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国立大学の入学・卒業式は日の丸・君が代それとも学旗と学歌

木村正人在英国際ジャーナリスト

下村文科相のお願い

下村博文・文部科学相は16日、都内で開かれた国立大学長会議で、全86大学長らに、卒業式や入学式で国旗掲揚と国歌斉唱をするようお願いした。

「国旗と国歌はどの国でも国家の象徴として扱われている。国旗掲揚や国歌斉唱が長年の慣行により広く国民の間に定着していることや、平成11年(1999年)に国旗および国歌に関する法律が施行されたことを踏まえ、各国立大学で適切に判断いただけるようお願いしたい」「(実施するしないは)各国立大学の自主的な判断に委ねられている」

お願いベースなので「学問の自由」や「大学の自治」には抵触しないとはいうものの、自主的な判断を委ねられた国立大学は困惑気味だ。何と言っても、文科省は運営費交付金を握っている。

4月の参院予算委員会で、次世代の党の松沢成文参院議員が「国民感情としても、国民の税金で賄われている国立大学なのだから、入学式、卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱はある意味で当然だと思っているんじゃないでしょうか」と質問に立った。

安倍首相の一言が発端

これに対して、安倍晋三首相は「税金によって賄われているということに鑑みれば、言わば新教育基本法の方針に則って正しく実施されるべきではないか」と答弁した。それが国旗掲揚・国歌斉唱のお願いにつながった。

文科省が初めて全国86の国立大学を対象に、国旗と国歌の扱いを調べたところ、今年の入学式で、国旗掲揚を実施すると回答したのは74校、国歌斉唱を実施すると答えたのは15校だった。

朝日新聞のアンケートでは回答のあった77国立大学のうち今年の卒業式で国旗掲揚も国歌斉唱も両方していたのが11校、両方していなかったのは11校、国歌斉唱をしなかったのは55校。文科相の要請を圧力に「感じない」「どちらかというと感じない」は計38校にのぼり、5校が政府の要請後に判断を変えると答えていた。

これまで国立大学における国旗・国歌の取り扱いは各大学の自主的な判断に任されていた。国旗・国歌法案を審議していた99年の参院内閣委員会で有馬朗人文相がこう答弁している。

入学式は教育研究の一環

「学習指導要領では(小中高で国旗・国歌の意義を理解させ、尊重させる態度を育てるとともに、入学式、卒業式においては国旗を掲揚し国歌を斉唱するよう指導しているが)、大学に対してはそういうことが言われていない」

「国立大学の入学式や卒業式における国旗や国歌の取り扱いにつきましては、特に留学生が大勢いるというふうなこともありまして、入学式が大学の教育研究活動の一環として行われていることにかんがみまして、各大学の自主的な判断に任されているところです」

また当時の小野元之・文相官房長は次のように説明している。

「国立大学における祝日などの国旗・国歌の問題について、例えば東京大学は祝日などには本部の庁舎等に国旗を掲揚している。それぞれ大学もおおむね適切に対応しているというふうに考えている」

昭和天皇への半旗を焼いた東大生

また元東大総長の有馬文相は国会審議の中で、こんなエピソードも披露している。

「昭和天皇がお亡くなりになったときに、東京大学では国旗を掲げる、半旗を掲げるとすると必ず学生のごくごく一部の人がその国旗を倒しに来る、そして焼いてしまうというふうなことが起こりました。どうしたらいいだろうかと私も大変頭を悩ませました」

「日の丸を大学が掲げる、国立大学が掲げるという意味は何であるかということを学部長会議等々で議論をしました。(略)その結果、私は、これは重要なことであるから、しかも学生諸君が尋常一様には燃やしたり破らなくて済む12階の上に立てることに決めました」

「それ以後、必ず祝祭日には12階に翩翻と日の丸を掲げていくことにしました。さすがに彼ら、ロッククライミングをやるのが現れるかと思いましたが、現れませんでした。それで定着しました。その際、私は、なるほど我々はこの日本の国旗というものの歴史をよく知っていないなと反省をしました」

司法官赤化事件で糾弾された戦前の京都帝国大学・滝川事件、学生の演劇発表会に私服警官が潜入した戦後の東大ポポロ事件では「学問の自由」と「大学の自治」が問われた。東京大学の安田講堂は1968年の大学紛争のシンボルになった。有馬文相の答弁からは、大学が公権力の介入に抵抗してきた時代背景が浮かび上がる。

「要請」から「お願い」にトーンダウン

下村文科相は有馬文相の国会答弁を踏まえた上で、文科省設置法の「大学及び高等専門学校における教育の振興に関する企画及び立案並びに援助及び助言に関すること」という所掌事務を根拠にお願いを行った。

下村文科相はこれまで「これはあくまでも要請でありますので、大学の自治とか自主性の妨げとなるものではありません」「各大学の自主的な判断でありますし、例えば運営費交付金等の配分に影響を及ぼすということについては、これは考えておりません」と国会で説明していた。

