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【独立拒否】スコットランド首相が辞任、連合王国(UK)に新たな橋はかかるか

木村正人在英国際ジャーナリスト

スコットランド紙幣の日本人

[エディンバラ発]18日の住民投票で英国からの「独立」を否決したスコットランドと、日本のつながりは以前のエントリーで紹介したニッカウヰスキー創業者、竹鶴政孝とスコットランド出身の妻リタ以外にもたくさんある。

ウィキペディアより
ウィキペディアより

上の写真中央に座る日本人技師もその1人だ。日英交流史に詳しいロンドン在住の清水健さんに電話でお話をうかがった。1858年に長野県で生まれた渡邉嘉一は工部大学校(現在の東大工学部)土木科を首席で卒業。

84年に渡英し、スコットランドのグラスゴー大学に入学。その後、フォース・ブリッジ鉄道会社で「フォース鉄道橋」建設工事監督係を務める。

スコットランドのフォース湾にかかるこの橋にはカンチレバーの原理が利用され、全長2530メートル。その威容は「鋼の恐竜」とも表現される。

20ポンドの文字の下に渡邉らの写真があしらわれている
20ポンドの文字の下に渡邉らの写真があしらわれている

渡邉は英国人技師2人と87年、王立科学研究所で人間模型を使ってカンチレバーの原理を説明した。このとき撮影された写真は現在流通するスコットランド銀行の20ポンド紙幣の図柄に使われている。

清水さんは「当時、日本にとってイングランドよりスコットランドの方が気質が合ったようです。巨大な中国がお隣さんの日本と、強国イングランドと接するスコットランドは良く似た境遇だったと言えます」と解説する。

19世紀、イングランドにはオックスフォードとケンブリッジの2大学しかなかったが、スコットランドにはセント・アンドリューズ、グラスゴー、アバディーン、エディンバラの4大学があった。

1860年代イングランドで高等教育を受ける割合は1300人に1人だったが、スコットランドは140人に1人。「日本は、社会的流動性が高く、実学を重んじたスコットランドの教育制度を取り入れました」と清水さんは言う。

「スコットランドが英国内に留まった方が、日本の対英外交はうまく行くと思います」

独立が否決された6つの理由

前振りが長くなってしまったが、スコットランド独立を問う住民投票の投票率は、英国史上最高の84.59%。独立に反対200万1926票(55.30%)、賛成161万7989票(44.7%)。

独立に賛成したのは、全32地区のうち、ダンディー・シティーやグラスゴーなど4地区だけだった。英BBC放送が反対派が過半数を占めた6つの理由をわかりやすく解説している。

(1)9月7日付英日曜紙サンデー・タイムズと世論調査会社YouGovの世論調査で賛成が51%となり反対を上回ったものの、それ以外はほぼ一貫して独立反対派が優勢を占めていた。

(2)スコットランド気質の変化。2011年には英国が自分のナショナル・アイデンティティーと答える人は15%だったが、13年には23%にアップ。逆にスコットランドがそうだと言う人は75%から65%にダウン。

(3)投票2日前の調査で、独立した後のリスクを懸念する人は49%。残留リスクを心配する人の25%を上回った。「痛みを伴う離婚」(キャメロン首相)のコストを考える人が多かった。

(4)主要3政党の党首がそろって「自治権の拡大」を約束したことで、スコットランドの自治は前進する考える人が8%もアップし、独立賛成派の勢いを押し止めた。スコットランドで支持されている労働党のブラウン前首相の参加も大きかった。

(5)独立した方が得なのか損なのか、結局よくわからなかった。通貨や北海油田の権益、金融機関やビジネスなど独立に伴う不透明なことが多く残された。

(6)独立に反対した地区の投票率が高く、賛成の地区の投票率は低かった。

独立を支持した161万7989人

独立は否決されたとはいえ、賛成に投じられた161万7989人の意思は重い。今後、キャメロン首相とスコットランド自治政府のサモンド首相の間で、課税自主権、社会保障、政府債務について協議が進められ、来年1月までに原案がまとめられる予定だ。

スコットランドの自治権拡大に伴って、キャメロン政権は、イングランド、北アイルランド、ウェールズとの関係を見直す必要がある。今回の住民投票で、スコットランドの独立は実現しなかったが、英国のかたちは変わることになる。

連合王国は「連邦制」のかたちをとる可能性が出てきたわけだ。

カーディフ大学が投票前にイングランドの3695人にアンケートしたところ、スコットランド選出の下院議員がイングランドの事柄に投票できる権限を取り上げるという意見が62%にのぼった。

サモンド首相は19日、住民投票の敗北を受けて、辞任する考えを示した。英国とスコットランドの新しい関係を築くには、スコットランドの表紙を変える必要があると考えたのだろう。

カンチレバー式のフォース鉄道橋には圧延鋼が使われ、橋の構造強度は飛躍的に高められた。政府と議会を中心に、イングランド、スコットランド、北アイルランド、ウェールズの間にどんな橋がかけられるのか。フォース鉄道橋以上のしなやかさと強度が求められる。

英国の民主主義の新しい試練が始まる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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