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宇宙旅行に立ちはだかる死亡率3%の絶壁 新型エンジンに欠陥か

木村正人在英国際ジャーナリスト

強行された試験飛行

民間企業による宇宙旅行を目指していた米ヴァージン・ギャラクティックの宇宙船「スペースシップ2」が空中分解して墜落、飛行士2人が死傷した事故は、社内で独自開発した新型ロケットエンジンに問題があるとの見方が強まっている。

ヴァージン・ギャラクティック社は年内に「スペースシップ2」による初の宇宙飛行を経て、来年に宇宙旅行の開始を予定しており、日本人19人を含む700~800人が予約していた。計画はこれまで再三にわたって遅延しており、ヴァージン・ギャラクティック社が新型ロケットエンジンの安全性を十分確認しないまま試験飛行を強行したとの批判が相次いでいる。

米西部カリフォルニア州ロサンゼルス北郊のモハーベ砂漠で10月31日午前、「スペースシップ2」(全長約18メートル)が高度15キロで母機「ホワイトナイト2」から切り離され、新型ロケットエンジンに点火しようとした直後、空中分解した。

2人の飛行士はパラシュートで脱出したが、副操縦士は死亡、操縦士が重傷を負った。

現場検証に当たっている米国家運輸安全委員会(NTSB)によると、機体の残骸は約9キロにわたって散らばっており、3つの異なる燃料タンクが見つかった。宇宙船「スペースシップ2」に6台のカメラ、母機「ホワイトナイト2」には3台のカメラが設置されている。

同委員会は「スペースシップ2」のカメラの回収を急ぎ、分析を進める。事故原因の調査には1年ぐらいかかる見通しだ。

新たに取り付けられた燃料タンク

試験飛行はヴァージン・ギャラクティック社のパートナー企業であるスケールドコンポジット社が行った。もともと「スペースシップ2」は「ロケットモーター2」と呼ばれるロケットエンジンを使用していたが、推進力が足りず高度100キロの宇宙空間に到達できない可能性が指摘されたため、今年5月になって独自開発に切り替えた。

それまでの合成ゴムのコンポジット推進薬を使ったロケットエンジンは20秒以上燃焼すると振動が生じたのに対し、プラスチック燃料を使った新型ロケットエンジンは60秒間燃焼しても安定しているとヴァージン・ギャラクティック社は説明していた。

5月から10月にかけ新型ロケットエンジンの地上実験が行われたが、「わずかの回数」(英メディア)だった。しかもプラスチック燃料を正しく燃焼させるためには「スペースシップ2」にメタンとヘリウムの新しい燃料タンクを別々に取り付ける必要があったという。

今回は初の試験飛行で、空中で新型ロケットエンジンを燃焼させるのが目的だったが、新しく設置された燃料タンクの強度が十分だったかどうか疑問が生じている。専門家からは「ヴァージン・ギャラクティック社はこれまで実験データを十分公開してこなかった。起こるべくして起きた事故」と厳しい批判が上がっている。

スペースシップ2のシステムをめぐっては2007年7月、酸化剤を注入する地上試験の際、爆発を起こし、3人が死亡、3人が重傷を負っている。

英紙デーリー・テレグラフによると、ヴァージン・ギャラクティック社では最近、推進システムの担当副社長、安全担当の副社長、空気力学の主任エンジニアの3人が立て続けに退社しており、スペースシップ2の開発の遅れをめぐって社内で対立があったことをうかがわせている。

試験飛行を現場で取材していた専門家ブロガーは「スペースシップ2の開発が始まって10年経つが、いまだに信頼できる安全な推進システムを確保しているようには見えない」とツィートしている。

1人2800万円、日本人向け貸し切りフライトも

英ヴァージングループの代理店として宇宙旅行の予約を扱ってきた日本のクラブツーリズムは今年1月、宇宙旅行の販売子会社「クラブツーリズム・スペースツアーズ」を設立。事業化に備えていた。

同社はホームページで、「宇宙は厳しい。(略)全社員が一丸となって団結し、開発を進めていく」というヴァージン・ギャラクティック社の最高経営責任者(CEO)、ジョージ・ホワイトサイズ氏のメッセージを掲載。

HPによると、2時間の宇宙旅行は、米ニューメキシコ州の宇宙旅行専用港から出発。「弾道宇宙飛行」で宇宙空間に約4分間滞在、無重力と地球の眺めを体験する。「スペースシップ2」には飛行士2人と乗客6人が乗り込む。

母機「ホワイトナイト2」の下に取り付けられて離陸、高度15キロで空中発射され、ロケットエンジンで宇宙空間に突入。そのあと大気圏に再突入し、グライダー飛行で宇宙旅行専門港に戻ってくる。

費用は1人25万ドル(約2800万円)。この中には宇宙旅行直前に受ける3日間の準備訓練費も含まれている。「日本人向け貸し切りフライト」も用意されている。日本人の参加者19人の内訳は男性14人、女性5人。平均年齢は約60歳で、約3分の2が企業経営者という。

米人気歌手のレディー・ガガさんは来年「スペースシップ2」からの宇宙ライブを計画。米女優アンジェリーナ・ジョリーさんや夫の俳優ブラッド・ピットさん、俳優トム・ハンクスさんらも宇宙旅行を予約していた。

夢は続くのか

年内を目標にしていた「スペースシップ2」の初の宇宙飛行に家族とともに乗り込む予定だった英ヴァージン・グループ創始者リチャード・ブランソン氏は記者会見で「分別なく計画を進めることはできない。今回の事故原因を突き止め、問題を解決できたら、宇宙旅行の夢は継続する」と声を落とした。

米連邦航空局(FAA)の試算では、今後10年間に計約3600人が宇宙旅行を楽しみ、1日1回宇宙船が飛ぶと見込まれていたが、今回の事故で夢は大きく後退しそうだ。いくらなんでも一般人に宇宙旅行と生命を天秤にかけるロシアンルーレットを強いることはできないからだ。

ブランソン氏自身、かつて「私の最大の懸念は大気圏への再突入だ。米航空宇宙局(NASA)は宇宙飛行士全体の3%の生命を失っている。彼らにとって再突入が最大の問題だった。国家事業に死亡率3%の危険は許されても、民間企業では1人の生命を失うことも許されない」と英メディアに話している。

今回の事故は、予算と時間に厳しい制約を受ける民間宇宙開発の致命的な問題点を浮き彫りにした。宇宙旅行と、その夢を追う冒険者ブランソン氏は非常に大きな試練に直面している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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