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無慈悲なドイツの前に、ギリシャ財務相あえなく撃沈

木村正人在英国際ジャーナリスト

ギリシャ「ユーロ圏追放」か

欧州文明の源流であるギリシャから欧州の崩壊は始まるのか――。ブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)のユーロ圏財務相会合は16日、11日に続いて再び物別れに終わった。

会合後の記者会見でデイセルブルム議長(オランダ財務相)は「ユーロ圏は、ギリシャが現行の支援を延長するのが最善との意見が大半を占めた」と非常に冷たかった。

現行の支援延長を求めているドイツが譲歩するか、緩和を求めるギリシャが屈服するかしなければ、ギリシャの「ユーロ圏追放」というシナリオが現実味を帯びてくる。

現行の支援枠組み通り、財政再建と構造改革を継続するかどうか。継続するなら18日夜までに連絡してこい――と、ギリシャのバルファキス財務相は最後通牒を突き付けられた。

ギリシャが現行の支援延長をのめば20日にもう一度、ユーロ圏財務相会合が開かれる。

現行の支援枠組みを見直す場合、ユーロ圏参加各国が議会で承認を得る必要があるため、この日が事実上のタイムリミットだった。

交渉決裂を受けて資金がギリシャ国外に流出し、ギリシャの金融機関が破綻する危険性が膨らんでいる。

今後の主な日程を確認しておこう。

2月18日夜 ギリシャ回答期限

2月20日 現行の支援延長の場合、ユーロ圏財務相会合

2月28日 現行支援の期限

今年第1四半期 ギリシャは推定43億ユーロが必要

3月19、20日 EU首脳会議

7月20日 欧州中央銀行(ECB)が保有するギリシャ国債35億ユーロが満期に

8月20日 ECBが保有するギリシャ国債32億ユーロが満期に

どんでん返し

ドラッグ・ディーラーのような服装が良く似合うバルファキス財務相はゲーム理論の専門家だ。

苦渋のバルファキス財務相(Council of EU)
苦渋のバルファキス財務相(Council of EU)

英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューでは英ウェールズの詩人ディラン・トマスの『あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない』をもじって「ギリシャの民主主義は快い夜のなかへおとなしく流されない」と反骨精神を見せた。

ギリシャのチプラス首相とバルファキス財務相の提案は次の通りだ。

(1)満期がくる国債の70億ユーロを返済するため6カ月間のつなぎ融資

(2)ギリシャの政府債務を国内総生産(GDP)連動債と交換

(3)基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字目標を3%から1.49%に引き下げる――の3本柱だ。

財務相会合が始まる数分前まではバルファキス財務相の計算通り、事は運んでいた。

予定より2時間も早く終わった会合後、同財務相は公の場で初めて「これまでと異なる条件でなら現行支援の継続で合意する用意があった」ことを明らかにした。

欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長とチプラス首相が電話会談したあと、モスコビシ欧州委員(経済・通貨担当、フランス)から示された4カ月延長案でギリシャは合意するつもりだった。

この中で、ギリシャは(1)すべての債権者に返済する(2)経済改革を反故にしない(3)財政黒字を維持する――ことを約束していた。

しかし、この日の財務相会合でデイセルブルム議長が出してきた案は現行支援の延長を義務付ける内容だったため、署名しなかったという。

デイセルブルム案には「いくらかの融通」という表現が含まれているが、バルファキス財務相は、「詳細を欠き、漠然としている」と一蹴した。

ドイツの壁

チプラス首相とバルファキス財務相の前に立ちはだかったのは、ドイツのタカ派、ショイブレ財務相だ。会合前から「合意に達するとは楽観していない」と厳しい表情を見せた。

ショイブレ財務相(右)とデイセルブルム議長(Council of EU)
ショイブレ財務相(右)とデイセルブルム議長(Council of EU)

「問題はギリシャが長い間、身の丈を越えてカネを使いすぎてきたことだ。保証なしにこれ以上ギリシャにカネを与えたい国などない」「ギリシャの振る舞いは無責任だ」

非妥協的なドイツの前に、バルファキス財務相は「こうした騙しは欧州では日常茶飯事だ。膠着状態から抜けだして、良い合意か、名誉ある合意につながるだろう」と希望をつないだ。

間に挟まれたフランスのサパン財務相は、欧州の政治指導者はギリシャの政権交代を尊重する必要があるととりなすのがやっとだ。

サプライ脳ドイツとデマンド脳ギリシャ

インターネットをフル活用して進化するエンジニアリング「産業革命4.0」を目指すドイツはこの1年間で約2500億ユーロの経常黒字を記録。中国を上回る。失業率は1981年以来、最低の4.8%。昨年10~12月期の実質GDPは前期比0.7%増。

一方、ギリシャは欧州委員会、ECB、国際通貨基金(IMF)の言いつけを守っても、失業率は25.8%。若者の失業率は50%超。これはギリシャの問題というより、単一通貨ユーロが抱える構造的な問題がギリシャにのしかかっている。

重債務国を抱えるユーロがドイツ経済の実力よりも弱くなるため、輸出主導型のドイツにとっては極めて有利になる。しかし、実力以上の通貨に締め付けられるギリシャは地獄の苦しみを味わわされている。

日本や米国で都市が地方に財政移転するように、ユーロ圏にも「ユーロ共同債」という財政移転の仕組みが必要なのにドイツを中心とした欧州「北部」連合は断固として拒否している。

ギリシャでは明らかに需要が不足している。財政再建や構造改革は長期的な解決にはなっても、短期的にはデフレ圧力を増し、ギリシャ経済をますます後退させる。

ユーロ圏の失業者は1826万人。ギリシャだけでなく、スペインやポルトガルに必要なのは財政再建や構造改革ではなく、雇用創出だ。ドイツは経常黒字を欧州の景気回復のために使うべきだ。

国際競争力をつけるため生産性向上に突き進むドイツの外交官と話していると、「進化し続けるサイボーグ」、意地悪く言えば「人間の居場所を奪うターミネータ―」のように見えてくる。ドイツの輸出が、欧州に倒産と失業を輸出しているとも言える。

しかも、連邦主義的に政策を決定する欧州委員会の意向を無視して、ドイツは欧州「北部」連合と組んで自分の意見を通しやすいユーロ圏財務相会合やEU首脳会議で主導権を握っている。ギリシャには確かに放漫財政という問題があった。しかし、それは過去の話だ。

ギリシャの世論調査では79%がチプラス政権を支持、74%がチプラス首相とバルファキス財務相の戦略が功を奏すると回答している。

シナリオはいくつかある。

(1)チプラス首相とバルファキス財務相がヒザを屈して、ドイツが言うように現行支援の延長をのむ。しかし、この場合、失業者は減らず、ギリシャ国民の苦しみは続く。

(2)ドイツを中心とした欧州「北部」連合が、「いくらかの融通」を拡大して、ギリシャに対する締め付けを緩める。ギリシャもユーロ圏もウィン・ウィンの関係になる。

(3)チプラス政権が崩壊に追い込まれ、前と同じようにテクノクラート内閣が誕生してハードランディングを避ける。その後、総選挙となる。

(4)互いに譲らず、ギリシャの金融機関が破綻。ギリシャは資金不足に陥り、ユーロ圏離脱を余儀なくされる。

あなたはどのシナリオだと思いますか?アンケートに答えてくださるとうれしいです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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