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BBCで女性記者が育つ理由 産休中の大井真理子さんに聞いてみた(上)

木村正人在英国際ジャーナリスト

橋下徹・大阪市長の当選を伝える記事や「私が経験した日本の歴史教育」のレポートで「大炎上」してしまったこともある英BBC放送のニュース・レポーター、大井真理子さん(シンガポール在住)。ネット上では知らない人がいないほどの有名人だ。間もなく出産と聞いて、仕事と出産、女性が働くということ、歴史問題についてスカイプで直撃インタビューした。

BBCのニュース・レポーター、大井真理子さん
BBCのニュース・レポーター、大井真理子さん

――出産予定日は?

「あと2週間ぐらいなんです。今38週。初産だと早い可能性があるということでいつ始まってもおかしくない感じです。日本か、シンガポールか、どちらで生むか迷ったんです。最初は自然で行こうと思っているのですが、いざというときに無痛分娩にして下さいと言いやすい環境が良いと思ってシンガポールにしました」

「31週までロンドンで仕事をしていました。日本では早くから診たいという医師が多いのに対し、シンガポールは32週からでもスムーズでした。シンガポールではシンガポール人を生まないと助成金が出ないので、5千ドルの実費が必要になります」

――BBCは女性にとって働きやすいですか?

「2006年にBBCのシンガポール支局に入社しました。女性が多すぎてバランスが良くなくて男性を雇おうと上司が言っているぐらい女性の多い環境でした。ロンドンだと五分五分という感じです。男女比をあまり考えたことがないぐらいです」

「希望がかなって今年1~6月までロンドンで勤務することになりました。妊娠がわかったのは、ロンドンでの勤務が始まったばかりの頃でした。日本人的な感覚でこのタイミングで妊娠したと言うのはどうなんだろうというためらいがありました」

「しかし、1人の上司は半分泣きながら喜んでくれました。深夜勤務だったんですが、『できるだけ負担を減らすように労働時間を減らそう』とか、逆に『労働時間を減らすことで、もらえるチャンスが少なくなるのは良くないから』という感じですごくサポートしてくれました」

「上司に言わせれば『当たり前だよ』と言ってくれるんですが、私の感覚では『こんなに支えてくれるんだな』と驚いた部分もありました。妊娠7カ月目ぐらいでロンドンでの勤務が終わる感じだったので、シンガポール支局に戻ってから産休に入ることができました」

「ロンドンではオーバーナイト・レポーター。アジアの朝の時間帯に起きたニュースについて、アジアの特派員が寝ている時にレポートを作ったり、中継したりする仕事です。キャスターも体験できました」

――海外メディア、特にBBCと日本のメディアについて、どんな違いがあると思いますか?

「日本メディアで働いた経験がまったくありませんが、NHKの女性記者の退職の記事を読んでも、驚きつつも驚かないというのが正直な感想です。BBCの日本オフィスでは1年間、育児休暇をとった男性もいるので、BBCの体制はすごく整っているなと思います」

「NHKも制度はいろいろ整っています。結局、そこにいる同僚がどんな反応をするのかなという気がします。実際にサポートシステムが法律や会社の制度としてあったとしても、私は最初、妊娠を上司に伝えるのを戸惑いました」

「しかし、実際に会社に言ったら、ものすごく温かく受け入れてくれました。そこまでサポートしてくれるんだと驚きました。夜9時から朝7時まで仕事をして昼間は寝てという生活だったので、ほとんど話をしたというのが会社の同僚ばかりでした」

「回りをみていて、お腹が大きい人がこんなにいっぱい、いるんだということに気がつきました。キャリアにまったく影響がないということはありませんが、妊娠や出産に対する躊躇がないなというのは感じました」

「オーバーナイトを妊婦でやっていても自分が良いんならいいよという感じでした。編集中に破水して、そこから病院に行った前任者もいたそうです。『大丈夫だよ。会社の方がみんな助けてくれるから安全だよ』と笑って言えるような環境でした。自分が妊娠したことが何か特別なことではありませんでした」

「すでに生んだ経験のある先輩とかは、何カ月産休とるのとか、取れるんだったら少し長めに取った方が良いんじゃないのとか、アドバイスしてくれました」

「妊娠5カ月目ぐらいの頃、特派員を募集していて、このタイミングだし、アプリケーションレターに『妊娠5カ月で、9月に出産の予定です』と書いたら、『こんなこと書く必要ない』と真剣に怒られました」

