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「東京マラソン」を巡って(4)

川端康生フリーライター

東京マラソンの余波

思いがけず長くなった。

一応の区切りとなる今回は、視野をこれまでより広くとって思いつくままに綴る(「一応の」というのは今後も東京マラソンについては注目していくつもりだからです)。

まず、前回の思わせぶりなラストの続きから。

「東京マラソン」に加わらず、並立する形で大会を継続させた「東京国際女子マラソン」が、2年後には幕を下ろすことになったことまでは述べた。

しかし、そこで話は終わらなかったのだ。主催していた朝日新聞が、横浜で新たな女子マラソンを創設したのである。

いわば、東京から横浜への“引越”。大規模市民マラソンの誕生によって、東京から弾き飛ばされた格好ではあるが、「横浜国際女子マラソン」として大会を事実上継続してみせたのである。「女子マラソン」の草分けとしての意地といったところだ。

しかも、この新たな女子マラソンの開催により、やはり伝統ある「横浜国際女子駅伝」が姿を消すことになる(ちなみに主催は読売新聞だった……と記すと、「東京マラソン」の意趣返しのようにも見えるが、「横浜国際女子マラソン」は朝日主催、読売特別後援という形で始まっている)。

さらに話を続ければ、その「横浜国際女子マラソン」も昨年限りで、6年という短い大会寿命を終えることになり、その横浜では今年(3月)から新たに「横浜マラソン」が始まる。東京マラソンと同じ形の大規模市民マラソンである。

「国際女子マラソン」を東京から横浜へ“引越”させ、それどころか横浜に市民マラソンを誕生させ……東京マラソンの余波はいまも続いているのである。

東京マラソンの余波の余波

横浜だけではない。「東京」から発信されたうねりは全国に波及した。

東京マラソンの成功(経済的な面だけでなく、安全が確認され、警察の許可も得やすくなったことがむしろ大きい)をきっかけに、全国に市民マラソン大会が急増しているのだ。

その数は、ハーフマラソンも含めれば、いまや2000に達するという。増えればいいというものではないが、東京マラソンのインパクトはそれほどに絶大だった。

もちろん、そんな中で「東京マラソン」の存在感はいまも図抜けている。この連載の冒頭で記したように、今年の大会も応募者は30万人以上。競争率は10倍という人気ぶりである。

ちなみにランナーが払う参加料は1万800円。「1万円も払って、きついマラソンを走るのか」と驚く人もいるが、ランニング(ジョギング)人口の増加と、その熱気は凄まじいのだ。このブームも東京マラソンが起爆剤となった。

実を言えば僕も2度走っている。当然、第1回から毎年応募しているから当選確率は9分の2。今年は落選だが、特別運が悪いと嘆くわけにはいかない。

とはいえ正直に言えば「昔はこんなに面倒じゃなかったのに……」という思いがないわけではない。初めて市民マラソンに出たのは25年くらい前だったが、申し込めば誰でも走れた。たぶん先着順だったのだろうと思うが、ランニング誌で申込期間を調べてちゃんとエントリーすれば“落選”するようなことはなかった。

この機会に愚痴をもう一つ。競争率以上に溜息が出るのは、申込時期の早さだ。

ご存じない方のために説明すれば、東京マラソンの参加申込は前年の夏。具体的に言えば、今週末の「東京マラソン2015」を走るために、2014年の8月に申し込みをしなければならないのである。

手軽なはずのマラソンが何だか随分面倒臭いことに――いや、聞き流してもらっていい。ブームには溜息も愚痴もつきものである。

東京マラソンが「道路」を開放する

気分を変えて少し真面目なことを。「道路」とその利用についてだ。

警察が市民マラソン開催に対して消極的だったのは、1987年に出された「マラソン、駅伝、自転車ロードレースその他の路上における競技に係わる道路使用許可の取り扱いについて」という警視庁通達に依拠していたと思われる。

幹線道路におけるマラソンなどへの道路使用許可の抑制を促す通達だった。背景に交通の円滑化や地域住民に対する配慮があったことは言うまでもない。

しかし、この通達は2005年7月に廃止される。

これは東京での大規模市民マラソン実現のために、水面下での政治的な“地ならし”の成果……なのではないかと実は僕は思っている。東京マラソン構想は、実はずっと前から、ずっと深いところで、静かに進行していたのである。

