の上昇」だ。急激な株価上昇や円安には必ず「副作用」がある。その副作用の最たるものが金利の上昇と考えていい。日本国債の先物価格が下落=金利上昇がはっきりしてくれば、株価は下落し、円は高くなってくる。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)のスプレッド上昇も要警戒だ。

安倍政権への期待度だけで、円が売られて、株価が上がったのは、ある意味で世界の投機筋にとって「渡りに船」だったのかもしれない。米国の中央銀行に相当するFRB(米連邦準備制度)やEUの中央銀行であるECB(欧州中央銀行)が、未踏の領域ともいえる大胆な量的緩和を実施して世界中にお金をばら撒いており、世界は過剰流動性に陥っている。

しかも、米国や欧州ではリスクマネーと呼ばれる投機筋への融資は厳しく制限されている。そんな状況の中で、日本市場がアベノミクスによって上昇トレンドに入った。投資先を探していたところに、流動性の高い日本市場が投資対象として浮上してきたわけだ。ただし、リスクマネーの最大の特徴は、何かがあったときには一斉に投資を手仕舞うことだ。

日本の株式市場がアベノミクスによって上昇していると言うことは、個々の銘柄の業績が好転したから買われているのではない。あくまでも日銀に圧力をかけてさらなる金融緩和を実施すれば、円が売られて超円高が解消され、日本が大きく依存する輸出産業の業績が上がるだろうと見て、買いが入っているに過ぎない。

問題は日本の対外資産の逆流による円高?

問題は、安倍政権の金融政策や経済政策によって、いつまで外国人投資家をとどめておくことができるのかどうかだ。仮に米国の財政の崖やギリシャ、スペイン問題が表面化しなかったとすれば、そして中国や韓国との間で深刻な外交問題が起きなければ、現在の株高、通貨安は意外と続く可能性は高いのではないか。なぜなら、外国の機関投資家の多くは「日本に投資しないリスク」を重視して考えるために、日本株高、円安と言うトレンドに乗らざるを得ないからだ。

ただ、不安材料も数多い。日本が保有する582兆円(2011年末)もの対外資産もそのひとつだ。これらの対外資産は、他の先進国と異なり企業を買収したり、経営参加を目的とした株式取得といった「直接投資」が約75兆円程度と少ない。株式や債券に投資する「証券投資」が262兆円で、その他投資が140兆円、外貨準備が101兆円となっている。直接投資の額が少ないために、万一金融マーケットなどの大きな変動があると、簡単に資本移動してしまう対外資産の構成になっている。それがリーマンショック時の超円高にもつながった。

日本国債の安全理論を主張する人の中に、いまだに対外純資産の大きさ(253兆円)を指摘する人がいるが、あらゆる意味で間違っている。ここでは省略するが、円安が急速に進んでいけば、日本の対外資産の証券投資に当たる262兆円の一部が利益確定などの要因で、日本に戻ってくる可能性が高い。つまり、円高要因になるわけだ。

さらに、海外の投資家が日本国内に保有する資産である「対外負債(総額は329兆円)」の部分でも、直接投資は18兆円しかない。いかに日本が直接投資を拒んでいる国家であるかを物語っているが、一方で証券投資は157兆円もある。これらが株高などで売られれば、円安要因にはなるが、株安や債券売り(金利高)の要因にもなる。いい意味でも、悪い意味でも、日本は金満国家であり、経常収支がいまでも黒字なのは、日本が世界中に投資している証券投資から上がってくる投資収益のおかげなのだが、要するに世界中のお金が日本を経由して動いていると言うことだ。つまり、日本の金融マーケットが動けば世界も揺れることになる。

いずれにしても、これまでの株式市場や為替市場がそうだったように、期待はいずれ裏切られる。裏切られたときの反動は覚悟しておくべきだろう。さらに、自分の資産を守りたかったら、現在のアベノミクスが逆回りする株安、円高でも利益を得られる投資スキルとツールを持つべきだ。上昇相場で利益を出し、さらに反落したときにも利益をだす。いわゆる投資に関しては「グリード(強欲)」でなければ、結局個人投資家は裏をかかれて失敗する可能性が高い。以前と同じパターンを繰り返してはいけない。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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