「妊婦だからチャンスをあげないわけではないし、応募者の中で私が一番良いと思ったら、産休を半年なり1年取るとしても、それをカバーするのは会社の仕事だからと言ってもらいました。真理子が適任だと思ったら真理子にするから、と」

「いまほどお腹は大きくない頃ですが、スタジオで全身が映ってしまうので私が妊婦だとすぐわかります。正直なところ、それに対する抵抗はまったくありませんでした」

「私としても抵抗感はなかったし、会社としてもだからどうだとも言いませんでした。妊娠6カ月ぐらいになったら、何かあったら恐いから夜働くのはやめてくれと上司に頼まれて、日中の勤務に変わりました」

「赤ちゃんは夜起きているので、昼勤務になって、夜、赤ちゃんにお腹を蹴られて眠れなかった、夜勤務の方が良く眠れたという人もたくさんいました。私が初めてじゃあ、ありません。回りに当たり前のように妊婦がいたし、すでに子供を生んでいたりします」

――ツイッターで妊娠の写真を公開したのは

「母がフェイスブックやツイッターで見たりしているのでアップしました。会社の先輩の中にはスキャンしたお腹の赤ちゃんの映像を掲載している人もいます。私も良い記念かなと思ってアップしました」

――BBCにはニュースプレゼンテーターのフィオナ・ブルースや報道番組ニューズナイトのカースティ・ウォーク、エミリー・メイトリスら格好いい女性が多いですね。どうしてBBCでは格好のいい女性が育つのでしょう

「うーん、シンガポールとロンドンで、ダブルプレゼンターでやっている番組があるんですが、基本的にレギュラーのキャスターはシンガポールが男性でロンドンが女性になっています。休みの時には女性2人だったりとか、男性2人だったりとかします」

「男女の方がきれいだなとワタシ的には思いますが、会社にはそういう発想がまったくなくて、男性か女性かというより、ニュースに詳しいのは誰かというのを中心に考えている気がします」

「私がBBCに入りたいと思った理由は、キャスターが現場で経験を積んできた特派員上がりの方たちがほとんどだったからです。ニュースを読むだけの人はあまりいないなというのが魅力でした」

「ある仕事に相応しいのは誰かを選ぶ中で、偶然、それが男性だったり女性だったり。もちろん女性特派員が中東で取材する場合、不利な部分も有利な部分もあると思いますが、そういうのを除けばあまり性別を気にしていないなと見ていて感じます」

「震災の時に東京に行かせてもらった時も、日本語を話せる人が少ない、こいつは日本語を話せる、行けみたいな感じでした。私個人の勝手な見解なんですが、男性とか女性とか気にしていないように思います」

――キャリアと出産。妊娠と生むことについて何か決断はありましたか?

「正直なところ、あまり考えていませんでした。できたら、できたでうれしいよね、というときでした。自分の性格上、考え過ぎちゃうと、来月この仕事が空くから、この仕事に応募したいからとか、タイミングが良くないと、きっと先延ばししたと思うので、できたから良かったという感じでした」

「実際に回りを見ていて、この前、生んだばかりだよねという人も職場に帰ってくるし、逆にそれまでは現場に行きたい、なんで妊婦用の防弾チョッキがないんだと言っていたキャリア志向の女性も2人目を生んで価値観が変わったケースもあります」

「うちの夫とかはBBCをみると『真理子の最初の夫』と言います。子供が生まれた時に自分がどう変わるのかな。私の頭の中はキャリアばかりなので、『今、将来のキャリアについて話すのは良いけれど、生まれてから、もう一度話そう』と上司に言われています」

「気が楽ですね。妊娠、出産、職場復帰について、すべてのオプションを回りがやってくれているので、決断をしたというより、さあどうなるのだろうという感じです」

「今から先のことを悩むということはありませんでした。夫もしたいようにすれば、という感じなので、非常に恵まれていると思います」

「上司の反応、伝えた時にわかるじゃないですか。心から喜んでくれているというか、真理子はいつもキャリア、キャリアと言っていて、この人は出産のことを考えているのかしらと思われていたと思うので、真理子もちゃんと考えていたのねと非常に喜んでくれました」

(つづく)

インタビューの(下)では、都議会ヤジ問題や歴史問題についても聞いています。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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