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本気で収入増を目指すママは公的サービスと友達の厳しい意見を活用しよう

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
収入を増やすためにはキラキラした活動だけでなく地道な努力が必要です(写真:アフロ)

先日のYahoo!フィーチャー記事が周囲で話題になっていました。

「ママ起業」ブームの影で「期待外れ」の起業セミナー

「ねえ、Yahoo!の記事読んだ?」と、会ってすぐに話題にする人もいれば、記事をFacebookでシェアする人もいました。私の周囲では「だまされる側の甘さ」を指摘する声が多かったように思います。加えて「だます側の人を知っているかもしれない」という話も聞きました。

「女性活躍」が政策の真ん中で論じられるようになり「ママの再就職」に注目する人が増えました。かつて、女性支援は「ママたちのために、とにかく何かしたくて」動く人が集まる場でした。ひらたく言えば、儲けなんていらない。働きたいお母さんに少しでも役に立てたら、と思って動く人たちが多かったように思います。

女性活躍ブームで増えた「だます人たち」

「女性活躍ブーム」によって風景が変わりました。「ママと仕事に関する事業をやれば、儲かりそう」と勘違いする人たちが出てきたからです。その結果、男女を問わず、母親が仕事を続けることが難しい要因や構造問題を全く分かっていない人までもが「女性支援業界」に参入してくるようになったのです。表向きは「ママ支援」「女性支援」を謳いながら「支援と言いつつママからお金を取りたいだけ」だったり、「女性支援と言えば政府から補助金がもらえる」と思い込んでいたりする人までいるのです。

例えばTwitterには「簡単に」「自宅で」「高収入を得られる仕事」を謳うアカウントがたくさんあります。私もそういうアカウントから「女性が自宅でたくさん稼げる仕事にご関心はありますか?」といった内容の日本語や英語で話しかけられることもあります。Gmailを開けば「誰にでもできる」「高収入のライターのお仕事」に関する広告が表示されます。

20年近く女性労働の取材をしてきた私は、これが「儲かる分野」とは思っていません。ですから、怪しい誘いの言葉は全て「詐欺」と思って無視しています。でもきっと、だまされてしまう人もいるのでしょう。ピュアかもしれないし、ちょっと世間知らずなのかもしれません。

「だまされない」リテラシーを磨こう

「だます側」のずるさに怒りを感じることも多々ありますが、やはり、ここは「だまされる側」がもっと賢くなることも大事だと思います。今回は、働きたいママが「だまされないために知るべきこと」について、書こうと思います。

最も分かりやすいのは、セミナーのお金の流れを考えることです。と言っても難しいことはなく、セミナーの主催者は、会場や講師料をどこから調達しているのか、セミナー講師は会場で話をするだけでなく、自分のサービスを売ろうとしているのか、といったことを確認すれば良いのです。

セミナーを開くにもお金がかかります。参加者から徴収する受講料で会場代と講師謝礼を払うことはできそうか。難しい場合、どこかから助成金が出ているのか。例えば、自治体や官公庁が「共催」しているセミナーは、その団体から補助金が出ていることがあります。

無料で知らない人に大事なノウハウを教える人はいない

もし、参加費用が無料か格安のセミナーでしたら、主催者は何らかの手段でセミナー開催にかかるコストを回収しなくてはいけません。そのために、例えばセミナー講師のサービスを参加者にやや強引な方法で売るといったことも考えられます。知っておくべきなのは、キラキラして見える人が、無償で見ず知らずの人のために有益な情報を無料でくれることは「たぶん、ありえない」という常識です。

Yahoo!の記事には、セミナーで高額の契約を結ばされたとか、セミナー講師とコンサルティング契約を結ばされた、といった事例が登場します。つまり、ママ起業セミナーの講師がセミナー会場で、セミナー参加料金以外の形でモノやサービスを売ろうとしているなら、そういうセミナーには近づかない方がいい、ということになります。

起業セミナーは多数ありますから、自分でどれが良くてどれが良くないか見分けるのが難しい、と思う方もいるかもしれません。その場合は、お住まいの県や市町村など自治体や政府系金融機関が開くセミナーや融資相談を受けることをお勧めしたいと思います。一般的に言ってこうしたセミナーや相談は、高額の契約を結ばされることはなく、相談を受ける側が何かを売るインセンティブを持たないところが、信用できるポイントと言えます。仮におかしな講師がいたら、すぐ自治体に報告すれば、以降は出入り禁止になるでしょう。

自治体や公的金融機関のサービスを使いこなそう

例えば、東京都が手掛ける「女性・若者・シニア創業サポート事業」。ここでは、起業に関するセミナーや創業相談も行っています。

東京都以外でも、各県や市町村の「女性センター」や「男女共同参画センター」が主催する女性向けの起業セミナーがあるはずです。お住まいの自治体に問い合わせをしたり、ウェブサイトで調べると情報を得ることができるでしょう。

また、日本政策金融公庫は、同じく女性・若者・シニア向けに事業開始時または開始後に必要となる資金の融資を行っています。実際にお金を借りてビジネスを始める場合、集客の見込み、方法なども自分なりのプランが必要になりますから、本気の方は、こうしたところに相談に行くとよいでしょう。

ここでひとつ注意したいのは「だます側」が、公的な団体のお墨付きがあるかのように装ったウェブサイトを作ることがある、ことです。例えば政府系金融機関や官公庁のロゴとリンクを貼ってあるものの、実際は何の関係もない団体が「ママ起業を支援している」と言うことがあるので、注意が必要です。

自分がやりたいことは本当に「起業」なのか?