いずれにしても、この通達が解除され、首都・東京で大規模市民マラソンが開催され……たことで、「道路」の使用制限が緩和され始めた気がする。

たとえば東京マラソンの第1回大会が行なわれた3ヶ月後には、「丸の内」で公道を使用した「東京アスリート陸上」が開催された。短距離や棒高跳びなどの陸上種目が都心のオフィス街で行なわれたのである。

スポーツに限ったことではない。自動車や歩行者が通行するためのもの――という既成概念を外せば、道路は様々事に利用できるのだ。

この流れが続き、「道路の開放」が進むことを僕は期待している。

東京マラソンが「東京」を変える

まだまだ話題は尽きない。

「東京マラソン」は市民マラソンであるだけでなく、エリートランナーたちの真剣勝負の場でもあるし、ワールド・マラソン・メジャーズ(テニスやゴルフのグランドスラムのようなもの)のレースでもある。それがどのような意味を持つか――についてはまたの機会に譲り、ここでは「都市とスポーツイベント」について触れておきたい。

町作りにスポーツイベントを活用する例は、1964年の東京五輪をはじめとして枚挙にいとまがないが、「東京マラソン」はこれらとは一線を画す。

再三述べているように、マラソンの舞台は「道路」。つまり東京マラソンには競技場も体育館も必要ないのである。新たに施設を建設する動機がない以上、従来のメガイベントのような意味での都市開発には結び付けにくいし、当然のことながらハコモノ整備に伴う直接投資も期待できない。

要するに、東京マラソンが生み出すのは、ハード(ハコモノ)ではなく、ソフト(行政サービスや地域のコミュニケーション、究極的には街の雰囲気や人々の意識まで)なのである。

経済波及効果はもちろん期待されているし、事実、相当なメリットも生み出している。だが、東京マラソンの真価は、そうした数値で示される量的な物差しではなく、質的な手触りによって計測されるのだと僕は思っている。

だからこそ東京マラソンは面白いのである。あえて言うなら、「東京マラソン」はこれまで主に地方都市や離島で行なわれてきた(加古川ツーデーマーチや宮古島トライアスロンなど)町おこしや活性化のためのスポーツイベントに近い気がする。

東京という大都市がなぜか町おこしイベント……そんな目線で眺めてみると楽しみが膨らむ気がする。

そのためにも続けることだ。いまさらではあるが、当初「東京マラソン」はオリンピック招致とも結び付けられていた。招致レースで敗れた2016年の方である。

だから、もしかすると短い期間で終わってしまうかも……という不安もあった。

ところが、30万人にも及ぶ膨大な参加希望者はもちろん、都民(世論)の好意的な理解もあって、終わるどころかますます盛り上がりを見せている。この市民マラソンを続けた結果、「東京」がどう変わるのか――もっとも興味深いテーマである。

労作にして秀作のコース

肝心なことを説明していなかった。マラソンコースについてである。非常によくできているので、最後にごく簡単に紹介しておきたい。

コースマップを見ればわかる通り、「十文字」型である。ここには交通への影響を最小限に留める工夫がある。

都庁をスタートしたランナーは一路東へ向かう。そして飯田橋(5キロ)を右折し、皇居方面へ。「十文字」が交差する地点(10キロ)へと進む。ここまでが最初のポイントだ。ランナーが通り過ぎていくにつれて、西から順に交通規制を解除していくことができる。そして、この10キロ地点をランナーが通過した時点で、皇居以西にはマラソンの影響を与えずにすむ。

同様に、「十文字」型の一辺ずつ解消しながらマラソンは進む。先頭がゴールする頃、最後尾はまだ品川駅の折り返しあたりだろう。しかし、彼らが20キロ地点に達すれば、「十文字」の下側も規制を解除することができる。

さらに浅草・雷門を折り返す上側も同じように規制解除されていく。そして、最後に残るのは湾岸エリアのみ。東京の交通への影響は、極めて限定的になる。

見事なレイアウトである。

しかもこのコース、実は地下鉄路線の上を通っている。なぜか。駅への出入り口を地下道として利用できるからだ。階段の上り下りという手間はかかるが、おかげで歩行者は道路を横断する(くぐる)ことができる。

大都市である「東京」でのマラソン開催の難しさについて前回までくどいほど書いてきたが、この点においては地下鉄網が発達しているという「東京」の強みを上手に活用したというわけだ。

「東京の観光名所を巡る」という石原都知事の意向にも沿いながら、このコース設定を行ったのは都庁の担当者だ。その他にも細かい点に配慮するため、自転車で走り回りながらこのコースを決めたという(ママチャリだったらしい)。

労作にして秀作である。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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