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COP19 日本も長期的な地球温暖化対策を示せ

木村正人在英国際ジャーナリスト

「2005年比3.8%減」

地球温暖化対策を協議する国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)が11日、ポーランドの首都ワルシャワで開幕、日本は、2020年までの温室効果ガス削減目標として「05年比3.8%減」を新たに表明する見通しだと日本経済新聞などが伝えている。

多国間協調主義を掲げたオバマ米大統領がさっそうと乗り込んだ2009年、コペンハーゲンでのCOP15は先進国と新興国、産油国などの思惑が入り乱れ、事実上決裂した。会議はこれまでに、すべての締約国が参加する新しい削減の枠組みを15年までに採択し、20年に発効させることで合意している。

COP19 では、どこまで合意に向けた議論が進むのかが注目されている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)も9月、第5次評価報告書を公表、「人間活動が20世紀半ば以降に観測された温暖化の主な要因であった可能性が極めて高い」と結論づけて、議論を後押しした。

筆者の質問に答えるUNFCCCのフィゲレス事務局長(筆者撮影)
筆者の質問に答えるUNFCCCのフィゲレス事務局長(筆者撮影)

気候変動枠組条約(UNFCCC)のクリスティーナ・フィゲレス事務局長が10月下旬、ロンドンのシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で記者会見した際、筆者は「日本は東日本大震災の福島第1原発事故で原発の再稼働が難しくなっている。再生可能エネルギーはコストが高い。ガス火力発電に頼れば、温暖化対策が後退するが、どう思うか」と質問してみた。

UNFCCC事務局長は日本に配慮

フィゲレス氏は「国連が口出しすることではなく、各国の判断だ。私たちは日本の電気代が上昇する一方で、日本がすでに十分に効率化しているエネルギー効率をさらに上げていることを理解している。日本が大災害で被った深刻な影響を考慮しなければならない。日本がどのように電気代のコスト上昇をやわらげながら、長期的なエネルギーモデルを構築していくのか、国際社会は注視している」と答えた。

短・中期的に日本の温暖化対策が後退するのはやむを得ないが、長期的には温暖化対策と電気代コストのバランスを十分に考慮した日本独自のエネルギー政策の策定が不可欠だとの考えを示したものだ。

09年に民主党の鳩山由紀夫首相(当時)が表明した「2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減する」という目標に比べると、「05年比3.8%減」という安倍政権の目標は90年比換算では「約3%増」になるという(産経新聞)。

日本では福島の原発事故で原発再稼働の見通しもつかなくなり、温暖化対策の大幅な見直しを余儀なくされた。一方、他の先進国では、コペンハーゲンのCOP15で見られた温暖化懐疑派の動きがさらに大きくなってきたような印象を受ける。

動き出した温暖化懐疑派

温暖化懐疑論を唱えるオーストラリアのハワード元首相(筆者撮影)
温暖化懐疑論を唱えるオーストラリアのハワード元首相(筆者撮影)

オーストラリアのハワード元首相は11月5日、ロンドンで記者会見し、IPCCの第5次評価報告書が「過去15年の世界平均地上気温の上昇率は1951~2012年の上昇率より小さい」と指摘していることをとらえて、温暖化対策を進めすぎることに異論を唱えた。

ハワード元首相の言い分は次の通りだ。

(1)(地球が温暖化しているという)前提付きの科学を受け入れるな。新たな研究結果にも目を向けろ。

(2)現世代だけではなく、未来世代も公平に温暖化対策の負担を分け合うべきだ。

(3)再生可能エネルギーは採算が合う場合に限り、使用すべきだ。

(4)原子力は長期的に見て重要なエネルギー源だ。

(5)新しい技術でシェールガスの採掘が可能になったように、技術は常に進歩し続ける。

オーストラリアでは、ハワード元首相と同じ自由党のアボット首相率いる保守連合政権が、労働党前政権の導入した炭素税の撤廃に着手している。「シェールガス革命でオバマ大統領の温暖化対策は変わると思うか」という筆者の質問に、ハワード元首相はこう答えた。

