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誰のための「学力テスト」? “大阪のニンジン”vs“沖縄の汗”から学ぶべきこと。

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:Putneypics

【今から一年前を覚えてますか?】

今からちょうど一年前。大阪府の松井一郎知事は、全国学力・学習状況調査の結果を受けて、次のように述べた。

「内申点に反映されるので、子どもが本気で取り組んだのだろう。やればできることがはっきりした」と。

2007年度以来、全国平均を2ポイント以上下回っていた屈辱を晴らし、数学(A ・B)では全国水準に肩を並べ、最も差の大きかった国語Aでも1.4ポイント差まで縮めたことを、松井知事は頬を紅潮させこう語った。

そのドヤ顔がテレビで報じられた当時、ナニがあったか? 忘れてしまった方も多いと思うので、ちょっとだけ振り返ってみよう。

大阪府といえば、テスト結果の公表を巡り「クソ教育委員会」(by橋下徹府知事、当時)と暴言を吐いたり、「このざまは何だ!」(同)と罵声をあびせたり、遂には、「教育非常事態宣言」を出し、学校教育に介入したりと、すったもんだがあった場所。

その大阪府が、「中学の成績を来春の高校入試の内申点に反映させる!」と発表したのは、学力テストが実施されるわずか11日前のことだった。

突然の発表に、現場の先生たちはてんやわんや。急遽過去の問題などを子どもたちに配布したり、「最後まで諦めるな!」と尻を叩いたり……。子どもたちが入試で不利にならないようにと、ギリギリまで事前準備に取り組んだ。

その努力(?)の甲斐あって、子どもたちは学力テストで順位を上げた。その子どもたちのがんばりを「やれば出来るじゃん。今までのやり方が悪いんだよ」と言わんばかりの先のコメントを、知事は鼻息をガンガンに荒げ発表したのである。

そして、先日。今年度の全国学力テストの結果が明らかになった。

昨年、大躍進を遂げた大阪府は、中3の国語、数学の平均正答率がいずれも全国平均を下回り、空白の解答欄も目立つなど、残念な結果に終っていたのである。

理由は、“ニンジン”がなかったこと。

昨年の“ドヤ顔”会見のあと、文科省が「学力テストの趣旨を逸脱している」として大阪府のやり方を禁止し、「今年は入試活用(=ニンジン)が中止となり、解答を諦めた子がいたかもしれない」(府教育庁の担当者のコメント)事態がおこり、あの“快挙”は、わずか一年で幕を閉じてしまったのだ。(今年度の学力テスト結果に関する情報は日経新聞9月30日付朝刊より引用)

【沖縄の足取り】

そんな大阪と対照的だったのが、長年、大阪府とともに最下位だった沖縄県だ。

2014年から徐徐に順位を上げてきた沖縄県は、遂に今年、小学校6年生が大健闘(算数A)。

24位(2014年)、20位(2015年)と少しづつ学力を上げ、2016年の今回、福井、石川に次ぐトップ3と大躍進。上位常連県だった富山を抜く、快挙を成し遂げたのである。

「ってことは、沖縄も大阪のように、“ニンジン”をぶらさげたってこと?」

答えはノー。

沖縄の快挙は、長年積み重ねた努力の成果。

沖縄では1998年から、「学力向上主要施策」を策定し、2009年からは学力上位県である秋田に、毎年2人ずつ教員を派遣するなど、オトナたちがあれやこれやと汗をかいてがんばってきた。

2013年には「学力向上推進室」を作り、指導主事を10人体制に強化。そのうち5人が沖縄県内の公立小学校約120校を1校1校訪ねて歩き、日常の授業を見て回ったそうだ。

とにもかくにも、“日常”にこだわった教育委員会は、日常の授業を指導主事が1時間はりついて見学。多忙な現場の先生たちも、わざわざ「教育委員会が来るから」と準備する手間もかけず、ホントに日常のありのままの授業を指導主事に見せるなど、ひたすら“日常”にこだわり続けた。

授業見学の後には、先生を交え1時間みっちり反省会とフィードバックを行い、意見交換と現場に生きるアドバイスを徹底し、2008年度からは「おさらい教室」を開校し、子どもの貧困問題への取り組みも開始。

退職した先生たちが、放課後を利用して小学校低学年の児童を対象に、復習のお手伝いをするなど、「おさらい教室」が学力向上に努めてきたのである。

その取り組みは、子どもだけではなくオトナたちの“ため”にもなった。おさらい教室の年配の先生たちは、子どもたちとつながることが生き甲斐となり、仕事に追われるシングルマザーたちも子どもを見てもらえることに安堵した。

「沖縄は地域の結びつきが強いと言う他県の人たちは多いけど、そんなことないんです。核家族化が進んでいるので、かつての地域のつながりはなくなりました。特に、最近はシングルマザーが増えているので、子供たちも孤立しちゃうんです」

以前沖縄に仕事で行ったときに、県庁の方たちが“沖縄の今”をこう話してくれたことがある。つまり、沖縄ではオトナと子ども、子どもと子ども、オトナとオトナがつながることで、子どもたちの学力を向上させることに成功したのである。

【どっちが子供ため?】

学力テストの内申点利用に、下村博文文科大臣(当時)が懸念を示したとき、「僕らは(国)のペットじゃない!」と、松井知事は一刀両断したけど、本当に“ペット”は、「僕ら」だったのだろうか?

ニンジンをぶら下げた大人と、地道に汗をかきつづける大人。大阪と沖縄。どちらが子どもたちのためになっているだろうか? 

  • 底力がつくのはどちらか?
  • やる気を持続させるのは?
  • 自分の足で歩く、生きる力をもたらすのは?

その答えは、今回の結果をみれば歴然としている。

と同時に、少々言い過ぎかもしれないけど、ニンジンをぶら下げることの滑稽さを、子どもたちが教えてくれたように思う。

子どもの世界は、おとな社会の縮図――だ。

結果が欲しい時、なんらかの“ニンジン”をちらつかせ、走らせることはオトナの世界でもある。

「意外と単純なんだよね〜。ボーナス出すっていったら、いきなり営業成績上がったからね。やればできる!」

そんなフレーズを、一度や二度口にしたことのあるトップやリーダーは多いはずだ。

私がインタビューした方たちの中にも、“ニンジン効果”を話してくれた方たちはたくさんいた。

中には、

「成果主義を徹底したら確実に売り上げが上がった。現場は“人間関係がギスギスするようになった”って文句を言うんだけど……。会社のためには成果主義はやめられない」

と、“成果主義中毒”になっている経営者の方に出会ったこともある。

子どもの純粋な正直さが人間の本質を残酷なまでに映し出した今回の実力テストの結果から、私たち大人も学ぶことがあるのではないでしょうか。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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