また本当に自分は「起業したい」のか、見極めることも大事です。内容がない「起業セミナー」でも多くの女性が参加するのは、そこで「友達を作りたい人」が多いためではないでしょうか。または「起業を目指す前向きな自分」でいたいのが本音かもしれません。そういう発想は、自分で認識できていれば問題ないと思いますが「だます側」につけこまれると高額なお金を払わされることがあります。

「友達づくり」が主目的なら、セミナーには1、2回参加すれば十分でしょう。その後は、出会った友人と個人的に集まってお茶を飲んだりおしゃべりしたりしていれば、わけのわからないお金を払わずにすみます。大事なのは、自分がどうしたいのか(お金を稼ぎたいのか、起業という目標を持つ共通の友人が欲しいのか)見極めることです。

では、起業でお金を稼ぎたい人はどうしたらいいのでしょうか。起業セミナーに「だまされて」しまうママたちが知るべきなのは、SNSの使い方ではなく、ごくシンプルな経済の原理であると思います。

収入=自分の時給×働いた時間である

そもそも、人が仕事をして得られる報酬は、「その仕事の時給」×「働いた時間」です。仕事の時給は時間当たりの生産性によって違いますが、その仕事の希少性と代替性の度合いによって左右されます。会社員など、決まった時間に決まった場所へ行って働く人は「いつでも求めに応じて労働力を提供する準備があること」も報酬を決める重要な要素です。

きびしい言い方になりますが、提供できる価値が低い人が、楽に働いて(つまりは短い時間で)得られる報酬が高くなることは、論理的に考えてありえません。報酬を上げたければ、時間当たりの生産性を上げるか、働く時間を増やすしかないのが現実です。女性向けのセミナーは、こうした現実を見ないように、見せないようにしているものが少なくないように思います。

起業にしても再就職にしても「収入増」が主目的でしたら、「その人がいますぐ働いた場合に得られる報酬」を把握した上で「いつまでに、どのくらい上げたいか」「そのためにどのくらい努力できるか」の2点を把握する必要があります。特に真面目な女性が時間投入することが多い「資格取得」は努力投入に見合う収入につながるのか、疑わしいものも少なくありません。当然ですが、簡単に取れる資格で提供できるサービスに付加価値は低く、短時間でたくさん稼ぐことはできません。

いちばん役立つアドバイスは友達からの厳しい一言

こういった記述を読んで嫌な気分になった人は、おそらく、起業はしない方がいいと思います。自分が提供する製品やサービスを、人にお金を払って買ってもらうのは、たやすいことではありません。良いものを作るのが難しかったり、良いものを作ってもお客さんに認知されなかったり、作るのにかけた労力に見合うお金をもらえなかったり。ひとりで作って売って稼ぐのは地道で面倒なことも多いのです。

私は16年間会社員をした後、独立して仕事をしています。会社員だった頃「辞めたいなあ」と愚痴をこぼすたび、学生時代の友達が様々なアドバイスをしてくれました。「治部さん、フリーは大変ですよ。僕はこういうペースで原稿を書いていて、年収これくらいです」とか「れんげさん、会社はやめない方がいいよ。俺の知り合いで、〇〇(大手出版社)を辞めた奴がいるけど、ほとんど稼げてないから」…。

彼らは私より早く大きな会社を辞めて、自分ひとりの力で稼いでいる人たちでした。組織の外に出ることの厳しさ、大変さを教えてくれたことに、とても感謝しています。サービス提供から、営業につながる成果報告、仕事の改善に至る全てをひとりでやるのは楽ではありません。それでも私が自分と子どもの分くらいはひとりで稼いでいられるのは、あの時、厳しい現実を教えてくれた、フリーで仕事をしている男友達のおかげだった、と思います。

だから、自力で稼ぎたいと本気で思う女性には、キラキラして見える「自称成功した女性」講師のセミナーに出るより前にやってほしいことがあります。あなたの市場価値を客観的に冷静に指摘してくれる友人や知人と話をしてみてほしいのです。たとえ今、就労していなくても、あなたが地域やPTAで無償労働としてやっている「仕事」を評価してくれる人がいるかもしれません。そういう能力をお金に換える方法とその厳しさについて、教えてくれる人は、きっと身近にいるはずです。もし、そういう人がいないなら、公的なサービスを使い倒して事業計画をプロに見てもらい、厳しい指摘をたくさん受けてください

そういうことは嫌ということでしたら、自分が本当に目指しているのは起業ではない、という自分にとって不都合な真実を受け入れた方がいいと思います。少なくとも「起業できると思って参加したセミナーで数十万取られた」というような悔しい経験はせずにすむでしょう。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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