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スアレスの3ゴールを演出したバルセロナの”崩しのメカニズム”

河治良幸スポーツジャーナリスト

ネイマールが怪我の影響で先発を外れ、さらにメッシを体調不良で欠いたバルセロナだが、スアレスの3得点で広州恒大に3−0の勝利を飾り、20日に行われる決勝への進出を決めた。

ハットトリックを記録したスアレスの決定力は見事だが、自陣に守備を固めた広州に対して「状況に応じて自分たちにとって効果的なコンビネーション、壁パスや両サイドを使った」とルイス・エンリケ監督が振り返る様に、“MSN”のうち2人を欠く中でむしろ伝統的なバルセロナらしい崩しのメカニズムを盛り込むことで、3得点を呼び込んだ。

【1点目のメカニズム】

前半39分の先制点はラキティッチの放ったミドルシュートのこぼれ珠にスアレスが詰めて流し込んだ形だが、布石となったのが18本ものパスをつないだところからイニエスタが左ワイドに流れたスアレスに絶妙なスルーパスを通したプレーだ。

中盤の左でイニエスタが相手ボランチのジョン・ジーを引き付け、セルジ・ロベルトが裏手から時計回りに動いてスペースを作ると、イニエスタは右足の足首で素早くボールを叩くと、2人の守備者を越えてオブリック・ランニングで飛び出すスアレスに渡った。

そこからスアレスが左足で入れたグラウンダーのクロスはDFのキム・ヨングォンに防がれたが、クリアが小さくなったところからセカンドボールを拾ったセルジ・ロベルトが粘り強くブスケッツにつなぐと、右SBの位置から中に絞っていたダニエウ・アウベスがパウリーニョをかわし、左サイドでフリーになったイニエスタに展開した。

素晴らしかったのは、そこからのイニエスタの動きだ。ドリブルで縦に仕掛ける素振りから得意のターンを使ってファン・ボウェン、パウリーニョ、ジョン・ジー、チャン・リンペンの4人を引き付け、左に上がってきたジョルディ・アルバにパス。すると一転、縦にダッシュして壁パスを裏で受けるモーションを取ったのだ。

広州のシステムを知っている人はすでにお気づきだろうが、パウリーニョ、ジョン・ジーは中盤で攻守のバランスを取る役割のボランチ・コンビ。この2人が同時にワイドに引き付けられるということは、中央のバイタルエリアが完全に空くことを意味する。

ボールを受けたジョルディ・アルバが少しためを作ってから中央で前を向くラキティッチにパスを通すと、クロアチア代表MFはファーストタッチでボールを前に出し、ジョン・ジーが外からカットに来る前に右足を振り抜き鋭い弾道を生み出した。

スアレスをキム・ヨングォンが、ムニルを負傷退場のゾウ・チョンに代わり入ったリ・シャオペンがマークする間を抜けた無回転のボールをGKシュ・シュアイが何とか手前に弾いたが、いち早く反応したスアレスが左足でゴールネットを揺らした。

布石のとなるビルドアップからのチャンスメーク、さらに二次攻撃から作り直してのフィニッシュ。この厚みのある攻撃はここまで粘り強く守りを固めていた広州も防ぎ切ることができなかった。特にイニエスタの2つのプレー、ラキティッチのミドル、スアレスの詰める動きが決定的な要素になったが、それらをつなぎ合わせる周りのプレーがあってこそのゴールだった。

【2点目のメカニズム】

勝負を大きく左右するバルセロナの2点目が記録されたのは後半5分だった。左のジョルディ・アルバから中央でパスを受けたスアレスは手前のイニエスタにボールを叩くと、一気に加速して浮き球のスルーパスを引き出し、胸トラップから右足ボレーで合わせ、GKに触られたもののボールはゴールマウス内側の右サイドネットに吸い込まれた。

局面を切り取ればスアレスとイニエスタのコンビネーションだけで生まれたゴールにも見えるが、ここにもチームとしての崩しのメカニズムが見て取れる。

相手のオフサイドで得た自陣のリスタートから、ピケが右のライン際に張ったダニエウ・アウベスに預け、そこからブスケッツ、マスチェラーノ、さらにジョルディ・アルバとつなぎながら敵陣の左サイドにボールを運んだ。つまり右、左、左、左と4本のパスで逆サイドに展開しているわけだが、その間に右ウィングのムニルと右インサイドハーフのラキティッチは同サイドのワイドをキープしている。

それにより、広州の守備をワイドに開かせているわけだが、一方で左側には5人が近い距離を作る、つまり逆のエリアに攻撃の選手を残したままボールサイドに人を集めることで、バイタルエリアに一度ブランクを生み出していた。

この形は”MSN”という強力な3トップが確立されてからあまりトップチームでは見られなかったが、バルセロナにとっては伝統的な崩しの布石の1つだ。ここで興味深かったのはセルジ・ロベルト、結局この流れでボールを一度も触らなかった選手のポジショニングだ。

ブランクにしていた中央をスアレスが使い、イニエスタとの縦のワンツーで裏を突く直前に、セルジ・ロベルトはその外側で縦に走り、右SBチャン・リンペンとCBフェン・シャオティンの間を抜ける動きをすることで、ジョルディ・アルバからスアレスへのパスコースを作り、同時に相手の守備がすぐ中央に向かない効果をもたらしたのだ。

もちろんスアレスとイニエスタの完璧なまでの技術と呼吸があってこそのゴールだが、ピッチを広く使ったビルドアップから中を突くメカニズムにセルジ・ロベルトの絶妙な動き出しが絡むことで、2人のコンビネーションを発揮するお膳立てができあがったのだ。

【3点目のメカニズム】

勝負を決した3点目はハットトリックとなるスアレスのPKによって記録されたが、右サイドからゴール前に入ってきたムニルがDFに倒されるまでの流れは3得点の中でも、バルセロナならではの攻撃の厚みが表れていた。

広州のミスパスから左サイドの高い位置でジョルディ・アルバがマイボールにすると、イニエスタをフックに7本のグラウンダーパスをつないでスアレスとラキティッチのコンビネーションを演出。彼らによる仕掛けはカットされたものの、ブスケッツが素早くセカンドボールを奪って右のダニエウ・アウベスにつなぐ。

そこから右に開く動きでパスを引き出したムニルがダニエウ・アウベスとのワンツーでペナルティエリアの中に侵入し、左SBリ・シャオペンの背後を取りながらパスを受けたところで、カバーに来たファン・ボウェンに後ろ足を接触された。

完全に押し倒されたわけではなくラッキーな部分はあるものの、この展開で7人がアタッキングサード付近に絡んでおり、一度はカットされたところでブスケッツが拾い直して二次攻撃につなげられたのも、攻撃に厚みをかける中で次の準備をできているためだ。

ルイス・エンリケ監督はこの短い準備期間に3試合を選手たちに見せ、広州の特徴を共有していたことを明かした。“MSN”が揃った状態であれば、また違った崩しの形やゴールシーンが見られたはずだが、スアレスが貫禄のハットトリックを達成した中でもアジア王者を相手に崩しのメカニズムを発揮できたことは、リーベル・プレートとのファイナルにつながるものだ。

広州恒大のスコラーリ監督は「試合を通して多くのことを学んだ」と語っていた。バルセロナのスタイルをそのまま真似ようとする必要は無いが、彼らが見せたエッセンスは日本サッカーにとっても大いに参考になるものだ。また華やかなゴールにも多くはそこに絡むメカニズムや布石が存在することを今回の3得点も示している。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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