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G7首脳宣言「法の支配」で中国牽制

木村正人在英国際ジャーナリスト

先進7カ国(G7)首脳会議は4日、ウクライナ情勢など外交課題を協議した。

NHKによると、安倍晋三首相は、緊張が高まる東シナ海や南シナ海情勢について「力による現状変更は認められないという強いメッセージを出しており、東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国の支持も受けている。G7として、航行や飛行の自由について発信していく必要がある」と協力を呼びかけた。

これを受け、首脳宣言は「東シナ海や南シナ海での緊張を深く懸念している。威嚇や抑圧、力を通じて領有権を主張するいかなる国の試みにも反対する」と、名指しを避けながらも中国の動きを牽制した。

外交課題に関する首脳宣言は(1)ウクライナ(2)シリア(3)リビア(4)マリと中央アフリカ(5)イラン(6)北朝鮮(7)中東和平プロセス(8)アフガニスタン(9)航海と航空(10)その他――の順。

G7のメンバーは日本、米国、カナダ、英国、ドイツ、フランス、イタリアで、欧米では東シナ海や南シナ海情勢に対する危機感がまだまだ低い現状を改めて印象づけた。

首脳宣言はさらにこううたっている。

(1)領土や海洋権益の主張は国際法に則ることを明らかにし、追求するようすべての国に求める。

(2)法的紛争解決のメカニズムを含む国際法に従った平和的な紛争解決を模索する当事国の権利を支援する。

(3)航海と航空の自由の重要性と、国際法と国際民間航空機関(ICAO)の基準と慣例に基づく効率的な民間航空管制を強調する。

いずれも、南シナ海で中国の石油掘削に関連してベトナム漁船が中国漁船の体当たりを受けて沈没、中国が滑走路を建設している疑いがあるとフィリピンが抗議したことや、中国が尖閣上空を含む東シナ海に防空識別圏(ADIZ)を設置したことを念頭に置いた指摘である。

安倍首相自身、集団的自衛権をめぐる憲法解釈変更に関する記者会見やアジア安全保障会議での講演で、中国を名指しで非難するのを避けている。

その上で、中国とASEANが合意した2002年の行動宣言(DOC)や、日中が合意した不測事態回避の連絡メカニズムに基づく話し合いを中国側に呼びかけた。

首脳宣言が中国を名指しするのを避けたのは、基本的には安倍首相のこうした方針を反映したものとみられるが、中国には「法の支配」という現在の国際ルールのもとで平和的に発展し、共存共栄を図ってほしいという欧米諸国の願望が込められている。

中国は、ラッド前オーストラリア首相や各シンクタンクの親中派チャンネルを使って、「中国は封じ込められよう(contain)としていることに過剰に反応している」というメッセージを盛んに発している。そして、「抑えこもうとして緊張を高めると戦争になるぞ」と脅すのである。

G7としては、中国とロシアを追い込んで結託されるのは、避けたいシナリオ。中国には「出口」を残しておいて、ロシアとの分断を図ったとみることもできる。また、低成長、デフレの危機に直面している欧州には中国との関係を悪化させたくないとの思惑も働く。

安倍ドクトリンに基づく日本の外交・安全保障政策の道筋ははっきりしてきた。

英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)の海事専門家クリスチャン・レミュア氏は新著『21世紀の海事外交』の中で、軍事衝突を避けながら、民間船舶や海上警備の艦船を使って独断的に行動を続ける中国の手口を詳細に分析している。

1974年と88年に中国人民解放軍海軍は南シナ海でベトナム軍と軍事衝突している。中国はこうした軍事衝突やそれを理由に米軍が軍事介入してくるのを回避しつつ海洋権益を拡大するため、漁船、商船、海上の石油掘削装置、警察、軍艦をフル活用する独自の「海事外交」を展開しているという。

レミュア氏はIISSのブログで、「中国も近隣諸国も戦争は望んでいないかもしれないが、未解決の紛争は性格上、緊張と危機を高める。中国も近隣諸国も軍備を増強しており、緊張が和らぐチャンスはほとんどない」と結論付ける。

尖閣をめぐるグレーゾーン対処はもはや一刻の猶予も許さない。集団的自衛権の限定的な行使容認も、日米同盟に隙間を作らないためには避けて通れない。海や空だけではなく、宇宙空間やサイバー空間でも米国との協力はより緊密になっていくだろう。

日米同盟をめぐる米国の戦争に日本が「巻き込まれる」論、日本の戦争に米国を「巻き込む」論が取り上げられているが、尖閣は日本の領土である。日本の国土を守るのは米国人ではなく、日本人だ。助けるかどうかは最終的に米国が自国の国益に基づいて判断する。

尖閣は台湾問題と密接に結びついている。米国が尖閣を見放すときは台湾を見捨てるときだ。それは米国がアジアから撤退することを意味している。沖縄基地の地政学上の重要性、三沢基地のサイバー上の不可欠性を考えると、日米同盟は不動だと筆者はみる。

集団的自衛権よりも大切なのは、日本がまず日本を守る覚悟を決め、国際社会に示すことだ。

安倍首相と中国の外交・安全保障の対話チャンネルは完全に遮断されたままだ。中国は、安倍首相が再び靖国神社に参拝することを恐れているという面はあるかもしれない。

このため、安倍首相は東アジアサミット(EAS)を地域の政治・安全保障を扱う討論の場として強化するため常設委員会の設置を提唱した。こうしたフォーラムを使って、安倍首相は中国との対話チャンネルを再開させようとしている。

経済と財政、安全保障を固め、スキのない日本を復活させる。そうしてこそ初めて、中国の習近平国家主席も対話のテーブルに着くと筆者は考える。日本に揺さぶる材料があるうちは動かないだろう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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