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ゴーストバイクをご存知ですか? 英国が自転車政策のお手本とは…

木村正人在英国際ジャーナリスト
今井竜也さんが撮影したゴーストバイク

ロンドンの道路脇にひっそりと置かれた白い自転車。真っ白なペンキで隅々まで塗られている。「ゴーストバイク」と呼ばれている。

遺影。名前のデコレーション。造花。「サイクリストがここで死亡した。安らかに眠れ」と記されたプラカード。「あなたのことを絶対に忘れないから。スキよ」というサイン。「リズ・バーン。45歳。2005年9月23日、トラックにはねられて死亡。安らかに眠れ」。

1台1台のゴーストバイクには1人ひとりの墓碑銘が添えられている。ひしゃげた車体が交通事故の衝撃を生々しく記録する。風雨にさらされ、白いペンキが剥がれ落ち、自転車のボディーがさびてもゴーストバイクを取り除こうとする者はいない。

「自転車に乗っていて、車にはねられて命を落とした人を忘れまい」「悲劇を繰り返すまい」という家族の思い、ロンドン市民の決意がゴーストバイクには込められている。

自転車で交通事故にあい、意識が十分に回復しない新聞記者もいる。

僕がゴーストバイクについて知ったのは2011年夏のことだ。

ロンドンから英国各地に飛び火した若者らの暴動・略奪騒ぎ。取材のためロンドンの貧困地区ハックニーを訪れた時、出会ったのが写真家、今井竜也さんだった。

こんな物騒な所にどうして日本人がいるのか不思議に思って声をかけると、今井さんはリュックサックの中に隠してあったカメラをチラッと見せてくれた。

いろいろ話し込むうち、今井さんは「ゴーストバイクを撮ろうと思ってロンドンに来たんです」と言った。「ゴーストバイクって何?」と聞き返すと、カメラで撮影したゴーストバイクの写真を見せてくれた。

「自転車事故で亡くなった人を弔うためのオブジェです。2003年に米ミズーリ州で始まり、欧州にも広がり始めています」と今井さんは教えてくれた。

今井さんが撮影したゴーストバイクはこのほど写真集「GHOST BIKE」としてまとまり、その1冊がロンドンに送られてきた。装丁もゴーストバイクと同じで真っ白だ。

ページをめくると、犠牲者が真っ白なゴーストバイクに乗って、今にも天国に向かって走り出しそうな錯覚に陥る。それほど、のどかで幻想的な風景がとらえられている。しかし、真っ白なゴーストバイクは日常の風景から切り抜かれたような虚しさを漂わせている。

「ゴーストバイク、それはその道で不慮の事故やアクシデントで亡くなった者への供養であり注意喚起なのです。アメリカ発のカルチャーを通じて生と死を見つめた写真集です」と今井さんは言う。

欧州では、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減対策として、また、健康増進、交通費節約、渋滞回避のため自転車を使う人たちが増えている。

キャメロン英首相も野党時代は自転車通勤していた。ボサボサ頭がトレードマークのボリス・ジョンソン・ロンドン市長も自転車通勤組だ。

英国における自転車の走行距離は1995~97年の年平均を100とした場合、2010年は積雪のため99と落ち込んだものの、翌11年は114に増えた。1人当たり年78キロメートル以上、自転車に乗っており、過去20年間で最高を記録した。

ロンドンでは1995~97年の年平均100から2011年には155まで急増していた。

ツール・ド・フランス総合優勝のブラッドリー・ウィギンス選手(32)がロンドン五輪ロードレース個人タイムトライアルで通算4つ目の金メダルを獲得した際、「これで自転車利用者が増える」とキャメロン政権は歓迎した。しかし、そのウィギンス選手が昨年11月、自転車でロードレースの練習中に車にはねられ、負傷した。

英国では自転車の歩道走行は禁止され、朝夕のラッシュ時、車に交じって走る自転車が目につく。交差点でトレーラーやトラックに巻き込まれる事故が相次ぎ、重傷事故は2011年、前年より16%も増えて3085件に。死者は107人だった。

自転車の安全向上に取り組む英国のチャリティーが昨年2月に実施したアンケートでは、56%が「自転車で走行する道路は危険だ」と答え、70%が「時速32キロの速度制限の導入」に賛成していた。

英紙タイムズは(1)都市中心部に出入りするトラックには巻き添え事故防止用センサーの装着を義務づける(2)自転車利用者に安全講習を行う(3)危険な交差点に自転車専用レーンや広角ミラーを設置するーーなど8つの安全対策を提言している。

まだ、読んではいないが、『自転車が街を変える』 の中で、著者の秋山岳志氏が「自転車政策で参考にすべきはイギリスである」と題して、英国のように車道の左端レーンに「自転車レーン」をつくり、車とシェアしていく方法を検討すべきだと勧めておられるそうだ。

毎日、自転車レーンや普通の車道を自転車が走る様子をロンドンで見ていると、「危なっかしい」というのが僕の率直な印象で、英国モデルにもいろいろ改善が必要ではと思われる。

今井さんの「GHOST BIKE」はオンラインで購入できる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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