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ウクライナ危機「新たな冷戦」は不可避か ロシアと中国を結ぶガス・パイプライン着工

木村正人在英国際ジャーナリスト

ウクライナのNATO加盟はあるのか

北大西洋条約機構(NATO)のラスムセン事務総長は4~5日に英国・ウェールズで開く首脳会議を前に、ブリュッセルで1日、記者会見し、「私の理解では、今のウクライナ政府は10月26日の議会選挙を経て新しい議会によって非同盟という法的な立場を変更することを見込んでいる」と語った。

親露派のヤヌコビッチ政権崩壊、クリミア編入に端を発したウクライナ危機はロシア軍があからさまに国境を越えて軍事介入、「グレーゾーン」だったこれまでとは完全に異なる局面に入っている。ウクライナのポロシェンコ大統領はNATO首脳会議に出席し、支援を訴える予定だ。

ウクライナは欧州連合(EU)加盟を優先させる方針だったが、ロシアがなりふり構わず軍事介入し始めたことで、ロシアへの対抗手段を強化する必要が出てきた。

ウクライナが「最後の一線」であるNATO加盟に動けば、傍若無人に振る舞うプーチン大統領のノド元にナイフを突きつけることになる。ウクライナがNATOに加盟すれば集団防衛の対象になり、「武力による現状変更」は全面戦争の引き金になるからだ。

2008年のNATO首脳会議では、旧ソ連諸国のウクライナとグルジアを次期加盟の「候補国」とするかどうかについては、ロシアに配慮するドイツとフランスの反対で持ち越された。ウクライナでは10年、親露派のヤヌコビッチ大統領が誕生し、「非同盟」の立場を定めた関連法を成立させたため、NATO加盟の話は立消えとなった。

プーチン大統領を増長させたドイツとフランス

ドイツやフランスなど一部NATO加盟国の宥和的な態度はプーチン大統領を増長させ、グルジア紛争ばかりではなく、ウクライナ危機を招くきっかけになってしまった。

ロシアがこのまま軍事介入をエスカレートさせれば、ドイツやフランスもプーチン大統領を放っておくわけにはいかず、対ロシア強硬派の米国、ポーランド、バルト三国などと足並みをそろえざるを得なくなる。対ロシア政策は、NATO加盟国内の政治力学にも大きく左右されるのだ。

英誌エコノミストのエドワード・ルーカス国際担当編集長は2008年に出版した『新冷戦』に今回のウクライナ危機を書き足して再出版した。

これについて、ポーランドのシコルスキ外相は「ある人はこの本をデタラメとこき下ろしたが、その人たちは今この本を読み返すべきだ」と論評。エストニアのイルベス大統領は「この本のメッセージが正しいことが証明されてもNATO最前線の私たちには何の慰めにもならない」と話す。

核戦争勃発のギリギリまで追い込まれたかつての冷戦と、グルジア紛争、ウクライナ危機とでは危機のレベルも、スケールもまったく異なるが、ユーラシア大陸が「新たな地政学」を軸に回転を始めたことだけは間違いない。

エネルギーで結ばれる中国とロシア

プーチン大統領はこの日、ロシア東部サハ共和国の中心都市ヤクーツク郊外で行われた中国への天然ガス・パイプラインの起工式に出席し、「世界で最大の建設事業が始まる」と胸をはった。中国からは張高麗副首相が出席した。

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このパイプラインが完成すれば、ロシアは天然ガスを欧州市場だけでなく、中国にも輸出できるようになる。巨大な中国市場を開拓することで欧州の制裁を回避することができるようになり、米国による「シェールガス革命」の影響も緩和できる。

ロシアから中国に天然ガスを供給する事業は今年5月、ロシアと中国の間で合意された。2018~20年の間に供給を開始し、30年間にわたって年380億立方メートル、総額にして4千億ドルの天然ガスを中国に供給する計画だ。

これは現在ロシアからドイツに供給している天然ガスの量に相当する。単純計算では1千立法メートル当たり約350ドルと、欧州市場での販売価格に等しくなる。米国の経済メディア、ブルームバーグがロシア政府高官の話として伝えたところによると、基本価格は同360ドル。プロジェクトの初期段階では同370~380ドルという試算もある。

コビクタやチャヤンダの新ガス田の開発やパイプラインの建設にかかる費用は総額770 億ドル。550 億ドルをロシアが投資し、220 億ドルを中国が負担する計画だ。推定埋蔵量は3兆立方メートル、50 年以上の供給が可能とみられている。

ロシアは東シベリアと極東を結ぶ「東ルート」で年380億立法メートルを供給するほか、西シベリアからアルタイ山脈を越えて新疆ウイグル自治区を結ぶ「西ルート」で年300億立法メートルを供給する「第2の契約」を結ぶ方針だ。

PM2.5による大気汚染が深刻化する中国では一次エネルギー消費に占める石炭の比率を2020年に65%以下に抑えるという目標を立てる。その代わりに、石炭より環境への影響が少ない天然ガスを増やす。国際エネルギー機関(IEA)の予測では、中国の天然ガス需要は2035年に現在の約3倍の5400億立法メートルまで膨らむという。

日本へのしわ寄せ

ロシアと中国は将来、極東や中央アジアの利権をめぐって対立する可能性が大きいが、今のところはエネルギーの需要と供給、ウクライナ危機や南シナ海・東シナ海で国際的に孤立している状況を解消するという点で利害は完全に一致している。

5月に上海で開催された「アジア信頼醸成措置会議(CICA)」で中国の習近平国家主席は「アジアの安全はアジアの人々によって守らなければならない」と力説し、ロシアを巻き込んで、米国主導の安全保障に挑む対抗軸の構築を呼びかけた。ロシア軍は8月、北方領土と千島列島で1千人以上が参加する軍事演習を行い、対露制裁で欧米と足並みをそろえる日本に揺さぶりをかけた。

液化天然ガス(LNG)のスポット価格は今年に入って暴落しているものの、原発再稼働が見通せない中、長期にわたって日本はエネルギーを安定して確保できるのか。中国とロシアの蜜月で、日本の不安材料は膨らんでいる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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