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高さだけではない。196cmシュミット・ダニエルが日本代表GK合宿で示した静かなる野心

河治良幸スポーツジャーナリスト
J2松本山雅の快進撃を背後から支えるシュミットは静かなる野心で日本代表を狙う。(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督は10月17日から3日間のGKトレーニング・キャンプを行った。「大きな成功に終わったんじゃないかなと思います」と指揮官が語るキャンプの目的は参加した選手はもちろん、日本のGK指導者に向上のためのメッセージを発信することだ。

その一方で代表候補の選手の競争意識をうながし、同時に今後の戦力になりうる選手のチェックも兼ねていることは間違いない。常連組の西川周作と東口順昭、林彰洋、リオ五輪に出場した櫛引政敏と中村航輔に加え、24歳のシュミット・ダニエルが今回のメンバーに入ったことはキャンプ前から話題を集めた。ベガルタ仙台からレンタルされたJ2の松本山雅でポジションを掴むと、12試合無敗など上位躍進を支えた。そのニューフェイスが持つ身体的な特長がさらに注目されることとなったのはハリルホジッチ監督の発言からだ。

196cmGKの高さに甘えない意識

「現代フットボールはまず190cmないといいキーパーとは言えない。強豪クラブも強豪国もそうなっています」

このストレートすぎる言葉は「180cmのキーパーもハイレベルには行けると思うんですけど、ただ困難はかなりあると思います」と補足され、様々な要素をハイレベルに揃えていることの重要性が主張された。とはいえ指揮官が国際基準で評価する場合に身長を重要なファクターとして考えていることは明らかだ。

今回のメンバーで”190cm”を満たすのは195cmの林彰洋と196cmのシュミットのみ。その基準からすれば最長身のシュミットには大きなアドバンテージがある。それに関してシュミットに聞くと「ヨーロッパのチームで190以上もあるし、185とかでやっているチームもある。でも監督が求める以上はチャンスだと思っている」と回答してきた。

”185とかでやっているチームもある”。恵まれたサイズは代表でもプラスになるが、それだけで競争に勝てるわけではないという認識を持っているのだ。

合宿の中では「ハイボールをもっと自分の最高到達点で取る」ことの重要性をエンヴェル・ルグシッチGKコーチに指摘された。「多少、自分の身長に甘えていたところもあるので、それでやっていたら世界では通用しないと思う」と語るシュミットにとって、それは特長である長身とリーチをさらに生かしていく要素だ。

その一方で、シュミットが他の参加者との差を認識させられたのはステップワークや反応速度の課題だ。中学校までボランチでプレーしていたというだけあり、196cmの上背にしては機敏に動いて速いクロスや1対1に応じている様にも見えたが、ハリルホジッチ監督には「もっと速くできれば」と指摘されたという。「僕もそう思うので、チームに帰ってラダーの練習とかやりたい」とシュミットは受け止める。

ブラーボを参考にした振動する予備動作

反応速度に関しては「シンプルに他のみんなより劣っていると思う」とシュミット。初日には失点シーンを映像で確認したが、相手にやられるパターンの1つとなっているのが「クロスからダイレクトのシュートでやられるシーン」だという。もともと予測できている位置やタイミングで飛んでくるボールには身体能力を生かした対応をしやすいが、ダイレクトでいきなり方向が変わってくる様なシュートにはリアクションを上げていかないと破られてしまう。

もっとも反応速度というのは一朝一夕に進歩させられるものではない。その中で、シュミットなりに工夫しているのがシュート前の準備だ。一般的にGKは相手のシュートにシンクロさせ、一瞬で体の届く範囲を広げる予備動作としてプレジャンプを行う。その動作には細かく見るとGKそれぞれの違いやこだわりが見られるが、シュミットの場合は両足を振動させる様に小刻みにステップを踏んでいる。

その理由を聞くと、イメージからはちょっと意外な選手の名前が出てきた。「チリ代表のクラウディオ・ブラーボとかがそうやっているので、それが1つのやり方だと思って」。昨シーズンまでバルセロナでプレーし、イングランドのマンチェスター・シティに活躍の場を移した184cmのGKだ。

くしくもグアルディオラが新監督に就任した同クラブでは長く守護神を担ってきた196cmのイングランド代表GKジョー・ハートが185cmのウィルフレード・カバジェロに一度ポジションを奪われ、さらにブラーボが新守護神として加入したことで、ハートは第3GKに”降格”となり、結局イタリアのトリノに移籍することになった。

ハリルホジッチ監督が語った基準からすれば例外的とも言える出来事だが、シュミットは当然のごとく知っていた様子だ。サイズが有利でも、評価によっては身長が低い方のGKが起用されることもある。もちろん、それは背が低いから選ばれるのではなく、その不利を補って余ある武器をアピールできているためだ。そのことについてシュミットに聞くと、興味深いコメントを発した。

「けっこう小さいキーパーの映像とかを見るので、そういうところから学ぶことがかなり多いと思う。小さいキーパーから学んだ方が、よりステップを踏めたりするだろうし、守備範囲が広がるので、積極的に取り入れていくことができればと思います」

自分が大きいから専ら大きな選手のプレーを参考にするのではなく、むしろ小さい選手がこだわっている部分などを観察し、自身のプレーに取り入れることで、総合的なパフォーマンスをさらに引き上げようということだ。シュミットは「もともと色んなキーパーの映像を見るのが好きなので、こうやって動けたらいいなって思うシーンが多い」と語る。