「2月の一般教書演説で、オバマ大統領は(温室効果ガスの排出量に制限を設けて取引する)キャップ・アンド・トレードへの強いコミットメントを改めて示したが、野党の共和党だけでなく、与党の民主党にも根強い抵抗がある」

ハワード元首相は、米国の温暖化対策はオバマ大統領が考えているようには進まないとみている。元首相の主張は、IPCCの第5次評価報告書と比べるととても科学的とは言えないが、英国の与党・保守党内にもハワード元首相と同じような考え方を持つ政治家が増え始めている。

一変した環境

09年のCOP15当時と比べて、温暖化対策の議論を取り巻く環境は一変した。

(1)世界金融危機を境に、先進国の「成長の限界」が浮き彫りになってきた。

(2)米国でシェールガスの開発が進んだ。

(3)再生可能エネルギーを促進する欧州でエネルギーコストがかさみ、国際競争力の低下が指摘されるようになった。

(4)風力発電や太陽光発電への投資コストが膨らみ、消費者への電気代が上昇した。

(5)温室効果ガスの排出量削減の数値目標が設定できないため、温暖化対策の切り札とみられてきた排出量取引市場は事実上、崩壊した。

英国のキャメロン首相は野党党首時代、北極にまで出かけて行って温暖化対策を進めるグリーン政策をPRしたが、今や風力発電の建設にブレーキをかけ、シェールガス開発に傾斜する。

労働党のミリバンド党首が電気・ガス料金の据え置き政策を掲げて支持率を上げると、キャメロン首相は電気・ガス料金に含まれるグリーン関係費の見直しを表明した。これは、これまでの英国の温暖化対策を見直すと言っているのに等しい。

労働党のブレア元英首相の経済・財政政策「第三の道」を提唱したロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのギデンズ前学長はポピュリズムに走ったミリバンド党首について、「愚かな政策だ。コストがかかっても再生可能エネルギーを促進する必要がある。これでは、欧州がリードしなければならない温暖化対策が後退する恐れがある」と非難した。

政治と科学の闘い

IPCCの第 5 次評価報告書はこう指摘している。

・ 気候システムの温暖化については疑う余地がない。

・ 過去40年間で海洋の上部で水温が上昇していることはほぼ確実である。

・ 過去20年にわたり、グリーンランドや南極の氷床は減少、氷河はほぼ世界中で縮小し続けている。北極の海氷面積も減少し続けている。

・今世紀末における世界平均地上気温の変化は最悪シナリオで摂氏2.6~4.8度上昇する可能性が高い。

ハワード元首相は「気候変動問題では科学が政治家のように振舞っている」と非難したが、筆者には「IPCCの指摘が現実になった時のリスクは未来世代に先送りしてしまえ」と言っているようにしか聞こえなかった。

政治家は現在の有権者の付託を受けている。しかし、政治家は未来世代の声にも耳を澄ますべきだろう。安倍政権が示した「05年比3.8%減」は緊急避難策として仕方がないとしても、長期的なエネルギー政策を国内外に示す必要がある。

石油や天然ガスを輸入に頼る日本にとって当面、原発の安全性を慎重に確認した上で、再稼働させる以外にとるべき道はないと筆者は考える。風力発電や太陽光発電の大規模導入には「地の利」が必要だ。日本近海の地形が、欧州のように洋上風力発電所の建設に適しているとは思えない。

エネルギーの輸入コストがかさみ、日本の貿易収支はすでに赤字に転じている。経常収支が赤字に転落したとき、日本の財政は、経済はどうなるのだろう。地球温暖化は国際社会が1つになって取り組むべき問題だ。日本は原発の安全性を確保し、長期的に持続可能な経済・エネルギーモデルを示すことで温暖化対策の議論をリードする責任を負っているのではないだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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