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「雇用が増えても低賃金」非正規雇用は先進国共通(落語ミニ動画のオマケ付)

木村正人在英国際ジャーナリスト

台頭する新興・途上国の低価格製品の輸出が先進国の賃金を下げ、雇用機会を奪う。日本で先行して現れたワーキング・プア現象が2008年の世界金融危機以降、欧州でも顕著になってきた。

金融バブル崩壊後のバランスシート調整と中国やインドなど新興国の台頭、経済のグローバル化とインターネットの進展による世界のフラット化が先進国の優位を消し去った。

先進国では法律の抜け道を利用して労働者の賃金を抑え、短期的に企業収益を確保する傾向が目立っている。しかし、中・長期的には格差という莫大な社会的コストを抱え込むことになる。

英国の法定最低賃金は21歳以上で時給6.5ポンド(約1206円)、18~20歳は同5.13ポンド(約952円)、16~17歳は同3.79ポンド(約703円)、実習生は同2.73ポンド(約506円)。

英紙ガーディアン電子版は、英国で時給2.73ポンドで働く実習生は数十万にのぼっていると報じている。実習生は「アプレンティス」と呼ばれ、英BBC放送の人気視聴者参加番組のタイトルにもなっている。

BBC番組では、16歳から商売を始め大成功を収めた伝説のビジネス・マネジャー、アラン・シュガー氏のパートナーになるため、野心を燃やす若者20人がさまざまなプロジェクトでビジネススキルを競い合う。

新人を雇ってもすぐには使い物にならないため、企業側にとってアプレンティスシップは大学や大学院を卒業したばかりの若者らを実習生として使って実力と適性を見抜く「お試し期間」となる。

一方、若者にとっては就職を希望する業種で実際に働いて経験を積む絶好の機会となる。実力と才能が認められれば、そのまま就職につながることも少なくない。

しかし、ガーディアン紙の報道は、「ただ働き」に近いような低賃金で働かされている実習生が多い現状を浮き彫りにしている。世界金融危機による景気後退で企業は実習生を受け入れることで格安の労働力を確保し、政府も若者の失業対策としてそれを黙認した。

2009年以降、英国の実習生は49万1300人から85万1500人へと72%も増えた。英民間企業・技術革新・技能省によると、このうち35万人は25歳以上。25歳以上の全実習生に占める割合に注目すると09~10年の19%から42%に跳ね上がっている。

50歳以上の実習生は5万人。こちらは技能アップして再就職先を探す機会として期待されている。キャメロン首相は就労支援としてさらに300万人の実習生を支援する方針を打ち出している。

しかし、就労支援とは名ばかりで、企業が正規雇用を減らして、代わりに実習生を使う口実に使われているのが現実だ。英国では、企業が必要なときだけ、待機中の労働者を呼び出して使用できる「ゼロ・アワー契約」という抜け道もある。

日本と同じで英国でも正規雇用はどんどん削られ、実習生や「ゼロ・アワー契約」の労働者ばかりが増える。中所得層は低所得層に移行し、政治の中道勢力が信頼を失い、右と左の極端な意見が受けるようになる。

欧州経済のエンジンと言われるドイツでも事情は変わらない。「ミニジョブ」と呼ばれる月450ユーロ(約6万6600円)未満の報酬なら、企業側が社会保険や健康保険の負担を最小限に抑えられる。

ミニジョブによる雇用は750万人にのぼるとも言われる。時給5ユーロ(約740円)未満で働くワーキング・プアの58%はミニジョブだという。

日本の都道府県別最低賃金は高知、鳥取、長崎、熊本、大分、宮崎、沖縄の677円。英国の実習生よりマシだが、ドイツのミニジョブより悲惨な状態だ。

経済協力開発機構(OECD)の2013年統計では実質最低賃金の時給は為替の影響を排除した購買力平価(PPP)ドル換算で、ルクセンブルク10.8ドル、英国8ドル、米国7.3ドル、日本はスロベニアと同じ6.7ドル、韓国5.3ドル。

日銀の黒田バズーカ2で円安を進め、円換算の企業収益や名目賃金を増やすのがアベノミクスの本質だ。円安マジックの錯覚でこびりついたデフレマインドが一掃され、低賃金労働者を求めて日本国内への投資が増えれば良いのだが。

国際通貨基金(IMF)のドル換算した名目GDP(国内総生産)をみると、日本は中国の半分以下。国民1人当たりのGDPも1990年代半ばにはルクセンブルク、スイスに次ぐ3位だったが、14年には世界26位前後に下がる可能性が高いという(日経新聞)。

気分が重くなったので、先日エントリーで紹介したカナダ出身の落語家、桂三輝(かつら・さんしゃいん)さんのロンドン公演を聞きに行った。久しぶりに腹の底から笑った。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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