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憎悪と愛国(2)殺戮のマニフェスト

木村正人在英国際ジャーナリスト

極右テロ

EU非加盟のノルウェーで2011年7月、世界を震撼させるテロが起きた。アンネシュ・ブレイビク被告は首都オスロの官庁街爆破と南部ウトヤ島での銃撃で77人を殺害した。

その後、裁判所はブレイビク被告の責任能力を認め、ノルウェーでは最も厳しい禁錮21年の実刑判決を言い渡した。

ブレイビク被告は移民受け入れ制限を唱える右派・進歩党の青年部に5年間属していた。進歩党が中道寄りの政策に路線変更したことについて「政治的公平さを強調する政治家が進歩党をダメにしている」と不満を唱えて退会した。

ブレイビク被告はフェースブック・ユーザーで、犯行直前、1516ページのマニフェストを7千人以上の友達に公開していた。

ネット右翼の26%が暴力肯定

英国のシンクタンク「デモス」の調査でネット右翼の26%が「(不法移民対策や文化侵略の防衛のため)良い結果をもたらすのなら暴力は許される」と回答した。

ブレイビク被告は既成政党に愛想を尽かしたネット右翼の突出分子と言えるだろう。

「歴史上イスラムは3億人、共産主義は1億人、ナチズムは600万~2千万人を殺した」「愛国主義や文化的保守主義は過激主義のレッテルをはられる」(マニフェストより)

「愛国」「保守」を隠れミノに、排外主義の憎悪を膨らませ、移民排斥を阻む既存政党に攻撃の刃を突き刺す。

動画投稿サイトでは、キリスト教の聖地エルサレムに向かう欧州の人々をイスラム教徒から守るために設立された「テンプル騎士団」の復活を訴えていた。

ブレイビク被告のマニフェストを分析したスウェーデン国立防衛大学のランストロップ非対称脅威研究所調査部長は「これは国際テロ組織アルカイダをそっくりそのまま鏡に映したイメージだ。ジハーディストのマニフェストを切り貼りしたイメージだった」と語る。

しかし、ブレイビク被告が狙った極右テロの連鎖反応は起きなかった。

排外主義との戦い

英オックスフォード・ブルックス大学のグリフィン教授は「ブレイビクはファシストではない。ファシズムとは国家の再生を試みる運動だからだ。ブレイビクは西欧文化のアイデンティティーを防衛すると言って、新たな人種戦争を起こそうとした」と指摘する。

これに対して、ノルウェー国民はブレイビク被告のテロを厳しく批判し、逆にイスラム系移民社会をテロや迫害から守ろうと結束を固めた。

「欧州はヒトラーを生み出した人類の不幸を鮮明に記憶している。それが戦前と現在の大きな違いだ。私たちは第二次大戦をもう一度戦うことにはならない。しかし、外国人排斥、排外主義、社会的嫌悪、自民族中心主義に陥る危うさと戦わなければならない」とグリフィン教授は強調する。

スウェーデンは移民の社会統合を進めるため、1975年に3年以上の居住を条件に外国人全員に地方参政権を与えた。

ストックホルム大学のモーケンスタム講師は「地域社会のために働き、地方税を納めているのだから、地方自治に政治参加するのは当たり前。福祉国家のスウェーデンに住む人は平等に扱われ、連帯が必要だという強い信念がある」と語る。

そのスウェーデンでも2010年総選挙で、年金の受給に訪れたスウェーデン人の老女をイスラム系女性が押しのける映像を流した極右・スウェーデン民主党が20議席を一気に獲得し、初の国政進出を果たした。

多文化主義は失敗した

メルケル独首相は自らのキリスト教民主同盟(CDU)の集会で「多文化社会を築こうという取り組みは失敗した。完全に失敗した」と述べ、党員から喝采を浴びた。多文化主義を支持してきたイギリスのキャメロン首相も「イギリス政府による多文化主義政策は失敗した」と発言した。

ノルウェーの首相を務めたことがある欧州会議のヤーグラン事務局長は「政治指導者は私たちの社会がより多様化している事実を擁護しなければならない」と述べ、EU主要国首脳が多文化主義に否定的な姿勢を示したことを批判した。

イスラムの拡大に欧州では多文化主義への信念が揺らぎ、そのスキに乗じて極右が不気味なクモの巣を張り巡らしている。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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