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「日本を貶める」のは誰なのか 広報予算700億円ではとても足りない安倍シンパの尻拭い

木村正人在英国際ジャーナリスト

人道上、許されない主張

ベストセラー作家、曽野綾子氏が、「(日本は)労働移民を認めねばならないという立場に追い込まれている」「(しかし)居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい」と産経新聞のコラム「透明な歳月の光」で主張し、世界中で炎上している。

これは人道上、絶対に認めてはいけない主張である。

故ネルソン・マンデラ氏が釈放されてちょうど25年という記念すべき日に、しかも南アフリカを例に引き、アパルトヘイト(人種隔離)政策の根幹をなしていた人種ごとの居住区隔離を提唱するとは、差別と闘ってきた人類の歩みを真っ向から否定するものだ。

南アフリカのモハウ・ペコ駐日大使は産経新聞に対し、「アパルトヘイト政策は人道に対する犯罪。21世紀において正当化されるべきではなく、世界中のどの国でも、肌の色やほかの分類基準によって他者を差別してはならない」という抗議文を送付した。

NPO法人「アフリカ日本協議会」も産経新聞と曽野氏に対し、「国際社会から『人道に対する罪』と強く非難されてきたアパルトヘイトを擁護し、さらにそれを日本でも導入せよとの曽野氏の主張は言語道断であり、強く抗議する。このような考え方は国際社会の一員としても恥ずべきものだ」と厳しく抗議している。

同法人は「アパルトヘイトは、特権を持つ一部集団が、権利を剥奪された他の集団を必要な分だけ労働力として利用しつつ、居住区は別に指定して自分たちの生活空間から排除するという労働力管理システム」と、曽野氏の驚愕すべき主張を排斥している。

これに対して、曽野氏は「私は文章の中でアパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱してなどいません。生活習慣の違う人間が一緒に住むことは難しい、という個人の経験を書いているだけです」と反論。

小林毅産経新聞東京編集局長は「コラムについてさまざまなご意見があるのは当然のことと考えている。産経新聞は、一貫してアパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えだ」とコメントしている。

「社会の木鐸(ぼくたく)」とは、世人を覚醒させ、教え導く人をいう。新聞は「社会の木鐸」であるべきで、そうでないなら新聞社の看板は今すぐ下ろすべきだ。新聞にこういうコラムが乗ること自体、日本の末期的な言論状況を露わにしている。

止まらない安倍シンパの問題発言

海外メディアがこの問題を一斉に取り上げたのは、当の曽野氏が2013年10月末まで、首相の私的諮問機関「教育再生実行会議」のメンバーだったからである。同会議は、21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し、教育の再生を実行に移していくため、教育改革を推進するのが目的だ。

昨年、曽野氏は産経新聞紙上で安倍昭恵首相夫人と新春対談を行っている。

安倍晋三首相と対談本『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』を出したベストセラー作家、百田尚樹氏はNHK経営委員に登用され、問題発言を繰り返した。

「東京裁判はそれ(東京大空襲や原爆投下による大虐殺)をごまかすための裁判だった」「(南京大虐殺について)蒋介石がやたらと宣伝したが、世界の国は無視した。なぜか。そんなことはなかったからだ」

その百田氏は任期満了の今年2月末に退任する。

NHKの籾井勝人会長も就任会見で、旧日本軍の慰安婦問題について「どこの国にもあった」「なぜオランダには今も飾り窓があるのか」と問題発言を連発した。安倍首相の登用されたとされる安倍シンパがこれだけ世界中のメディアを騒がせる理由は何か。

タカ派の民族主義者

英紙タイムズ「日本の首相側近が外国人労働者を隔離するよう要求」

英紙インディペンデント「日本の首相が外国人労働者に対するアパルトヘイト政策を促される」

米紙ウォール・ストリート・ジャーナル「作家が移民と隔離に関する発言で騒動を起こす」

ロイター通信「日本の首相の元アドバイザーがアパルトヘイトを称賛し、安倍首相を困惑させる」

安倍シンパが日本や海外のメディアに揚げ足を取られているというより、自ら進んで自殺点を重ねている格好だ。こうした人たちの考え方が決定的に間違っているのが問題なのだ。

産経新聞はずっとタカ派だった。レーガン米大統領、サッチャー英首相、中曽根康弘首相と同じように自由主義を信奉するタカ派だった。林健太郎も田中美知太郎もタカ派の自由主義者だった。

しかし、ベルリンの壁が崩壊し、日本ではいつしか民族に固有の生命力を求めるタカ派の民族主義者が増え始めた。経済が停滞すると、民族の血に魔力を求め、地政学を呪術のように唱える人が増えてくる。

同じタカ派でも自由主義者と民族主義者では天と地ほどの開きがある。安倍首相に登用されている人たちは2つのタイプに分かれる。安倍首相と「国家観」を共有できる人と、信念もなく出世のために安倍首相に唯々諾々と従う人たちだ。

こうした人たちが首相官邸内と同じ調子で世界に向けてモノを言い出すと、とんでもない波紋を引き起こすのは避けられない。ロンドンでもその徴候はすでに現れている。

教育再生実行会議の掲げる「日本にふさわしい」とは一体、何を指すのか。安倍首相の広報外交戦略の柱をなす「正しい日本の姿」とは、どんな日本の姿なのか。安倍首相の著書『美しい国へ』は何を目指しているのか。

安倍政権から発せられる「ふさわしい」「正しい」「美しい」という形容詞は、あまりに情緒的だ。地域、家族が崩壊し、非正規雇用の人たちが増え、日本人は「会社」という帰属するものを失った。こうした時代には「日本人」という民族の文脈が特別な響きを持つ。

どこに行く日本

安倍政権になって日銀が財政を支える構造がさらにあからさまになっている。日本国民の財産を毀損する形で「増刷」されたマネーが戦略的広報予算としてマスコミにばらまかれ、言論空間が歪められていく。

そもそも戦略的に広報外交を展開しなくても、日本と日本人の評判は海外ではすこぶる良い。しかし、その日本の評判を著しく貶めているのは他ならぬ、安倍首相に極めて近い国家観の持ち主たちなのだ。

広報予算を500億円も増額して、どんな「正しい日本の姿」を発信していこうというのだ。日本はどこに向かっているのか。すべてはタカ派の安倍首相が自由主義者か、それとも民族主義者なのかにかかっている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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