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アジアカップ敗退にも下を向かず。ジャンプアップなき柴崎岳のサッカー道

河治良幸スポーツジャーナリスト

若くして"日本代表の未来を背負うゲームメーカー”と期待されながら、ザッケローニ監督がA代表を率いた4年間では"候補”どまりだった柴崎岳が日本代表で初キャップを飾ったのが、アギーレジャパン2試合目となるベネズエラ戦だった。

その試合で初出場初ゴールを記録した柴崎は続く10月のジャマイカ戦でも活躍を見せ、多くの選手を指導してきたアギーレ監督をして「20年も経験を積んだかのようなプレーを見せてくれる。彼はかなり遠いところまで行きつくことができる選手」と言わしめた。

そして6人の先発メンバーを入れ替えたシンガポールでのブラジル戦。アギーレ監督が「アジアカップに向けて選手を見極める」と明確に目的を語った試合で指揮官が「あの2失点目が痛かった」と振り替える失点につながるミスをしてしまうなど、周囲の期待から大きく外れるパフォーマンスに終わってしまう。

振り返れば11月に遠藤保仁ら経験豊富な選手を主力に戻し、固定的な布陣でアジアカップを戦い続ける遠因ともなったブラジル戦のあと、柴崎はいつものクールな表情をやや険しくして語り続けた。

「普段ならありえない様なミスがおこってしまったりとか。それは技術なのかメンタリティなのか、経験による緊張感なのか、見えないところでのものなのか。色んな要素が考えられますし、1つ1つ追求していくしかないかなと思います」

そして、この試合で4得点するなど絶大の存在感を示した同年代のネイマールについて質問すると、しばらく「うーん」と声を発しながら思考を巡らせた柴崎はネイマールの印象を語り、さらに自分の課題に回答を移していった。

「見て分かる通りスピーディーでクレバーな選手ですし、全得点は彼が関わってますし、刺激になるというか、本当にこれから自分をもっともっと戒めるというか、それを冷静に分析する必要はあると思う。ただ、強引に頑張ると言っても、具体的にはそういった選手にはなれないと思うので、しっかりと具体的な目標を持ちながらプレーの強度を上げていく必要があると思います」

「ああいった選手がいるチームと対峙すること、上回ることを常に目指していかないといけないことではありますし、一概に1つの技術だったり、フィジカルだったり、メンタルだったりというのはどれか1つとは言えないですけど、しっかり焦点をしぼって、さらにレベルアップする必要があると思います」

「その成長速度というものは並大抵の速度では、現役時代の中でこういったチームに対して対応できないのではないかと思うので、自分のトップフォームの期間の中で成長速度を上げながら、またこういうチームとやれる時にいい部分を出せる様に1からやり直すというか、見つめてやっていく必要はあると思います」

最後の部分は一部で「ブラジルに追い付くのは無理」といった誤解が一人歩きしてしまった様だが、もともと柴崎なりの指標があり、実際にワールドクラスの相手と体を合わせたことで、その速度を軌道修正していかなければならないことを示す、独特の言い回しだったと筆者は解釈している。

そこから鹿島アントラーズに戻った柴崎はクラブで彼なりのハードルを設定し、課題を見つめながら試合を重ねて11月の代表戦を迎えた。豊田市内で行われた合宿の2日目に話を聞くと「代表という立場を経験していくにつれて、慣れていい感触になっていっている印象はあるので、それをピッチ内でしっかりパフォーマンスとして出していくというのは、前々回、前回以上にやらなきゃいけない」と語った。

「同世代より歳上と打ち解ける方が得意」という柴崎は久しぶりに代表復帰した遠藤保仁や今野泰幸、ケガから戻って来た長谷部誠、所属クラブのOBである内田篤人などブラジルW杯の役者が揃ってきた中でも「コミュニケーションは取れると思います。今までもそうしてやってきましたし、その部分は特に問題ない」と、遠藤などとの連係にも自信をのぞかせた。

しかし、ふたを開けてみれば快勝したホンジュラス戦で、後半25分に先発の遠藤と交代出場になり、アジアカップの本番を見据えて勝ちに行ったオーストラリア戦では出番すら得ることができなかった。

アジアカップのメンバーには選出されたものの、国内から現地セスノック、開幕前のニューカッスルと約2週間におよぶ合宿を通して、サブ組で黙々とトレーニングを重ねる柴崎の注目度も低くなっていった。そして迎えた本大会でようやく出番を得たのは後半42分。限られた時間で、本田圭佑のゴールをアシストしかける場面を作り出した。

翌日の練習後には「特別な思いは無かった」と語った柴崎だが、試合感覚を多少取り戻したことで、より実戦イメージを持ってトレーニングに励んでいた様子だ。そしてUAE戦では後半9分から投入されると、周りの動きが重い中で幅広くボールを引き出し、本田との縦のパス交換から見事なミドルシュートに結び付けた。

しかし、その後も延長戦を含めて逆転のチャンスがあったにも関わらず、準決勝への扉をこじ開けることができなかった。試合後のミックスゾーンで、柴崎はそれまで溜め込んでいたものを吐き出す様に、10分以上も記者陣に語り続けた。惜しくも枠を外れた直接FKやラストパスの精度もそうだが、何より勝利に導けなかった悔しさを表した。

「結果に結びつかなかったのであれば、結果に値するプレーはできてないと思いますし、数あるチャンスは作れていたので、そこを決めきれなかったというのは個人としては非常に残念かなと思います。まだまだゴール前の精度だったり質というのを上げていかなければいけない自分の課題かなと思います」

−ーみんな連戦で重かったが、その中で入ったが? 

