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憎悪と愛国(3)新憲法制定

木村正人在英国際ジャーナリスト

反共産主義ポピュリスト

ハンガリーのオルバン首相は同国の社会主義を崩壊させた民主化組織「フィデス(青年民主連盟)」の創設メンバーだ。1998~2002年にも首相を務め、10年4月の総選挙で社会党(旧社会主義労働者党)から8年ぶりに政権を奪還した。

フィデスは民主化を求める大学生らが中心のリベラル急進派からスタートし、中道右派政党フィデス・ハンガリー市民連盟に脱皮した。一院制の議会(386議席)でフィデスは連携するキリスト教民主国民党を合わせて263議席を獲得、憲法改正を可能とする議会の3分の2以上を占めた。

ハンガリーは世界金融危機に直撃され、08年10月、国際通貨基金(IMF)、欧州連合(EU)、世界銀行に総額200億ユーロの融資を要請した。実質GDP成長率は09年、マイナス6.8%まで落ち込んだ。

住宅やマイカーのローンの6割が外貨のユーロやスイス・フランで組まれていた。ハンガリー通貨フォリントが暴落し、外貨建てだった家計の負債は膨れ上がった。

オルバン首相は総選挙で「IMF、EU依存をやめ、ハンガリー独自の行動計画を実行する」と訴え、支持を広げた。反共産主義者であると同時にポピュリストのオルバン首相は景気後退による国民の不満をうまくすくい取った。

報道の自由、享年21歳

政権基盤を盤石にするため、オルバン首相は10年12月、議会で新メディア法を成立させた。国家メディア通信局に属するメディア評議会が「バランスを欠く報道」と判断すれば、新聞・雑誌、インターネット・ニュースに最大2500万フォリント、テレビやラジオには最大2億フォリントの罰金を科すことが可能になる。政府に批判的な左派・リベラル系メディアの口を封じるためだった。

新メディア法案採決の際、議場には「報道の自由、享年21歳」のプラカードが掲げられ、野党議員は口にテープを貼って抗議した。ハンガリーでは1990年に第二次大戦後初の完全自由選挙が実施されたが、民主主義の根幹をなす報道の自由にオルバン首相はタガをはめようとしていた。ブダペストの広場では1万人の抗議集会が開かれた。

独紙ウェルトは「独裁と反ユダヤ主義が台頭した1930年代の映画が再び始まったかのようだ」との懸念をあらわにした。米紙ワシントン・ポストも「プーチン化するハンガリー」と題して「ハンガリーの新メディア法はロシアやベラルーシ並み」と批判を強めた。

バローゾ欧州委員長は11年1月、オルバン首相と会談し、「私はハンガリーの民主主義を信じている」と強調した。オルバン首相は「法律上、問題があるようなら新メディア法を改正する用意がある」ととりあえず柔軟姿勢を示し、同年3月、外国メディアを対象外にするなどの修正案を可決した。

英誌エコノミストはオルバン首相の政治スタイルを「冷笑的なポピュリスト」「共産独裁スタイルの政策で(われわれを)当惑させる権威主義者」と皮肉った。

新憲法制定

議会は11年4月、新憲法・ハンガリー基本法を制定した。国家予算は債務残高が前年度GDP比50%以内に収まるよう編成することを義務付けた。「キリスト教はハンガリー史において重要な役割を担ってきた。聖王冠は歴史的な連続性を持ったハンガリー立憲国家の象徴」と明記、憲法裁判所違憲審査権の縮小、国境外ハンガリー人の保護も盛り込まれた。

オルバン首相は新憲法を施行するため、(1)中央銀行総裁が持つ副総裁の指名権を首相に移す(2)裁判官、検察官の定年を70歳から62歳に引き下げる(3)従来の個人情報保護担当オンブズマンを廃止し、情報保護当局を新設、局長の解任権を首相と大統領に与える法案を矢継ぎ早に成立させた。

裁判官の定年引き下げは社会党政権下に指名された裁判官を入れ替えるためだった。オルバン政権は中央銀行の独立や司法の独立を侵害し、情報統制を強めようとしているとして、EUは新憲法と関連3法の是正を求めた。ドイツ外務省は「新メディア法で抱いた懸念が新憲法制定によってますます現実味を持ってきた」と懸念をあからさまに表明した。

手立て欠くEU

EU加盟前には締め付けが効くものの、EUにいったん加盟してしまえば加盟国を強制するのは難しい。オーストリアで難民受け入れ制限や外国人対策強化を主張する極右の自由党が入閣した際も、EUは有効な手立てを講じることができなかった。

ハンガリーは公共投資の97%をEUからの構造基金や結束基金に頼っている。EUがその気になれば構造基金や結束基金の差し止め、EU首脳会議や閣僚理事会での投票権剥奪などの強硬措置をとることができる。

加速度をつけ始めたオルバン首相の暴走に歯止めをかけることができなければ、民主主義を柱にする欧州統合の精神が揺らぐことになる。新憲法のどこがEUのルールに反しているのかを明確にした上で、「オルバン首相がそれを守らなければ、EUは迅速に強硬手段を講じると表明すべきだ」と英紙フィナンシャル・タイムズは指摘する。

これに対して、オルバン首相は「何が国家の生命をより安全にするのかを見極めている。バンカーや外国の官僚にわれわれの憲法についてとやかく言われるのではなく、他人の利益を押し付けられることがないような国をつくる」と一歩も引かない構えだ。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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