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21世紀は中国の世紀になる?

木村正人在英国際ジャーナリスト
「米国の世紀は終わったのか?」をテーマに講演するナイ教授(C)チャタムハウス

購買力平価ベースのGDPでは米国を追い抜いた中国

オバマ米政権にアジア政策を提言している米民主党系知日派の重鎮、ハーバード大学のジョセフ・ナイ特別功労教授(78)が「米国の世紀は終わったのか?」と題して英大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスや英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演した。

国際通貨基金(IMF)の統計によると、購買力平価(PPP)で見た国内総生産(GDP)で中国は昨年、米国を追い越して世界ナンバーワンになった。英紙フィナンシャル・タイムズは、21世紀は中国の世紀になるとばかりに「大きなターニングポイント」と強調した。

IMFデータより筆者作成
IMFデータより筆者作成

PPPはそれぞれの国の生活水準を比べる時に便利かもしれないが、貿易はその時々の為替相場に基づいて行われる。実際のGDP比較では米中経済の間にはまだ開きがある。とは言え、PPPベースのGDPで米中が逆転したことは米国に大きな衝撃を与えた。

歴史的なトレンドを見ると、中国と米国のGDPがいずれ逆転するのは避けられそうにない。しかしナイ教授は(1)経済(2)軍事力(3)ソフト・パワー(社会の価値観、文化的な存在感、政治体制などが持つ影響力)による国力で比較すると、少なくとも今後20~30年は米国の世紀は続くという。

米国の衰退恐怖症

「infogr.am」というサイトを参考にGDPで見た世界経済の歴史的なシェアを折れ線グラフにしてみた。

筆者作成
筆者作成

1941年2月、米グラフ雑誌ライフの社説は「さあ、これから米国の偉大な世紀を築こう」と米国民に呼びかけた。1872年に英国経済を追い越した米国は二つの大戦を経て、米国の世紀を築いた。1950年、世界経済に占める米国のGDPは27.3%に達した。

ナイ教授は、米国は常に「衰退恐怖症」にとりつかれていると指摘する。ソ連が人類初の人工衛星を打ち上げた1957年のスプートニク・ショック。ジャパン・アズ・ナンバーワンを恐れた80年代。そして2008年の世界金融危機。

米国は英国支配から逃れるため共和国をつくったように「衰退恐怖症」をバネに国家をモデルチェンジしてきた。その結果、ライバルはことごとく米国の前に敗れ去った。18世紀後半の独立戦争で敗れた英国。第二次大戦で無条件降伏したドイツと日本。91年12月のソ連崩壊。91~93年、日本のバブル経済崩壊。

しかし中国は米国を追い抜いて真の世界ナンバーワンになるパワーと可能性を秘めている。

一方、米国はアフガニスタン、イラク戦争で疲弊し、米連邦議会は民主党と共和党の対立で停滞。ロシアのプーチン大統領はウクライナ危機を引き起こし、中国は南シナ海や東シナ海で米国の同盟国を揺さぶる。シリアとイラクで力をつける過激派組織「イスラム国」は世界各地にネットワークを広げている。

「中国はすでに米国を追い抜いている」

米シンクタンク、ピュー・リサーチ・センターが昨年2~3月に米国内で行った世論調査では、「米国は世界ナンバーワン」と回答する割合は11年の38%から28%に急落。「米国は大国の一つ」と答える割合は53%から58%に増えた。

ピュー・リサーチ・センターの世論調査
ピュー・リサーチ・センターの世論調査

昨年4月に「中国は米国を追い抜く、または、すでに追い抜いている?」と世界各地でアンケートをとったところ、欧州60%、中東52%、南米50%、アフリカ43%、アジア42%とすべての地域で「追い抜いている」が「追い抜いていない」を上回っていた。

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それでも米国の経済的優位は揺るがない

ナイ教授は新著『米国の世紀は終わったのか?』の中で、米国衰退論に対して丁寧に反論を試みている。米国は衰退していると世界が思い込めば、それだけ中国とロシアの増長を許すことになるという懸念がナイ教授にも米国にもある。

ナイ教授は著書で、国際企業トップ500社の46%は米国人が所有し、25の世界ブランドのうち19が米国のものだと指摘する。シェール革命で中東への石油依存度は下がり、米国は2030年までにエネルギー純輸出国に転じる。これに対して中国は中東への石油依存度を強めているのに、シーレーン(海上交通路)の安全保障にコミットする能力をまだ獲得していない。

21世紀のカギを握る技術であるバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、ICT(情報通信技術)で米国は先頭を走っている。中国の生産年齢人口はピークを過ぎているが、米国は移民に支えられ生産年齢人口は着実に増えている。

中国の経済成長率は二桁から7%に下がったが、ローレンス・サマーズ元米財務長官は今後20年間の中国の平均成長率は3.9%と予測している。中国の輸出にはiPhoneも含まれているが、部品を組み立てているだけでほとんど付加価値を加えていない。

中国経済が米国を「量」で追い越しても、「質」では米国は優位を保ち続けるというのがナイ教授の主張だ。

中国のソフトパワーは国家主導

米国の国防費は中国の3倍近く、英国防省の予測によると2045年にはまだ米国は中国を上回っている。南シナ海や東シナ海で傍若無人に振る舞うことはできても、世界の安全保障にコミットしていく能力は中国にはない。

筆者作成
筆者作成

米国は東と西を大西洋と太平洋に囲まれているのに対し、中国は14カ国と国境を接し、近隣諸国と多くの領有権争いを抱えている。インド、ロシアなどの大国、日本や韓国のような米国の同盟国が周囲を取り囲む。

ソフトパワーでは、中国は影響力を拡大している。中国は中国語や中国文化の教育・宣伝機関である孔子学院について2020年までに世界1千校に広げる計画だ。中国中央電視台(CCTV)も外国語放送を増やしている。

海と陸のシルクロード構想と一体のアジアインフラ投資銀行(AIIB)には、英仏独など北大西洋条約機構(NATO)加盟国や中国と激しく領有権を争うフィリピン、ベトナムなども含め57カ国が参加した。

中国のソフトパワーは国家に後押しされているのに対し、米国のそれは大学や大衆文化、民間財団など市民社会に支えらている。中国のような「政府のプロパガンダが信用されるのはまれだ」(ナイ教授)。

中国の人口13億人、米国は70億人を活用できる

ナイ教授が「シンガポール建国の父」リー・クアンユー元首相に生前、米中の未来について尋ねたところ、「中国の人口は13億人だが、米国は70億人の才能を活用できる」という答えが返ってきた。米国ではハイテク起業の25%が移民によるもので、米誌フォーチュンの全米上位500社の40%が移民やその子供たちによって創業されている。

中国が南シナ海や東シナ海で強引に振る舞えば、いくら孔子学院をつくっても近隣諸国の人心を遠ざけてしまう。21世紀は国境を超えたネットワーク力が大きなカギを握る。中国が大国として振る舞えば振る舞うほど、ネットワークの制約は大きくなる。

一方、中国も現在、第一次大戦から第二次大戦にかけてのドイツ外交を徹底的に研究している。高圧的に突き進めば軍事的な衝突を招き、崩壊するリスクが増す。中国がGDPで米国を追い抜くまでにはまだ時間がある。軍事力となると30~40年先の話だ。

地球温暖化や国際テロ、サイバー犯罪、パンデミック(感染症の世界的流行)など、米中が協力して取り組まなければならない課題は山積している。「米国の衰退は相対的なものであって、絶対的なものではない。中国の平和的な台頭を管理していく時間は十分にある」とナイ教授はいう。

(おわり)

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在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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