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良く言えば慎重、悪く言えば消極的だったハリルホジッチの選手交代。観る側はどう向き合うべきか。

河治良幸スポーツジャーナリスト
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

敵地で1−1と引き分けたオーストラリア戦。ハリルホジッチ監督は「少しフラストレーションはあるが、後悔は全くしていない」と振り返ったが、同時に「残念なのは、もう勝ち点2を取れた可能性があったということ」とも語る。

その意図を考察すると戦い方に関してはプラン通りで、幸先良く先制点を取れたが、後半の早い時間にPKという形で失点したこと、その後の守備的な戦い方の中でも2つあった決定機をものにできなかったことに”残念”の理由がある様だ。

ただ、観ている側からすれば、そうした2、3のチャンスをものにできるか以前に、もっと早い時間帯に勝負のカードを切って勝ち点3を取りに行ってほしかったという声があるのは当然だろう。ただ「もしかしたらもっとフレッシュな選手を入れるべきだったかもしれない」とも語る指揮官がうかつに動けない戦術的な事情があったわけだ。

この試合における大きなポイントがセットプレーの守備であることは「フットボールチャンネル」のプレビュー記事に書いた通りだ。

「【識者の眼】ハリルJより平均5cm超。セットプレーで脅威となる“オージーの巨人たち”。パターンはあるが…」

この試合は右サイドバックの酒井宏樹というセットプレーの守備で重要な役割を果たす選手を欠いており、左サイドバックに槙野智章が起用されるのは長友佑都の離脱が無かったとしても想定されたことだ。そして筆者は予想できなかったが、本田圭佑をニアのストーンではなく直接ゴール前のマークに参加させ、小林悠をストーンに起用するプランは試合を通して成功したと言える。

「オーストラリアはCKかFKからしか点が取れないので、そこの管理をする選手が必要だった。本田と小林には、FK(セットプレーでの対応を総合して表現したと思われる)正確な役割を与えていた。齋藤(学)や浅野(拓磨)だと経験がない分、プレッシャーに負ける不安があった」

とハリルホジッチ監督。その”弊害”となったのが交替カードの人選とタイミングだ。最初の交代が実行されたのは後半37分。小林に代えて清武が入ったが、その2分後に本田と交代した浅野は10分前ごろにはベンチに呼ばれ、そこからしばらく待機しての交代となった。おそらく小林がケーヒルとの競り合いで負傷したため、「小林→清武」を先にしたのだろうが、浅野を投入するタイミングを遅くする結果にはなってしまった。

ここで「小林→清武」と「本田→浅野」を同時に行ってしまう選択肢はあったはずだが、ここでもセットプレーの守備のリスクがネックになったのだろう。そして3枚目はアディショナルタイムに原口元気に代えて丸山祐市がそのまま左サイドハーフに投入されたわけだが、このポジションに大きな意味は無い様だ。

183cmの丸山は空中戦の強さとアタッカーのマーキングに定評のある選手だが、いきなり最終ラインに組み込むよりも中盤のサイドに入れておき、本田の交代で不安要素になっていたセットプレーの守備で力を発揮してもらう。”時間稼ぎ”なら別の選手を投入しても良かったわけだが、最後まで石橋を叩いて渡る様な采配を取り切った形だ。

セットプレーの守備を重視したことは理解できるが、後半に全体の守備位置が下がった状況を考えれば、早めの時間帯に「香川→清武」という交代策も有効だったのではないかというのが筆者の見解だ。香川は前半の様に中盤の高い位置でボールを奪い、2、3本のパスを縦につなぐショートカウンターには向いているが、自陣から爆発的なスピードを発揮できるタイプではない。

そうなるとブロック内でボールを奪い、そこから時に攻撃の起点となることはできても、そこから原口や小林の攻め上がりに置いて行かれた状態になってしまいがちなのだ。より”長くいい足を使える”清武を投入すればカウンターの効果を高めることができる。しかも、セットプレーの守備でゴール前に直接関わらない香川を清武に代えることは大きな問題にはならない。

「同点にされたことで、少し試合のビジョンを変更せざるをえなかった」とハリルホジッチ監督は語るが、同点になった時にまずよぎったのが、さらに守備のリスクをかけることで逆転されるシチュエーションだったのかもしれない。実際、ここまで守備面で香川はかなり機能しており、特に後半は自陣でムーイのマークを完璧にこなしていた。また「何人かの選手は確かに疲れていた」という状況の中で、体力面で比較的フレッシュだった香川を代えるリスクも確かにあった。

「香川→清武」から例えば「本田→浅野」「小林→齋藤」という流れに持っていけたかどうかは流れにもよるが、「セットプレーの守備」と「選手の疲労度」と「逆転負けは許されない」という3つのファクターが絡み合い、終盤の3枚の交代にいたったと考えられる。良く言えば慎重、悪く言えば消極的な采配となった。

引き分けという結果は残りの予選を考えれば、それほどネガティブなものではないと考えられる。11月にホームのサウジアラビア戦があり、来年3月から始まる後半5試合のうち、3試合が中東での試合になるが、3月に予定されるUAEのアウェー戦は欧州組が合流しやすく、気候的にもすごしやすい。またUAEのサポーターは相手選手に圧力をかけてくる様な応援はあまりしてこない。”絶対アウェー”感がないのだ。

そうした結果は別にして、観る者の”消化不良感”と同時に”勝負どころで勝つための積極策を取らない監督”というイメージが付いてしまったことが、ここからどう影響するかは気になる。”マニアックな思考”に基づく采配の巧拙とは別に、この監督なら付いて行ってもいいという気持ちを減退させるファクターになりうる。ただ、ここで負ければ予選が本当に苦しいものになる、それこそ監督交代にもつながりかねない状況だったことも加味して評価する必要はある。

ブラジルW杯では決勝トーナメントにおいて、世界王者となるドイツに延長戦の末に敗れるまで、勝利の可能性を捨てずに戦い切った。その雄姿や試合後の涙に感動した日本のサッカーファンも少なくないはずだが、オーストラリア戦では幸か不幸か”もう1つの顔”を見てしまったわけだ。

ただ、今回の戦い方ではっきりしたのはここまで構築して来たチームのスタンダードをさらに強化しながら、試合では対戦相手を徹底分析して対策する戦い方をしていくということ。そして、それをやり切れると指揮官が信頼する陣容で試合に臨むということ。そこは予選だろうが本大会だろうがスタンスに変化はないだろう。

2勝1分1敗という成績は見方によって良くも悪くも取れるが、良くも悪くもない結果だ。だからこそ様々な評価で世論は揺れるわけだが、ホームのサウジアラビア戦でどういう戦い方を見せるのか。選手交代の基準がマニアックだとしても、勝利に向けたもので、そこに結果が付いてくれば評価を前向きなものにすることも可能だろう。毎回「大事な試合」と言ってはいるが、前半戦の締めくくりとなるサウジアラビア戦は色んな意味で大事な試合となる。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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