「ボールを触れるスペースと時間は十分あったので、なるべく多くのタッチ数をしようとは思ってましたし、動きを多くしながらリズムを作って得点の場面も作ることはできました」

−−チームとしてパワープレーに入らずつないでいたのは? 

「パワープレーをして連勝してるわけでもないですし、あまり効果的ではない。十分なスペースもありましたし、選手個々のアイディアで、そういった細かいつなぎからチャンスを作ることができる余地はあったので、パワープレーという選択肢はなかったです」

−−得点の場面は?

「イメージ通りと言えばまあそうですね。圭佑さんから自分が落としてほしいところに落としてくれたので、ホントに簡単な結構イージーなボールだったかなと思います」

−−後半最後に惜しいFKがあったが? 

「壁が低い場所もありましたし、GKの位置を見ながら相談というか、圭佑さんと話して。あそこはビッグチャンスだったので非常に残念です」

−ー本田選手が譲ってくれた? 

「そうですね。結果的にはそういうことになりますかね」

−−得点は取ったことで、自分の役割として前向きな部分もある? 

「うーん、役割は十分に分かっていますし、その役割を全うできたのかと言えば、結果には結びついていないので。十分に満足したとは言えないですけど、自分の持ち味だったり、監督が求めるプレーだったりはある程度、できたかなと思います」

−ー大会を終えて、成長過程の中で現状をどう捉えている?

「自分の中で"飛び級”というのはありえないですし、ジャンプアップはせず段階を踏んでステップアップしていくのが僕のスタイルなので、その意味ではこういった場所に来れていることもステップアップだと思う。さらに伸ばしていかないといけないと思いますけど、なかなか結果が出ない中でも、そこだけを見るのではなくて、どう成長しているかを客観的に見ながらプレーすることが必要ですし、そういう意味では少しずつですけど前に進んでいると思います」

−−鹿島では昌子選手と植田選手もメンバーに入った。この経験をまずはクラブで?

「大会というのは勝っても負けても経験というのは毎回得られますし、経験をどう生かせるかは大事だと思います。だからといってチームですごい結果が残せるかというと、それは分からないですけど、そういった意識でやるのは大事だと思います。いつ花が咲くのかは分からないですけど、重要な1戦で勝利という結果を得られる力を付けて行くのは必ずやっていかなければならない」

−−ジャンプアップはないと言ったが、あのブラジル戦からここまでの歩みを振り替えると?

「試合に出られない時間の方が多かったですし、今日に限っては長くプレーができましたけど、大会を通して出られなかったのが実力だし、信頼度というのはあると思う。でも試合に出られなかったという経験を得られたことも、サッカー選手として大きくなるためには必要だと思いますし、また新しい気持ちでこれからのシーズンを迎えることができるかなと思います」

語りの中で信頼度という言葉が重く響いた。ブラジルを相手に柴崎らしいプレーをほとんどできずに終わったこと。それは日本代表における柴崎の位置づけ、アギーレ監督の評価をセットバックしたことは確かだ。しかし、当時からそれを自分の実力と受け止め、その後のJリーグでしっかりと試合を重ね、直前合宿から開幕後の練習にかけて黙々とトレーニングに励んだ結果が、UAE戦の限られた時間の中でそれなりの成果を実らせたのだ。

それだけに準決勝、決勝での柴崎を見てみたかったが、残念ながら今大会は準々決勝でピリオドを迎えてしまった。しかし、ここから先にも日本代表は続いていく。Jリーグでしっかり結果を残し、再び日本代表に選ばれれば、より出場機会を増やしていくチャンスは十分にある。結果が悔しいのは当たり前だが、決してネガティブに捉えていない柴崎の姿が試合後のミックスゾーンにあった。

昨年の10月にタイで、柴崎の大先輩でもある元日本代表の岩政大樹と話をする機会を得た。現在はテロサーサナを退団し、J2のファジアーノ岡山で新たな挑戦をスタートさせた岩政には良く柴崎から相談のメッセージが届くという。「あいつ、俺のことが大好きなんですよ」と笑う岩政は「なかなか代表に選ばれなかったことは、彼のキャリアを考えると良かったんじゃないかと思います」と語った。

その岩政がモットーとしているのがポジティブシンキングで、試合に負けた時や出られなかった時、その瞬間は悔しさを表しても、すぐに切り替えて良い方に考えるという。「今回は負けたけど、その負けがあったからこそ次はいい方に行くんじゃないか。そう考える様にしているんですよね」という岩政の考え方は後輩の柴崎にも共通するものがある。

どんなことがあっても腐らず冷静に現状を見つめ、ステップアップの糧にしていく。ジャンプアップは無くても、しっかりと大地を踏みしめて前に進んでいく。その弛まぬ姿勢が現在の柴崎を形成しており、さらに先の成長にもつながっていくだろう。試合での実績や監督の信頼、周囲の評価というのはプレーに付いてくるものだ。自分を見失うことなく、しかし遥か先の栄光に向け歩みの速度を上げ始めた柴崎のこれからに期待したい。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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