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カネ、金がないギリシャ ユーロに拒絶され、無料のパン・衣服を求める市民

木村正人在英国際ジャーナリスト

戻ってきた観光客

[アテネ発]アテネの街は観光客のにぎわいを取り戻し始めている。ギリシャ観光業協会によれば、2014年11月の国内主要空港の観光客到着数は26万9036人。前年同月より24.9%も増えた。

ギリシャ統計局によると、輸出総額は25億1400万ユーロとなり、前年同月比7.1%増。14年9月の失業率は25.7%で前月より0.3ポイント減少した。

ギリシャ財務省が公表した14年1~11月の財政統計によれば、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字は35億3300万ユーロとなり、政府目標の28億7500万ユーロを上回った。

08年以来26.4%も縮んだ国内総生産(GDP)は昨年初めて底を打ち、第3四半期の年率換算では1.9%の成長を達成する見通しだ。ギリシャ経済もようやくわずかな明かりが見え始めた。

しかし、欧州単一通貨ユーロ導入後の低金利を利用して2つの目の住宅や乗用車を買い求めたツケは重い。銀行はバランスシートを改善するため融資を絞り込み、倒産が相次いだ。

この7年間でギリシャ経済の4分の1が消えてなくなり、若者の失業率は50%を超える。

ギリシャが「落ちぶれた観光国」から財政再建と構造改革によって「力強く成長する欧州」に生まれ変わるのに、あとどれぐらいの時間がかかるのだろう。

支援活動が続けられない

「公共部門の賃金は40%、民間部門は50%、年金は平均で45%カットされました。寄付がまったく集まりません。企業も苦しいからです。この1年私財を投じてきましたが、このままでは活動休止に追い込まれてしまいます」

中央がパパギョオギュ会長(写真はいずれも筆者撮影)
中央がパパギョオギュ会長(写真はいずれも筆者撮影)

スーパーマーケットやレストランで出た売れ残りや余剰食品を譲ってもらって市民に無料で支給しているボランティア団体「ブレッド・アンド・アクション」の創設者兼会長ラザロス・パパギョオギュさん(65)は声を落とした。

パパギョオギュ会長は現役時代、エンジニア、エコノミストとして世界130カ国を飛び回った国際派だ。

同団体では衣料品や家具の支給や就職支援、健康や家族問題の相談も行なっている。活動を始めた1990年代、団体から食料支援を受ける2万5千人の8割は外国人。今は8.5割がギリシャ国民だ。

ギリシャ全体で9つの支援センターを運営する。アテネ中心部から車で南へ15分足らずのイリオポリスの支援センターでは月曜日から金曜日午後2~3時の間、市民に食料品を支給している。

「イリオポリスは中流階級の住宅地です。毎日平均200人以上の市民がやってきます。先週だけで登録者が20人も増えました」と18年間ボランティアを続ける女性のポピーさんは言う。

スーパーやレストランから運び込まれる食料品
スーパーやレストランから運び込まれる食料品

ポピーさんたちはドライバーが集めてきた野菜やパン、ケーキ、小麦粉をきれいにしてビニール袋に仕分けする。別の女性が「ユーロに入って物の値段が本当に上がりました。パンの価格は10倍になりました」とこぼす。

「百円ショップ」も売れない

ドライバーのクリスサントス・アルクビスさん(58)は妻と7歳と8歳の子供、親戚の5人家族。年収は4千ユーロだ。3人家族で月最低1500ユーロの生活費は必要とされる。

「もともとワン・ユーロ・ショップ(日本で言う百円ショップ)を経営していましたが、全然売れなくなり、倒産してしまいました。食料の8割は団体の支援に頼っています。団体は私たちにとって家族と同じです」

この支援センターには350世帯が登録。食料品を持ち帰った人が近所の人に食事をふるまったりするので支援対象は1300人程度という。

毎日200人以上がパンを求めて訪れるイリオポリスの支援センター
毎日200人以上がパンを求めて訪れるイリオポリスの支援センター

食料を求めて列に並ぶマルコス・ミガラさん(49)も09年、勤務先の金属加工工場が閉鎖され、仕事を失った。以来ずっと無職の状態が続いている。

「銀行が融資を打ち切ったのが倒産の原因です。妻と子供3人の5人家族です。団体の食料支援がなければ生きていけません」

世界金融危機に続く欧州債務危機で、ギリシャの中流階級は貧困層に転落、貧困層は食えなくなり、過去5年間で自殺者は判明分だけで7千人にのぼった。

急進左派連合(SYRIZA)を支持しているミガラさんは「SYRIZAが政権を獲っても結局、状況は変わらないでしょう。ギリシャを支配しているのはギリシャではなく、欧州連合(EU)の本部があるブリュッセルやドイツです」とあきらめたような表情を浮かべた。

ギリシャでは債務危機後の13年、電気・ガス料金の未納者25万世帯への供給をストップ。違法に電気供給を再開させる「盗電ビジネス」が流行した。

その年の冬、火おけで暖をとっていた13歳の少女が一酸化炭素中毒で死亡するなど10日間で4人が死亡したため、供給停止は「あまりにも非人道的だ」と非難されて解除された。

捨てられた衣料品や生地に群がる市民
捨てられた衣料品や生地に群がる市民

アテネの繁華街では衣料品の量販店前に置かれたゴミ箱に市民が群がっていた。捨てられた流行遅れの衣服や生地を拾い集めていた。

「ローン、ローン、ローンで生活が良くなったと錯覚しても、いつか請求書を払う時が来るのです。欧州委員会や欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)のトロイカが進めている財政再建と構造改革はギリシャがこうなる前にやっておかなければならなかったことです。ローンでいつまでも暮らすことはできません」

パパギョオギュ会長の言葉がずしりと胸に響いた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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