そのシュミットについて、ベガルタ仙台で継続的に取材していた記者の板垣晴朗氏によれば「仙台時代から、国内外の色々なサイズやタイプのGKを研究していました」という。実際に同クラブではシュミットが加入した2014年に178cmの関憲太郎が大型のライバルを押しのけ、守護神を担っていた。その時から小さなGKの”大きな背中”を見て学習していたわけだ。

その翌年にレギュラーを掴んだ六反勇治も186cmと日本のGKとしては大柄な部類に入るものの、シュミットより10cm下回る。シュミットは昨年6月からロアッソ熊本にレンタルされていたが、六反が日本代表に選ばれたことで、1つ代表の物差しがイメージできたことも確かだろう。

ステップワークとバネ。理想はオブラク

そのシュミットが映像で最も参考にしている選手の1人がスロベニア代表のヤン・オブラクだという。「ステップワークとか、バネがあるので、自分もそういうバネを付けないといけない」。研ぎ澄まされた堅守速攻をベースにスペインと欧州を席巻するアトレティコ・マドリーの若き守護神はハリルホジッチ監督の”190cm”をほぼ満たす189cmだが、俊敏なステップワークと驚異的な跳躍力を武器に、180前半の選手に遜色ない守備範囲と190後半の選手に匹敵する高さを実現。今季のチャンピオンズリーグでは3試合無失点を続けている。

跳躍力に関して課題に感じているのは「海外のキーパーと比べたら」という基準があるからだ。また純粋に身体能力に優れていても、実際の試合で発揮できないと意味が無いことも認識している。シュミットは日本代表に関しても「近い存在だと思います。すぐにでも活躍するイメージはあります」と語るが、目標にしている基準から見れば貪欲に学んで伸ばしていかなければ到底、辿り着くことはできない。

高みを目指していく上で、跳躍力や俊敏性といったファクターに加え、今回の合宿でシュミットが強く認識したのは声の重要性だ。オフザピッチではとても穏やかで「多くを語る方ではない」というが、「試合では別人でやっているつもりです」と言う通りにキャッチング時などは威勢の良い声が鳴り響いた。それでもハリルホジッチ監督はもっと声を出すことで存在感を出すことを求める。

シュミットとしても「普段の練習から、相手がいるいないに関わらずしっかり大きい声を出してやるっていう習慣をつけていくことが大事だと思うので、チームに戻って日々の練習から相手がいることを想定して、相手をびびらせる様な声を出していけばそういう習慣がつくと思う」と語る様に、もっと練習から声を出していく必要性を意識している。

もう1つ、練習中にシュミットがルグシッチGKコーチから熱心に指摘されたプレーがあった。それはディフェンスラインをゴロで抜けてきたボールなどを正面で押さえる時の方法について。シュミットは両手で的を作り、一度前に押し出して抱えるというスタイルを取っている。しかし、GKコーチはそれだと少しでも前にこぼすと詰めてきた相手に押し込まれてしまうため、胸元へすくい上げて、そこから倒れながらホールドする様に指示されていた。

「ゴロのボールを抱え込むんじゃなくて、止めるというのが自分のやり方だったので、どっちがいいのかをしっかり今後の練習で確認して、試合でやれるところまで行ければGKコーチの理想だと思う」

監督やコーチの指摘を聞き入れることも大事だが、ここまで考えながら身に付けてきたものに関しては、しっかりディスカッションして、時に練習でやりながら”正解”を探していくこともプロの選手には重要だ。それが良い意味で自分のスタイルを築いていくことにもなる。

ノイアーの様な存在感ある代表GKに

「今年絶対に何らかの形で代表に絡んでこれればと思っていました」と語るシュミットは代表予選もチェックしている。イラク戦とオーストラリア戦で守護神の西川などが課題にあげたラインの設定について聞くと「攻め込まれている試合状況によって、ディフェンスの心理状況によってそこのは変わると思う」と前置きしながら、そこに影響するGKの重要性を説いた。

「そこでキーパーが存在感を出して、ディフェンスが勇気を出してガーッと上がれる様な、裏がっぽり空けても大丈夫と思われる様なキーパーだったら、(マヌエル・)ノイアーみたいにディフェンスラインを後押しできると思うので、そういう意味でも存在感あるキーパーになれればいいなと思います」

ハリルホジッチ監督が”理想のGK”としてあげるドイツ代表GKは192cmの長身と機敏性、高い技術などを兼ね備えるが、そうした要素に加えて指揮官が強調するのは精神的な影響力であり、それを「チームにメンタルをもたらす存在」と表現する。まさしくシュミットが目指す”存在感あるキーパー”そのものだ。

ハリルホジッチ監督が「タレントですね。かなりの身体能力があります」と評価するシュミットの最大の特長がサイズであることは間違いない。本人も「やっぱり高さの部分とか他の日本人に無いものが自分にはあると思うので、そういう部分で違いを出すことができれば」と自覚する。しかし、その高さを押し出すだけでなく”小さいキーパー”を含む様々なGKのプレーを学習して取り入れることで、隙の無いGK像を築いていく。

そうした柔軟で貪欲な向上心こそが日本代表を目指すシュミット・ダニエルの強みと言えるかもしれない。2日目に左足首をひねり、最後の練習は大事をとって見学となってしまったが、状態に関しては「大丈夫です」と笑顔で返答。ここからクラブでさらに存在感を示し、日本代表の競争に割って入ることができるか。

「1つのミスが命取りになるということを再確認した合宿だったし、細かいところをもっと意識して、日頃の練習から取り組んで行くことが重要だと改めて思いました」

”高さだけではない”長身GKの今後に注目したい。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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