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【解散・総選挙】アベノミクス・黒田日銀の細道 成功率は10%

木村正人在英国際ジャーナリスト

潜在成長率はマイナスに転落?

安倍晋三首相は、7~9月期の国内総生産(GDP)速報値で予想外の2四半期連続のマイナス成長になったことを受け、来年10月に予定されていた消費税再増税を1年半先送りしたうえ、18日に衆院を解散する意向を表明する見通しだ。

17日、ロンドンのザ・バークレイ・ホテルで時事通信ロンドン・トップセミナーが開かれ、債券のヘッジファンドでは世界最大級の資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんが講演した。

講演する浅井将雄さん(左は筆者)
講演する浅井将雄さん(左は筆者)

筆者は進行役を務めたが、浅井さんの説明にかなり衝撃を受けた。「キャプラ」は2005年の設立以来、旗艦ファンドの年率リターンは9.88%を記録し、資産運用額は107億ドル(約1兆2400億円)。

浅井さんは日本人としては唯一、英紙タイムズのリッチ・リスト(長者番付)に名を連ねる著名トレーダーだ。浅井さんのお話をうかがうようになって、かれこれ7年になるが、見通しが外れるのを聞いたことがない。

講演でまず衝撃を覚えたのは、7~9月期のGDP速報値が実質の季節調整値で前期比0.4%減、年率換算で1.6%減になったことについて、潜在成長率がマイナスになっている可能性があると浅井さんが指摘したことだ。

日銀の黒田バズーカ(異次元緩和)で、マネタリーベース(資金供給量)は2014年末には270兆円まで拡大する見込みなのに、潜在成長率がマイナスとは。これはトホホの状態と言わざるを得ない。

講演後、浅井さんに確認すると、「日本の国際競争力が落ちていることと交易条件の悪化が原因です」という返事だった。交易条件とは平たく言えば輸出価格を輸入価格で割った比率のこと。たとえば資源が値上がりすると高い価格で輸入せざるを得なくなり、交易条件が悪化する。

黒田バズーカの限界

日銀は日本の潜在成長率を「0%台前半ないし半ば程度」とみる。しかし、内閣府は今年7月、足元で0%台の潜在成長率について2%台の「経済再生ケース」と1%台の「参考ケース」を想定してみせた。

実際に潜在成長率がマイナスに転落していたとしたら、内閣府の見込みがいかに甘かったかという批判は避けられない。

このまま日銀の輪転機を回し続ける(マネタリーベースを増やす場合に使われる比喩的な表現で実際にお札を増刷しているわけではない)とますます円安が進み、輸入物価が上昇し交易条件が悪化する。

潜在成長率はさらに低下する恐れがあるんじゃあなかろうか。アベノミクスで成長、みんなハッピーというストーリーはどこに行ったんだろう。

浅井さんは解散に合わせて「5兆~7兆円」の補正予算が組まれると予想した。

アベノミクス最大の誤算はご存知の通り、円安が進んでも実質輸出が回復しなかったことだ。失業率は3%台で完全雇用と言えるが、貿易収支は大幅な赤字。エネルギー輸入増だけでなく、電力セクターの収益悪化も大きく響いている。

次にハッとさせられたのは黒田バズーカにも天井があるという指摘だ。日銀のマネタリーベースは15年末に350兆円、16年末には430兆円に膨らむ見通しだが、「GDPの90%、450兆円辺りが限界でしょう」と浅井さんは予測する。

これも講演後に確認すると、「ゆうちょ銀行の保有額でも約121兆円(今年6月時点)。日銀が市場から国債を買い集めようとしても限界があります」と浅井さん。次の展開はどうなるのだろう。

戦費でGDPの200%もの政府債務を抱えながら債務圧縮に成功した例は第二次大戦後の米国と英国だ。

一つは、米連邦準備制度理事会(FRB)が導入した国債価格支持政策(Pegging Operation)。FRBは長期金利(25年債)を2.5%の上限内に抑える政策をとった。

日銀にはたとえば、10年国債の金利に2%もしくは2.5%のキャップをかけるという手がある。戦後の米国には成長力があったが、現在、日本の潜在成長率はマイナスに落ち込んでいる恐れがある。

もう一つは、1960~70年の英国。2桁インフレの下で超低金利政策が継続され、大幅なポンド安が進んだ。しかし、これが日本で起きた場合はかなり辛い。75年、英国のインフレ率は24%超。80年代になってからも計画停電が行われていたからだ。

残されたベストシナリオ

しかし、アベノミクスにもかすかな成功の道筋が残されている。

(1)デフレを脱却し、成長する

成功確率10%。アベノミクスの資産浮揚策が経済を活性化させ、デフレ脱却と潜在成長率の押上げにも成功するというシナリオだ。

しかし、17日のGDP速報値をみる限り、潜在成長率がマイナスに転落している恐れがあり、望み薄だ。カギは「第2のアップル」が日本から生まれるかどうか。

悲観シナリオに取り憑かれるのは禁物だ。

(2)デフレ脱却と金融抑圧

確率40%。完全雇用を達成してデフレから脱却するも、公的債務を圧縮できるまでゼロ金利、量的・質的緩和を継続するというシナリオ。この場合、大幅な円安リスクが生じる。

今のところ、(2)の可能性が一番高いと浅井さんは言う。

(3)デフレ継続

総選挙後、スキャンダルなどで安倍政権が失速し、退陣リスクが生じて円安効果がなくなるシナリオ。財政出動できる余地も限られており、デフレ脱却に失敗する。低金利、デフレ、低成長。確率30%。

(4)インフレシナリオ

デフレ脱却に成功するも、超低金利政策を余儀なくされ、インフレ率が上昇する。超インフレによる債務調整や円が切り下げられる。最悪シナリオの確率20%。

総選挙が行われても、自民党がそこそこ勝って、円安・株高・低金利というアベノミクスを取り巻く状況は短期的にはそれほど変わりそうにない。

年金は大丈夫?

浅井さんが強い懸念を示したのは、約130兆円の公的年金資金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)までアベノミクスに動員していることだ。

運用比率は国内株式25%、外国株式25%、外国債券15%。人為的に作った相場はいずれ揺り戻しが来る。アベノミクス相場が終焉を迎えたとき年金資金がたんまり増えていれば良いのだが、その保証はもちろんない。

黒田バズーカ、法人税引き下げ、GPIFの運用見直し、黒田バズーカ2に、消費税の再増税先送り解散と、そこまでやるかのアベノミクス。その前には海外リスクも待ち構える。

「キャプラ」のアナリストによると、原油価格が1バレル=70ドルまで下がる可能性があるそうだ。背後でサウジアラビアが米国のシェールガス潰しに動いている。

エネルギー価格が下がると日本経済には朗報だが、2%のインフレを目標にする日銀と黒田東彦総裁は複雑だ。さらに、高利回りの金融商品が人気を集めている中国では金融危機のリスクが高まっている。

発散寸前の政府債務、膨らみ続ける社会保障費、人口減少と少子高齢化、デフレと低成長。安倍首相が集団的自衛権の限定的行使容認に関連する安全保障法制だけでなく、今度の解散で政権の長期化を図り、憲法改正を本気で考えているとしたら。

アベノミクスの綱渡りはますます難しくなる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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