初めは「要請」という言葉を使っていたものの、いつの間にか「お願い」にトーンダウンしている。以下は下村文科相の国会答弁からの抜粋だ。

「国立大学には教員養成の学部もありますけれども、将来教員になるために入っている。当然、小中高においては学習指導要領があって、入学式や卒業式には日の丸掲揚、君が代斉唱があるから、それを大学のときからしてほしいという趣旨でもあると思いますが、国の要請は率直に言ってこれはできないことだと思います」

「国立大学に対してお願いベースでこれは申し上げることはできることだと思いますが、これはそもそも大学の自治とか学問の自由とかそういうレベルではないというふうに思います。各大学の自主的な判断は担保されていることでありますから、国からの要請という言い方はなかなかできることではないと思います」

「その国の国旗や国歌に対してそれぞれ敬意を表するというのは世界の中では常識である。世界の中の常識である部分について、日本でも常識的な判断をする人が増えるということは文科相としてもあるべきことだと思います」「これは強要するということではなくて、国立大学に国旗・国歌の掲揚や斉唱をお願いするということであります」

振り回される国立大学

安倍首相の一言で国立大学は振り回されている。NHKの報道から各学長の反応を拾ってみた。

「国旗掲揚と国歌斉唱に関する要請にあたっては、国立大学が税金でまかなわれていることが要請の理由ともとれる発言がこれまでに聞かれたが、納税者に対して教育研究で貢献することが大学の責任だ。今回の要請に従う必要はないと思っている」(滋賀大学の佐和隆光学長。国旗掲揚はしているが、国歌斉唱はしていない)

「『適切に』ということだったので、大学の自治を尊重してくれていると考える。対応はまだ決められないが、これまでの伝統を踏まえて議論する」(京都大学の山極壽一学長。国旗掲揚も国歌斉唱もしていない)

「大学ができて65年になるが、日本に返還される前も国立大学になってからも国旗掲揚や国歌斉唱は行っていない。大学改革など優先して取り組まなければならない課題があり、今回の要請にどう対応するかの議論は棚上げにしておきたい」(琉球大学の大城肇学長

「大学では表現や思想の自由は最も大切にすべきもので、それぞれの信条にのっとって各大学が対応すると思う。萎縮しないよう頑張っていきたい」(国立大学協会会長、東北大学の里見進学長

「学問の自由」は普遍的な価値

安倍政権からさまざまな干渉を受けているメディアもそうだが、国立大学側が安倍首相の一言ひと言に動揺せずに、自主的に判断することが大切だ。人にはそれぞれアイデンティティーがある。性別や年齢、国籍、言葉、宗教、文化…。大学にもそれぞれの大学のアイデンティティーがある。学旗、エンブレム、学歌、学風…。

同じ日本国内にある大学でも国立大学と私立大学は違うのか。大学の入学式と卒業式は国家行事なのか、それとも大学の教育研究活動なのか。留学生や外国人教員への配慮は。じゃあ祝祭日の国旗掲揚はどうか。有馬氏が言うように各大学で徹底的に議論することが大切だ。

それぞれの大学のアイデンティティーを大切にする意味で入学式と卒業式ではまず学旗を掲げ、学歌を歌ってほしい。日の丸と君が代はその次で良いと思う。「学問の自由」は国境を超えた普遍的な価値である。大学は国家機関ではなく、志と資質を持つ万人に門戸を開く教育研究機関であってほしい。

全国の国立大学で均一に国旗掲揚・国歌斉唱が行われるより、てんでバラバラの学旗掲揚・学歌斉唱があった方がそうした「学問の自由」をうまく表現できるのではないだろうか。

星条旗は「排他的」

カリフォルニア大学アーバイン校の学生協会が今年3月、「愛国心のシンボル、ナショナリズムの武器になるとともに、文化的な神話、国家主義的な感情を引き起こすナラティブ(物語)を作り上げる」として学生協会の主要なスペースから星条旗を含めすべての国旗を取り除くことを決めた。

ある学生が「排他的だ」と壁の星条旗を取り除いたのがきっかけだ。しかし「星条旗は排他的ではない。米国の自由と多様性と団結を象徴している」「米国の大学で星条旗が掲揚できないのは恥ずべきことだ」と大手メディアや政治家を巻き込んで激しい論争を呼び起こした。

国旗掲示の禁止を決定した学生協会のメンバーには脅しの電子メールが相次いだ。学生協会の上部団体はすでに学生協会の決定を覆している。国旗や国歌をめぐる論争は常に強い感情を引き起こす。

イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの地方からなる英国では政府の建物に英国旗ユニオン・ジャックを掲揚する日を王族の誕生日など年21~23日を定めている。

昨年秋、独立の住民投票が行われたスコットランド地方ではスコットランド旗が掲げられた。北アイルランドでは英国旗掲揚の日数をめぐってカトリック系住民とプロテスタント系住民の対立が激化したことがある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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